中山佐知子 2009年5月28日



できれば土に
                
                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

                 
できれば土に埋もれたいと思っている。
壁になりたいと思っている。
できれば息もしたくないけれど
小さな女の子だからどうしてもため息はでてしまう。

なれるものなら透明人間になりたいと思っている。
でも、小さな女の子だから
もとにもどる方法がわからない。

本当は何もしゃべりたくない。
石だから、壁だから、土なのだから。
しゃべろうとすると泣いてしまうから。

心が重くなって固くなって
びしょ濡れになって寒くなって
笑えなくなって、しゃべれなくなって
臆病になって
自分がここにいてもいいのかいけないのか。

みんなの視線と言葉がきっと針のように痛いけど
泣きそうな自分を隠しておくために
凍りついた目を大きく開いている。

どうしてそうなってしまったのか
どうして自分がいまそうなのか
きっかけは5分前でも、
原因は100億光年も彼方にあるから。
どうしてもわからない、わかりたくない。

泣かない小さな女の子はいつもそうして震えている。

年を取った大人はそれを見て
拗ねているとひと言で片付けてしまうけれど
そういう自分の心のなかにも
きっと泣かない小さな女の子がいて
誰にも気づいてもらえないまま凍っている。

誰の心のなかにも泣かない小さな女の子はきっといる。

僕は、そんな小さな女の子の手を取って
あたたかい場所へ連れ出すことのできる
小さな男の子になりたいと思う。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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細川美和子 2009年5月21日



世界で一番長い日
              

ストーリー 細川美和子
出演 光野貴子

世界で一番長い日、
それはいつだと思う?

世界で一番、顔もみたくないようなケンカをした日?
世界で一番、あっけないくらいカンタンに仲直りできた日?
世界で一番、鳴ってほしい電話が鳴った日?
世界で一番、鳴ってほしい電話が鳴らなかった日?

世界で一番、生きていてよかったと思った日?
世界で一番、消えてなくなりたいと思った日?
世界で一番、願っていた願いが叶った日?
世界で一番、願っていた願いが叶わなかった日?

世界で一番長い日 
それは、いつだって今日なんだ
地球の自転は100年に0.002秒ずつ
遅くなっているらしいから

今日がそう
いつだって世界で一番長い日
だから毎日
わたしたちは終わりから遠ざかっているんだ
太陽のまわりをぐるぐるとまわりながら

だとしたら
あんなふうにあせることはなかったのかもしれない

終わりの予感に追いかけられて
あんなふうに不安になることも
さびしくなることも、問いつめることも
くらべることも

あんなことばで
傷つけることも、傷つけられることも

だとしたら
世界で一番長いその日に
もう一度わたしはあなたに会いたい

そしていつか
ずっとずっとずっと未来に
夕陽がずっと沈まない日がくるとき
わたしはきっと過去から自由になって
ずっとずっとずっと未来に

夜がずっと
終わらない日がくるとき
わたしはきっと未来から自由になって
ずっとずっとずっと未来に

朝がずっとこない日がくるとき
わたしはきっと
わたしから自由になって

世界で一番長いその日に
だれよりわたしは
あなたに会いたい

出演者情報:光野貴子 03-5571-0038大沢事務所

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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小野田隆雄 2009年5月14日



   波

            
ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

「波はよせ。
波はかへし。
波は古びた石垣をなめ。
陽の照らないこの入江(いりえ)に。
波はよせ。
波はかへし。」

私は三十年前、十九歳のときに、
ヨシノリを、タエコから奪い取った。
タエコの母が亡くなって
九州の実家に帰っているとき、
ふたりが同棲している
アパートの部屋で
私はヨシノリをタエコから奪い取った。
東京に戻ってきたタエコは
涙ひとつ見せずに出ていった。
けれど、ひとこと、私にいった。
「トモコ、おまえ、バカだね」
ヨシノリは大田区役所につとめ、
売れない詩を書いていた。二十五歳だった。
タエコは大森駅前のバーで働いていた。
あの頃、三十歳くらいだった。
私は、あの頃も、いまも、
大井競馬場の、馬券売り場で働いている。

「波はよせ。
波はかへし。
下駄(げた)や藁屑(わらくず)や。
油のすぢ。
波は古びた石垣をなめ。
波はよせ。
波はかへし。」

草野心平の、「窓」という題名の詩が
原稿用紙に万年筆で書かれて、
ヨシノリのアパートの北側の壁に
貼りつけてあった。
「波はよせ。波はかへし。」
私とヨシノリは一年ほど続いたが、
そのうち彼は、鮫洲の居酒屋の女と
暮し始めて、帰ってこなくなった。
私は十日ほど、「窓」という詩と、
にらめっこをしていたが、
その詩を壁からはがし取って、
そのアパートを出た。
それから数年が過ぎた。
馬券売り場で、ひとりの男が
私を好きになった。すこし交際して
結婚した。まじめな男だった。
京浜急行の青物(あおもの)横丁(よこちょう)の駅員だった。
きちんと結婚式もあげた。
けれど、六、七年すぎた頃、
彼の職場が、横浜の黄金(こがね)町(ちょう)の駅に変り、
一月(ひとつき)もしないうちに、
チンピラのケンカを止めようとして、
ナイフに刺されて、死んでしまった。

「波はよせ。
波はかへし。
波は涯(はて)知らぬ外海(そとうみ)にもどり。
雪や。
霙(みぞれ)や。
晴天や。
億(おく)萬(まん)の年をつかれもなく。
波はよせ。
波はかへし。」

 私は、いつもひとりだった。
羽田空港に近い、
穴(あな)守(もり)稲荷(いなり)のある町で生れ育ち、
ひとりっこだった。父と母は、
小さな町工場(まちこうば)で、朝から晩(ばん)まで
働いていた。
私が高校に入る頃に父が死に、
高校を卒業する頃に母が死んだ。
私たちの家は、小さなマンションの
十一階にあり、
南の窓から海が見えた。
沖のほうから、白い波が走ってきて
消えていく。そして、また、走ってくる。
父は工場で事故で死に、
母は高血圧で死んだ。
どちらのときも、私は海を見つめた。
聞えるはずのない、波の音を聞いていた。
波はよみがえる。ひとは死ぬ。
私は、今日まで、しあわせだった。
さびしかったけど、しあわせだった。
きっと誰かが帰ってくる。
波が、帰ってくるように。

「波はよせ。
波はかへし。
波は古びた石垣をなめ。」

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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一倉宏 2009年5月7日



数字のうた

                  
ストーリー 一倉宏
出演 坂本真綾

0という数字は 「花の種」のようだ
なにもないマルが すべてのはじまりでもあって
10や100のマルは たくさんある という意味になる不思議
0と 花の種は かたちも似ていて
ちいさな0のかたちを 土に埋めたら
やがて 1という数字になり たくさんの花が咲く不思議

その1という数字は だけどさみしい
1は それ単独では ぽつんとひとり 「孤独」だ
海から風の吹く 丘の上に ほっそりと立つ姿
でも そのさみしさを 私はきらいじゃない

2という数字は しなやかに やわらかい
首をかしげた「白鳥」 あるいは「横顔」のかたち
しずかに もの思うような ほほえむような
2という数字のしずけさに 第3者は近寄りがたい

その 第3者の3は 「耳」のかたち
なんでも気になる 知りたくなる 好奇心いっぱい
3という数字は おしゃべりも聞く 音楽も聴く

4という数字は 「矢印」のようだ
天空をめざすベクトル あるいは 疾走するヨット
4は 東西南北 上下左右 どちらにも伸びてゆく

5という数字は かなりごっつい 「男」っぽい
くちぐせはGO!GO! 威勢もいいし ノリもいい
ちょうどまんなか ちょっと威張って ちょっと単純

6という数字は まつげの長い つぶらな「瞳」
誰ともなかよく 調和を求めて だけど繊細
その子のこころは 2つにも3つにも 割れやすい

7という数字は 衿を立てた「コート」のようで
スマートでかっこいい しかも なにかとツイてる 
ラッキーなエリート でも 本当のともだちは少ない

8という数字は 無限の「ループ」に似ている
なぜだろう 包容力があって いっしょにいると落ち着く
とはいえ案外 八方美人の お調子者かも

9という数字は いちばん「おとな」だと思う
人生の苦労も知ってる 一歩手前で踏みとどまれる
この世界に 完全はない そんな 透明なあきらめも

そしてまた 0という数字
なんどでも 帰ってゆく場所
偉大なる空虚 宇宙のはじまりとおわり
なんどでも くりかえす 果てしない時の旅
まだ出会わないあなたと まだなにも知らない私がいて
なにもないところから たくさんのなにかが生まれる
それを信じて… 「花の種」をまこう

出演者情報:坂本真綾 forturest.com

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋

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2009年5月(再生)

5月7日 一倉宏 & 坂本真綾
5月14日 小野田隆雄 & 久世星佳
5月21日 細川美和子 & 光野貴子
5月28日 中山佐知子 & 大川泰樹

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