佐藤充 2022年9月18日「路上にて。」

路上にて。

     ストーリー 佐藤充
        出演 地曳豪

去年、家の近くの路上で
70ぐらいのおじいちゃんが
嗚咽をもらしながら電話をしていた。

ちょうど会社員も帰宅する時間だから
みんな訝しげな目をしながら歩く。

おじいちゃんが急にその場に泣き崩れて叫んだ。
「もう歩けなくなったよお」
多くの会社員が見てないふりして歩く。

やばいじいさんだな、面倒に巻き込まれたくないな、と思い
自分もみんなと同じように避けて
近くのセブンイレブンへ向かった。
セブンイレブンに入る前に振り返る。
おじいちゃんはまだしゃがみこみ泣きながら電話していた。
弱々しい背中を見ないふりしてなかに入る。

今日の夕飯はなににしようかな。
オマール海老のスープも買おうかな。
水切らしてたし、いろはす買お、桃の。
お、やりい、品切れだったハーゲンダッツのきな粉餅あるよ。

さっきの出来事なんてなかったように買い物をしている。
いいのか、これで。
さっきのおじいちゃん泣いてたぞ。
こうやってめんどうなことを見なかったことにして
避けて生きていいのか?
なにか自分は分岐点にいる気がした。

このまま見なかったことにして知らん顔していたら、
そんな人間になる気がした。
そんな人間ってなんだよと言われてもわからないけど、
そんな人間になる気がした。
というかここんとこずっとそんな人間になっている気がする。

遅いなんてことはない。
なにも解決できないかもしれないけど
泣いているおじいちゃんに話しかけたら、
自分も救われる気がする。

急いでさっきの場所に戻る。
おじいちゃんはいなかった。
赤とんぼが飛んでいた。
赤とんぼに「お前はそんな人間だよ」と言われている気がした。

いろんなことと自分は関係ないと思っている。
関係ないなんてことは一切ないはずなのに。
今も世界のどこかで戦争している。
ぼくはスマホで「早漏 対策」とか検索している。
今も飢えに苦しむ人がたくさんいる。
ぼくは昨夜に牡蠣を食べたので「牡蠣 栄養」とか検索している。
今も311は終わっていない。
ぼくは口元にニキビができたから「ニキビ 口元」で検索している。
今も着々と寿命は減っている。
ぼくは松屋の店員が気付いてくれないからちょっと咳払いをする。
今もどこかでもっと生きたいと思って死ぬ人がいる。
ぼくはフェイスブックに「誕生日おめでとう」と書き込んだのに
自分にだけ返信がないことを気にしている。

すべてのことは地続きなのに、自分の周りしか見えていない。
自分のことばかりで想像力が足りてない。情けない。
失ってからでは遅いという当たり前なことに気づく。

一昨年、父親が自殺した。
小学生のころに離婚していたし、嫌いだったから、
もう何年も会っていなかった。
毎週のように電話がきていたけど、無視していた。

間違って電話にでてしまったことがある。

「なんでいつもでてくれないのよ」
「ごめん、いそがしくて」
「父さん、出てくれないと心配するべ」
「ごめんごめん」

今さら父親づらするなよと思ったし、嫌いだったし、
なにより声がすごく弱くなっていてこれ以上話すと
なんか泣きそうだったので、
適当に相槌をうってすぐに電話をきった。

最後に「次からはちゃんと電話にでてくれよ。
お父さんさびしいから」と言われた。
それから1度も父親からの電話にでなかった。

一昨年の雨の日、警察から電話があった。
父親の遺体があるから確認してくれと。
なぜ自分の電話番号がわかったのかと聞くと
家の机に死んだときに連絡してほしい人の紙が置いてあったらしい。

親戚と遺体が安置してある警察署まで行った。
会議室のような場所で、
警察の方から死んだ時間や状況などの説明を受け
安置所で数年ぶりに会った。
死んでいるからなのか、会わないうちに変わったのか、
大きくでかいイメージが
頬もこけ弱々しく小さい人になっていた。
最近はじぶんで歩くこともできなくて車椅子生活をしていた。
電話のときの弱々しい声はこの体からでていたのかと思う。
本当はその後に火葬したりしないとならなかったのだけど
腹違いの兄にまかせて帰った。

実は死ぬ前日にも父親から電話があった。
でも、でなかった。
弱々しい声を聞きたくなかった。
あのとき電話にでていたら
変わったかもしれない、と今でも思う。
最後まで嫌いでいたことを後悔している。
もっと素直になっていろいろな話をしておけばよかった。
自分の成長した姿を見せてやりたかった。
遅い。

ちょうど父親が死んで1年。
泣きながら電話しているおじいちゃんの姿に
父親をかぶせてしまった。
誰に電話していたのか。
なんで泣いていたのか。
相手がでてくれなくて泣いていたのかもしれない。
父親もでない電話を握りしめて泣いていたのかもしれない。
寂しかったのかもしれない。
わからない。

おじいちゃんを助けたら自分が救われる気がしたのは、
父親のときに後悔した自分を救える気がしたからかもしれない。
当たり前ですが、もっと素直に生きた方がいいです。



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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佐藤充 2022年8月7日 「ラオスにて、夏。」

ラオスにて、夏。

     ストーリー 佐藤充
        出演 地曳豪

2時間待っている。
ラオスのメコン川に浮かぶシーパンドン島にいる。
電気も通ってない。特に見所もない。法律もない。
欧米のバックパッカーが朝から葉っぱを吸っている。
フライドライスを注文したのは2時間前。
「まだ?」
「今、作っているから待ってくれ」
作っている様子はない。
ラオス人は気まぐれでマイペースで怠け者だ。
太陽も月とすぐに交代したがる。
足元には野良犬が寝ている。
ビールだけが注文してすぐくる。
空きっ腹にはしみる。

日本を出て1ヶ月になる。
このお金は、
就活には自動車免許がないと不利になるから30万貸してくれ、
夏休みに免許合宿に行くから、
と留年したことを隠し就活しているふりをして
親から騙しとったお金だ。
そして、就活しているふりをする罪悪感に耐えられなくなり、
そのお金で日本から後ろめたい気持ちで逃げてきた。
こんなことしたらダメじゃん、と思う。
親不孝者だ、とも思う。
そんな男にも彼女はいる。
彼女には出発前に、キミは無職になる気がするけど、
無職になっても好きな気持ちは変わらないからね、と言われた。
地味に傷ついた。
このような極悪非道なことをしているくせに
地味に傷つくほどの自尊心が自分にまだあることに気づき
恥ずかしくなった。
またビールを飲む。

無職の自分を想像する。
お金もない。甲斐性もない。そのくせ見栄だけは人並みにある。
きっと無職でも彼女に就職したふりをして、
スーツに袖をとおし毎朝うしろめたい気持ちで家を出る。
ああ、いつになったらおとなになれるのだろう。
またビールを飲む。

それにしても、毎日のビール代が1番の出費だ。

西日が差すメコン川を、飲みかけのビールの瓶越しに眺める。
ガラスのなかで屈折する光には不思議な力がある。
別な時間を覗き込んだような気分がする。

「おとなだ!あそこにおとながいるぞ」
「わ、おとなって本当にいるんだ」
「はじめてみた」

いつか子供たちがおとなを見て言う。

龍、天狗、河童、おとな。

数百年後にはおとなは龍などと並んで架空の生き物と言われている。
世界には子供しかいない。そしておとなには羽が生えている。
子供たちはおとなを見つけては追う。
追っては石を投げ捕まえ、
羽をむしり、お尻の穴に綺麗なビー玉を入れたりする。

おとなは必死に逃げる。
子供から、仕事から、結婚から、納税の義務から、光熱費の支払いから、
日曜日のサザエさんから、満員電車から、
上司からのインスタグラムのフォローリクエストから、
自分にだけ反応してくれない自動ドアから、
気づいてくれない松屋の店員さんから、
バレンタインデーの日の妙な緊張感から、
エレベーターでたまたま同じ階の人と一緒になった気まずさから、
好きな女の子が過去に16人と付き合ったことがあるという事実から、
うるさい人とめんどくさい人が有利なことが多いこんな世の中から、
「なんで怒られてるかわかる?」という
どう答えても怒られる気がする質問から、
「あなたのためを思って〜」という守備範囲の広い
優しさに見せかけた自分のことしか考えていない人から。

嫌なことすべてから逃げるためおとなは羽が生えた。

ビール瓶を覗くのをやめた。
生ぬるくなった液体を全て飲み干す。
ようやくフライドライスがきた。
チリソースで甘辛い。
ここでの生活も悪くないと感じる。

待っている間に蚊に数カ所刺されていた。



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