向い風の町



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

向かい風の町

     ストーリー 遠田俊介(東北芸術工科大学)
        出演 地曵豪

向かい風の中を走ってきた。
酒田ってところは、とにかく風の強い町だった。
生まれ育った場所から離れて、少し遠くに来てしまった今でも、
たまに思い返すんだ。

ご先祖様が植えてくだすった松林が海風にごうごうと呻き、
港にある風車は朝と夜関係なく、
不気味な轟音を響かせながら電気を作っていた。

海と山と田んぼがあって、ただただ風が強くって、
住民は無骨で頑なで、でもどこか優しくて。
そんな町で、海から吹きつける向かい風に向かって、
毎日毎日必死に自転車をこいでいた。
ただがむしゃらに、ばかみたいに。
向かい風の中を、カッコわるくても、
つまずきながらでも前に進んできた。

酒田から離れた今も
行く手を阻むものは尽きなくて、
何もかも思い通りにはならなくて、
向かい風に向かって、
必死に自転車をこいでいたあの頃とたいして変わらない。
でも、あの日、走ったこと立ち向かったこと向き合ったことが、
俺たちの背中を強く押してくれる日がやって来るはずなんだ。
たまに振り返って思い返して、また前を向いて歩き出す。
向かい風の中を走っていく。

東北へ行こう

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地曵豪から「ひと言」

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今年も残りわずかになりました。

1年を振り返ると、今年は凄くいい1年だったような気がします。
トロントに武者修行にも行ったし(笑)、
ナレーションのお仕事もたくさん出来たし、
超久しぶりに舞台にも立たせてもらったし、
素敵な仲間にもたくさん会えたし、武術の稽古は楽しいし、
最後の最後に凄く大好きな監督と仕事も出来たし・・・
でも何と言っても、
今年もTCSの皆と仕事したり飲んだり食べたり出来たのが何よりでした。
本当に。

それでは皆様よいお年を!!
来年もよろしくお願い致します!!!

※写真は今年夏に行ったトロントにて。
オンタリオ美術館です。ヘンリームーアの彫刻の部屋が圧巻でした。
トロントに行かれた際は是非観てみて下さい。

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宗像英作 2014年12月21日

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峠の先にあるもの
         
        ストーリー 宗形英作
           出演 地曵豪

峠に通じる山道は、暗闇林道と呼ばれていた。
遠い古代より鬱蒼と樹木は茂り、日中でも差し込む光はわずかだった。
道は起伏が連なり、小さく登っては下り、下りてはまた登る。
その道幅は、すれ違う時に人の肩が触れあうほど狭く、
足元は日が当たらずにいつもぬかるんでいた。

その道を往くものは、男女を問わず大概ひとりだったが、
時折老いたものを背負う者、あるいは幼子の手をひく者に出会うことがあった。
誰もがゆっくりとした足取りで、地盤の確かさを確かめるように歩いた。

彼らは一様に念仏のようなリズムで言葉を唱えていた。
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
心の中にあるものが沸騰して言葉になる、そんな気配があった。
耳を澄ませば、それらの言葉は不平であり、不満であり、不幸であった。
怒りであり、嘆きであり、さみしさであり、悲しみであった。
愛する人を失った人や職を失った人、あるいは心か体かに傷を負った人たちだった。
心の中に溜めおいてしまうと気分がいつまでも重い雲の中にある、
その雲を追い払うかのように、彼らはぶつぶつと言葉を連ねた。

すれ違う人、つまり下山してくる者たちは、そのぶつぶつに応えるように、
立ち止まって「ご苦労様」と声をかけ、軽い会釈をして見送った。
誰がその習わしを作ったのか、いつから始まったのか、
そのいきさつを知るものはいなかった。

いくつもの起伏を登り下りしているうちに、次第に息が切れ、
一歩一歩意識的に踏み出さないと前に進まない、そんな疲労を感じ始める。
ぬかるんだ道に足をとらわれないようにと視線は足元の少し先を見つめ、
やや腰を折った形で峠を目指した。
彼らは一様に無口になり、滴る汗を拭うことも忘れて峠を目指した。
もはやぶつぶつは聞こえなかった。ただただ荒い息だけが聞こえてきた。

そして、最後の登りとなった。立ち止まって見上げれば、
その暗闇となった樹々の先にぽっかりと穴が開き、
そこには陽光に輝く青空があった。それを見て、誰もが安堵し、
すがすがしい微笑みを浮かべ、そして大きめの深呼吸をした。

登りつめた峠の先は、大きく視界が広がって森と湖とが眼下に見えた。
ただただそこに広がる風景に魅了され、いつしかぶつぶつと唱えてきたことを忘れた。
一歩一歩が生きていることであり、その先には開かれたものがある、
登ったり下りたり、その小さな峠を繰り返し越えることで、大きな峠に辿り着く。
暗闇林道は、信仰の場として長いこと人々の心に光を差し込んできた。

今そこには若い声が溢れ、山ガールと言われる人たちが列をなし、
ハイキングの家族連れや吟行の老人たち、
そして平日には遠足の子供たちで溢れている。
人々はそこをパワースポットと呼び、麓には大きな駐車場が出来た。
道には砂利が入れられ、急坂には階段が出来、森は間伐され、
暗闇林道は明るい森林浴道となった。

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岩崎亜矢 2014年11月9日

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「おまえどこにいくんだよう」

         ストーリー 岩崎亜矢
            出演 地曵豪

北向きのベランダは悲しい。
意気揚々とハーブの鉢植えを買って帰り、
大事に育ててもいつのまにかしおれている。
太陽の光がすこし足りなかったの、と訴えるその姿は、
ばあちゃんのしなびたおっぱいを思い出させる。

いつも何かが足りない。

最初は、屋上につくられた小さな部屋に住んだ。
現実的じゃない風景が気に入っていたけれど、
なんせ夏は暑かった。
家をちょっと歩くだけで、だらだらと汗が滝のように流れた
(その家にいる間に、1.5キロ痩せた)。

次の家は、顔をあわせたこともない隣人の、
朝だろうが夜だろうがお構いなしに響く騒音のため、
1年も経たぬうちに引き払ったので、あまり思い出がない。
その後も雨漏りと格闘したり、ゴミ出しで揉めたりと
なんやかんやと問題が起こり、
そのたび転々と引っ越しをくり返した。

この部屋を見つけたのは、半年前の冬のこと。
四角いかたちの部屋が2つ。
間取り図を見た時、まず使い勝手がよいことを悟った。
アパートに植えられた、色とりどりの小さな花たち。
大家の几帳面で真面目な性格がうかがえた。

今までは鉢植えのことで思い悩む以上に
あれこれと振り回され続けたので、
「北向きのベランダ」、それは、
幸せな悩みだともいえよう。
いやいや、あるいは家の問題なんかではなく、
やはり、この僕のせいなんだろうか。

楽観的すぎて、将来に不安を感じる

小さなことを気に病むその性格にも我慢ができない

半年前に別れた彼女に、そう指摘された。
いやはや、ひどい言われようである。
引っ越しをすれば、
当面の問題が片付いたような錯覚を得られる。
これは手っ取り早い現実逃避と言われれば、
まあ、その通りだ。

半年前から置きっぱなしの、
まだ解いていない段ボールにふと目が行く。

おまえ次はどこにいくんだよう

段ボールのなかにいれた、
つまりは今すぐ使わないがらくたたちが声をあげる。
二段目の箱には、あの彼女から
もらった服も入っていただろうか。

この果てしのない引っ越しの旅の最後は
一体どんな風景で終わるのか。
時代がどんどんと巡っていっても、
どこかの街の、相変わらずサイズ感の変わらぬ部屋で、
こんな風に段ボールを眺めているのか。
その想像は、僕をちょっとひやりとさせる。

とりあえず、南向きのベランダの部屋を探しにいこうか。

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赤松隆一郎 2014年10月12日

akamatsu1410

      ストーリー 赤松隆一郎
         出演 地曵豪

父が骨になるのを待っている間
空を見ていた。
空を見ているのに
海のことを思い出した。
青かったからか。

父と海へ行った時のことだ。
それがいくつの時のことだったのかは思い出せない。
父が僕の手を引いていた記憶があるから
まだ小さかったはずだ。
波打ち際まで歩き、そこにしゃがみ込んで
寄せる波にちょん、と指先をつけた父を見て、
僕も同じことをした。
父は海水のついた指をちょいと舐めた。
僕も舐めた。
しょっぱい、と僕が言うと
この味、何かに似てないか? と父が聞いた。
答えがわからない僕に、
ヒント。お前の身体からも、ときどき流れ出てるものだよ、と
父が言うのを聞いて、答えがわかった。

涙。
そう僕が答えると、
そう、涙だ、海の水はぜんぶ涙なんだ、
海は川からやってくる水が流れ込んでできている、
そりゃもうたくさんの川が、
世界中のいろんなところから流れ込んでるんだ
その川のひとつひとつを、どんどんどんどん、
上の方へ上の方へと登っていくと
やがて川は細く、細くなっていく。
どんなに大きな川でも、最初は細い1本の水の筋なんだ、
じゃあその水の筋はどこから出てるのかっていうと、

川の始まる場所に座って泣いている
女の人の目から出てるんだな、
毎日毎日、いっぱいいっぱい、ずっとずっと泣き続けている
女の人の目から流れた涙なんだ、
涙の筋なんだよ、
その細い涙の筋が流れて流れて、いつしか大きな川になって
また流れて集まって、それがまた流れ込んで
やがて海になってるわけだ
海がこうしてここにあるってことは
川も流れ続けているってことだから
今もずっとその女の人は泣き続けているんだろうな、
そして海の水はずっとしょっぱいままなんだろうな、

一度も息を継ぐことすらなく、
そこまで一気に喋った父は、急に黙り込んで海を見た。
それまで聞こえていなかった波の音が
僕の耳に飛び込んで来た。

でもそれはおかしいよ、
海へ流れる、その途中の
川の水はしょっぱくないもの、
女の人が泣いているというのはおかしいよ、
そう言おうとして父の方を見て
僕はそれを口に出すのを止めた。
じっと海を見ている父の横顔から
今の彼にとって
そんなことはどうでもいいことなんだということが
子供の僕にも伝わったからだ。
それは、何の説明も、推測も必要としない
必要十分な伝わり方だった。
そしてその時初めて、僕は気づいたのだった。
今日の海に、母が来ていないということに。

       
父が骨になるのを待っている間
空を見ている。
空を見ているのに
海のことを思っている。
父も母もいない、海のことを。

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直川隆久 2014年9月21日

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ナムケン

    ストーリー 直川隆久
       出演 地曵豪

ナムケン。
「ナム」は「水」。「ケン」は「固い」。すなわち「固い水」。
「氷」を意味するタイ語である。
マイ・サイ・ナムケン――「氷を入れないでください」。
バンコクの路上の屋台で僕は何度もこの言葉を口にした。
生水を凍らせた氷は飲むと危ない、
という旅慣れた先輩からのアドバイスに忠実に従っていたのだ。
理由はくわしく述べないが、その頃僕はバンコクの安宿に長逗留していた。
が、いわゆる「外こもり」の連中とつるむ気にもならず、
基本的にいつも一人だった。

バンコクは、躁的な興奮に満ちた街だ。
ホームシックになる暇もそうそうないが、
たまに、気のおけない人間と喋りたいという衝動にかられることもある。
ある日。何度か通って顔なじみになった露店でバミーナム(汁そば)と
氷ぬきのコーラを頼んで待っていると、
向かいのプラスチック椅子に、タイ人らしき青年が座った。

日本人ですか、日本語を教えてくれませんか。と話しかけてくる。
怪しいなと思ったが、
いきなり立ち上がってテーブルを変わることもできずうなずくと、
青年は礼儀正しく「トーです」と名乗った。

青年は、日本語文法についてのやけにこまかい質問を浴びせかけてきた。
「わたしはコーラが好きだ」というが、
なぜコーラ「を」ではなくコーラ「が」なのですか、とか。
おそらくかなり本格的に日本語を学んでいるに違いない。
僕のならべる適当な理屈を
(好き、というのは日本語の中で特別な言葉だからだ、とかなんとか)
聴きながら彼が熱心にノートをとるので、
この男に悪意はないと僕は判断した。

ひとしきり話が終わったあと、
トーは、お礼に飲み物をおごらせてくれ、といい、
店員に何かタイ語で注文した。
しばらくすると、氷をいっぱいにいれたグラスを2つと、
缶のコーラが2本運ばれてきた。トーがコーラを開け、グラスに注ぐ。

しまった。氷は入れないことにしてる…と伝える暇がなかった。
トーが、グラスを持って、こちらに差し出してきた。
「チャンゲオ(乾杯)」
グラスを合わせ、トーが飲む。
ここで断っては、日本人の印象も悪くなるかもしれない。
僕は、ままよとそのコーラを口にした。
…うまい。やはり、コーラは冷えていなくては。

腹がへっているのか、トーが僕のバミーをしげしげと眺めている。
一杯おごろうかと言ってもトーは頑なに拒否した。
帰り際、コーラの金を出そうとしたらこれもはげしく拒絶した。
またここで話をしよう、と僕はトーに言い、右手を差し出した。
本当にそう思ったのだ。彼なら、友人になれるのではと。
「ありがとう」とにこやかに手を出しながらトーが「ところで」と言った。
「僕の友人で、エメラルドを安く仕入れるルートを持っている人が
いるんですが、見に行く気はありませんか?」

僕は、絶句した。
「エメラルド」云々は、じつに古典的な詐欺の口上だったからだ。
あまりに一般的すぎて、もはや誰もひっかからないようなこんな手口を、
この知的で紳士的なトーが…

僕は、「いや、興味ないんだ」と答えた。「申し訳ないけど」
トーは、やさしい頬笑みをくずさないまま手を離した。
「わかりました。じゃあ、また明日、ここで会えたらいいですね」
とだけ言って、踵を返し、去って行った。

翌日、僕は激しい腹痛と下痢に見舞われた。
おそらく昨日の氷のせいだ。
夕方、なんとなく落ち着かない腹具合のまま昨日の屋台に顔をだす。
何時間かいたが、結局トーは姿を現さなかった。
その翌日も、そのまた翌日も…二度と彼を見かけることはなかった。

今日もバンコクのどこかで、あの効率の悪い、
優しい詐欺を働いているのだろうか。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

 

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