歌いながら
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹
歌いながら働く。昔はそうだったと誰もがいう。
田植えの仕事はいちばんきついから
田植えの日はハレの日になった。
娘たちは紺絣の下に赤い色をのぞかせて
華やかに田に入り働きを競い合った。
男たちも総出で太鼓を打ち鳴らし
励ますように歌をうたった。
ふるさとの初夏は歌声に満ちていた。
その草原では夜明け前から
ガラガラと音を立てて荷車が到着する。
あっちからもこっちからも。
馬の蹄の音が暗い空を突き破るばかりに響いているが
それよりも高らかな声が荷車の上で歌っている。
やがて鎌を持った人影が荷車から下りて
しめった草を刈りはじめる。
この里では夜明け前の草刈りが男たちの大事な仕事で
草刈りの歌がうまくなる頃は
子供だと思っていた少年も一人前の働き手になるのだった。
その男たちの着物は女が着せる。
綿摘み、綿繰り、綿打ち、綿紡ぎ
綿のつく言葉の多さは
綿が着物になるまでの手間の多さそのものだったが
その仕事のひとつひとつに歌があり
眠気をこらえて夜なべをする女をほめそやす歌まであった。
朝、鶏の声で目覚めていた娘が
さらに早起きになったのは
草刈りに行く若者の歌を聞きたいからだ。
まだ寝静まった暗い家の中でひとり目を覚まし
自分の歌声があの声に重なる日が来るだろうかと考えるのは
心細くも悲しくもあった。
それでも歌声が遠ざかる頃には
そっと起き出して今日家族が食べる分の麦を搗く。
母のする仕事をひとひとつ覚え
母がうたう歌をひとつひとつ覚えなければ
自分の望みはかなうまいと思うのだ。
田植え歌、草刈り歌、糸引き歌、機織り歌
米つき歌に粉挽き歌。炭焼き歌、酒造り歌。
昔はみんなうたいながら働いた。
歌は仕事のつらさへの理解であり、なぐさめであり
手助けでもあった。
歌は大勢の働き手の息をひとつに合わせた。
働くことでしか思いを告げる方法がなかったとき
仕事の歌はせつなくもあった。
いま、誰もうたわない仕事場で
僕はそのことを思う。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP