福里真一 2008年7月18日



駅前のラーメン屋の息子

                       
ストーリー 福里真一
出演 和久田理人

駅前のラーメン屋の息子は、少年野球のヒーローだった。
アイドル系の顔だちと、華麗なプレイで、小学校3年の頃には、
もう親衛隊がついていた。

甲子園で全国制覇をなしとげたあと、
プロ野球からの誘いは毅然として断り、駅前のラーメン屋をつぐ。
それがその頃の彼の、人生の設計図だった。

そしてなぜか、その彼の人生の計画を、
地域住民の全員が、知っていた。私も含めて。

駅前のラーメン屋の息子の転落は、早かった。
中学の野球部で先輩からのしごきにあい、あっという間に退部。
囲碁将棋部にうつった彼は、不良グループの中の、
わりと軟派なほうの1人として、中学時代をすごした。

駅前のラーメン屋の息子が
高校に入るやいなやひきこもりになったらしい。

駅前のラーメン屋の息子が、ひきこもりの自分をたたきなおすために、
自ら遠洋漁船に乗ったらしい。
生きて帰ってこられるのか、心配だ。

駅前のラーメン屋の息子が、遠洋漁業から無事帰ってきて、
今度は自分のルックスを生かし、ホストクラブに勤めだしたらしい。
ほかのホストが、日焼けサロンで焼いているのに対して、
遠洋漁業で焼いた彼は、日焼けの本物感が違うと評判らしい。

その頃成人して、実家を離れていた私は、ときおり帰省し、
父親は亡くなっていたので、今は1人暮らしをしている母親と、対面する。
あまり話題もなく、きまづい雰囲気になりかけると、
母親が、確実に時間を埋められる、黄金の話題を持ち出す。

駅前のラーメン屋の息子さあ…

うんうん、今度はどうした?

仏門に入ったらしい。

ぶ、ぶつもんって?

だから、仏の道だよ。おぼうさん。

唐突だなあ。

ほら、ホストクラブ、セクハラ疑惑でくびになったでしょ。

え、そこからして、聞いてない。

いや、なったのよ。それで、何もかもいやになって、仏門に入ったって。

なんだか、型破りなんだか、型にはまってんだか、よくわからないなあ。

今では、駅の反対側に大きな出口ができ、
駅前のラーメン屋の息子がつぐはずだった、ラーメン屋もつぶれた。
つまり、すでに駅前のラーメン屋の息子ではなくなったはずの彼は、
しかし、依然として駅前のラーメン屋の息子という名前で、
平凡に暮らす地域住民の食卓に、エッジのきいた話題を提供しつづける。

駅前のラーメン屋の息子さあ、お寺もくびになったって。

え、なんで。

セクハラ疑惑。

それ、疑惑じゃないんじゃないの。実際やってるんじゃないの。
だって、二度目でしょ。

数年後、母が死んだ時、最初に心に浮かんだことの一つが、
不思議なことに、このことだった。
「これでもう、駅前のラーメン屋の息子の消息を、
 聞ける相手がいなくなったな」と…。

母の葬式に、お経をとなえにきたお坊さんは、
残念ながら、駅前のラーメン屋の息子ではなかった。
もう、彼がお寺をくびになったあとだったので。

        
出演者情報:和久田理人 カメヤ鍼灸舎 http://kameya-shinkyu.com/

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