「欲望の法則」
ものすごくお腹が空いていた。
胃袋が「ワンタン麺」と言って聞かないので、
昔ながらのワンタン麺が食べられる、老舗ラーメン店めがけて猛然と歩いた。
醤油のスープのいい香りと、ツルツルふわふわのワンタン。
しかし。近づくと様子がおかしい。
いやな予感がする。シャッターが降りて張り紙がある。
「店舗改修工事の為、来年の11月まで休業いたします」
ショック・・・なんてことだ。
こうなると、ワンタン麺以外のものをお腹に入れることが許されなくなってくる。
胃袋はますますキュッと縮まる。お腹よ、待っていろ。
気づくと、電車で20分ほど離れた駅のそばにいた。
え、なんで?
と誰もが思うほど、わざわざ訪れるような店にはとても見えない、
初老の夫婦が切り盛りしている、ザ・普通のラーメン店。
でも、もう私にはここのワンタン麺しかないのである。
むろん定休日は調べた。大丈夫。今日じゃない。
醤油のスープのいい香りと、ツルツルふわふわのワンタン。
なのに・・・・
またもや様子がおかしいんだ、これが。
のれんが引っ込んでいる。
近づくと張り紙。
「家庭の事情で、しばらくの間、おやすみさせていただきます」
・・・ああ、そっか。
じゃない、納得いかない!お腹も気持ちも引っ込みがつかない!
「家庭の事情ってなんだ?」と思いを馳せる余裕もなく
次の瞬間、私の足は、
そこからほど近くにある、かなりどうでもいい中華料理店に向かっていた。
どんなものが出てくるかわからないが、
こうなったらワンタンと麺が入っていれば許す。
こだわってばかりいるのは愚か者だ。
・ ・・で、
ウソみたいに臨時定休日。
何なの、この法則! 泥沼の法則!
高校生の時どうでもいい男子から告白されて、
どうでもいいのに魔がさしてOKしたとたんに
「ごめんね、実はキミより好きな人がいる」って言われた時に似てる?
まさか、おまえにフラれるなんて!!
脳と身体がバラバラになっていく、夕方の街角で。
もはや一歩も歩きたくないけれど、近くにはコンビニと、準備中の居酒屋と、
やる気なさそうな立ち食い蕎麦屋があるだけ。
もう限界・・・。よくわかんない店で、うどんみたいな蕎麦でも食べよう・・・。
ところが。意外にも、最後のチカラを振り絞って私が入ったのは
立ち食い蕎麦ではなく、さらに100メートル先にある小さな映画館だった。
「え?ごはん屋じゃないの!?」と、胃袋は半泣きして抗議しているが、
もうひとつの欲望が私を動かした。
「ここまでねばってダメなら、せめて
ポップコーンでもかじって好きなことをする自分であれ」。という、
なんかよくわかんない欲望が。
劇場でかかっていたのは「勝手にしやがれ」。
これって今の気分にピッタリじゃないか。
満たされた。私は、勝った。
出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/