中山佐知子 2019年12月29日「カレンダー」

カレンダー 

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

1980年、天文学者カール・セーガンは
宇宙の始まりから現在までを
1年に置き換えたカレンダーを発表した。
それによると1日が4000万年、1秒が500年にあたり、
人間の文明の歴史は大晦日の最後の10秒でしかない。

1月1日にビッグバンが起こり、宇宙が誕生する。
9月9日にはガスやチリの渦から太陽系が生まれ、
9月14日に地球と月ができた。

9月25日、地球に最初の生命が生まれ、
12月15日にはカンブリア爆発が起きた。
12月18日には三葉虫が栄え、
12月19日に最初の魚が生まれた。

12月22日、羽根を持つ昆虫が登場し、
最初の両生類が生まれた。

12月23日、最初の木と最初の爬虫類が生まれた。
12月24日、最初の恐竜が生まれた。
           
12月26日、最初の哺乳類が生まれた。
12月27日、最初の鳥が生まれた。
12月28日、最初の花が生まれた。
12月29日、最初の霊長類が生まれた。
12月31日22時30分、最初の人間が誕生した。
12月31日23時46分。人間は火を使うことを覚えた。
12月31日23時56分、最初の氷河期がはじまった。
23時59分20秒、人間は植物を育て、家畜を飼育していた。
12月31日23時59分56秒、ナザレのイエスが生まれた。

ところでお気づきだろうか。
爆発的な生命の進化が起こっている12月の24日に
最初の恐竜が生まれ
26日に最初の哺乳類が生まれるまでに
まる一日の空白があったことを。

その日は12月25日、
我々のカレンダアーではクリスマスだが
宇宙カレンダーでは
地球の歴史最大規模の絶滅があった日だ。
その日、古生代に生きた生物のおよそ90%が絶滅し
生き残ったものたちが新しい時代をつくった。
我々はいま、そのカレンダーの最後の10秒の
そのまた最後を生きている。

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2019年7月28日「信じてはいけない」

信じてはいけない

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

信じてはいけない伝承がある。

「晴れた日には津波は来ない。」
「寒い時期に津波は来ない。」
「冬の晴れた日に津波は来ない。」
「強い揺れがあったとき津波は来ない。」
「日本海側に津波は来ない。」

こんな言い伝えには何の根拠もない。」

「津波はお節句の日に来る。」
いやいや、節句の日に来たのは2回だけだ。

「津波の前には井戸の水が引く。」
それを見に行って逃げ遅れた人もいる。

「地震から津波までにはご飯を炊く時間がある」
こんな言い伝えのあった地域は
1944年の津波で
1200人を超える死者行方不明者を出した。

津波を経験した人は
津波を理解し、記憶し、伝えようとする。
しかし津波は原因も性質もひとつではない。
1917年カナダのハリファックスでは
船の爆発で津波が起き、港町が流されたし、
1958年アラスカのリツヤ湾では山の斜面が崩れて
高さ524メートルの津波が起きている。

信じてはいけない伝承がある。

旧約聖書の詩篇第104章には
洪水の後で神が世界を再生させる様子が描かれている。

水は退き、山は立ち上がり
谷は定めの場所に沈んだ。
神は水の境を示され
水がそれを越えないようにされた。
水が再び地を覆うことのないようにされた。

信じてはいけない伝承がある。
「水はここまで来ない」というのがいちばん危険だ。

水は高層ビルよりも高く立ち上がり
ジェット機の速度でいつでもあなたを襲う。



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中山佐知子 2019年6月23日「道の長手」

道の長手

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ天の火もがも

この歌を万葉集に残したのは
狭野茅上娘子という人で、(さののちがみのおとめ)
8世紀奈良時代真ん中へんの宮中に仕える女官だった。
宮中に仕えるといっても下っ端の方で
掃除なんぞをする天皇家の女中さんのようなものだ。
ついでに言うと
狭野茅上娘子と言う名前も単なる呼び名で本名ではない。
この頃の女の人はむやみと名前を明かさない。
名前を教えることはすなわち
「私をまるごとあげるわ」という意味だったので
名前を知っているのは両親と配偶者くらいだった。
ちなみに紫式部も清少納言も
いまだに本名がわかっていない。

さて、この狭野茅上娘子、
面倒なので茅上ちゃんと呼ばせてもらうが
茅上ちゃんが恋をした。
相手は中臣宅守という下級官僚だった。
お似合いといえばお似合いだが、問題がひとつあった。
恋が成就した途端にヤカモリくんが流罪になってしまったのだ。

どういう罪に問われたのかがわからない。
ヤカモリくんのケンカが原因だという説もあるし
ヤカモリくんにはすでに妻がいたのがまずかったという話もある。
それから、そもそも宮中に仕える女性は
天皇以外の男と自由恋愛をするなよという問題もあった。

もっとも、当時のミカドは聖武天皇、皇后は光明皇后で、
皇后の両親は藤原不比等に橘美千代だ。
こんな恐ろしい嫁と嫁の実家があるのに
ミカドが女中に手を出すとは考えにくいが
だからと言ってヤカモリくんが出していいものではなかったようだ。
ヤカモリくんはあえなく流罪。
いまの福井県あたりで謹慎することになった。

君が行く 道の長手を繰りたたね
焼き滅ぼさむ 天の火もがも

あらためて歌の説明をすると、こんな意味になる。
ヤカモリくんが旅する長い道を手繰り寄せてたたんで丸めて
燃やす火が欲しいんだけど。

茅上ちゃんはせっせとヤカモリくんを思う歌を詠み、
ヤカモリくんもそれに応えた。
ふたりの歌は63首も万葉集に収録されているが、
茅上ちゃんの気の強そうな歌を見ていると
ある意思が伝わってくるような気がする。

ヤカモリくんは私のものだからね。
誰も手を出すんじゃないわよっ!

茅上ちゃんは堂々と世間に向かってそう宣言しているのである。



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中山佐知子 2019年5月26日 つながれ只見線

つながれ、只見線

   ストーリー 中山佐知子
      出演 地曵豪

只見線は車窓からの景色が世界有数の美しさと言われる
ローカル線だ。
福島県の会津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅まで、
そのほとんどが只見川に沿って走り
日本のふるさとの原点のような山の景色、川の景色が
展開されていく。

会津若松と小出の間には34の駅があるが、
そのほとんどが無人駅で
駅らしき建物もなく、山の中、あるいは川のそば、
あるいは畑の真ん中にホームがポツンとあるだけだ。
なかには秘境駅のランキングに名を連ねている駅もあるし、
一日の乗客が二人という駅もある。
もちろん赤字路線だが、なぜ廃止されないかというと
冬の豪雪で道路は必ず閉鎖されるし、
そうなるとこの只見線しか交通手段がないからだ。

2011年7月、只見線を豪雨が襲った。
雨は四日間降り続き、700ミリを超える記録的な雨量で
壊れたり水につかった家は500戸を超えた。
道路は各地で分断された。
只見線は3つの鉄橋が流され
新潟寄りの6つの駅の区間は列車が通れなくなってしまった。

橋を新しく架け直し、再び列車を通すには
85億円の予算と4年を超える工事期間が必要だった。
毎年数億円の赤字を出しているローカル線には
気の遠くなる数字だ。
あくまでも鉄道の復旧を望む住民側と
不通になった4つの駅は見捨てたままで
バスを運行させると主張するJR東日本の話し合いは
平行線のまま長く続いた。

「つながれつながれ只見線」
こんな横断幕が只見町の役場に掲げられたのは
いつだっただろう。
「つながれつながれ只見線」
駅には同じ言葉で幟が立った。
応援団ができた。
寄付金が積み立てられた。
乗客を集めるためのアイデアも募集した。

もともとがファンの多い路線である。
あの洪水で水没した温泉宿には
週末になると常連客がボランティアとしてやってきて
泥まみれの布団や食器を運び出していた。
ここへ来る人はみんな、あたたかい人情で繋がっている。

つながれつながれ只見線。
只見線復旧工事は2018年6月15日に起工式が行われた。
悲願の全線復旧は、洪水から10年め、2021年の予定だそうだ。
つながれつながれ只見線。つながれつながれ、只見線。

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古居利康 2019年3月10日「あの桜の樹の下にて」

あの桜の樹の下にて  

    ストーリー 古居 利康
       出演 地曳豪

妻はどうしても山に帰ると言う。
山に何があるのかと問えば、
約束があると言う。
いったいどんな約束があるのかと聞くと、
桜と約束したと言う。

「桜とどんな約束をした」
「満開の桜の樹の下へ行かなくてはいけない」
「なぜ行かなくてはいけない」
「桜の花がいっせいにわたしを見る」
「桜がひとを見る?」
「桜がひとを見る」
「それが約束か」
「桜の花がぜんいん、わたしを見る」
「わたしも行く」
「それはだめだ。ひとりでいく約束だ」

妻は苦笑をした。
苦笑というものを初めて見た気がした。

三日後、妻は黙って出ていった。
行き先はわかっていた。
わたしと妻がはじめて出会った山。
どうしても、
あの桜の樹の下へ。

妻が桜を見上げている。
何千何万と咲く桜の花は、
よく見るとすべて地面に向かって
花弁を垂れている。
桜の花が顔だとすれば、
桜はうつむいているように見える。
数えきれない顔たちが、
妻と眼を合わせている景色に見える。

わたしは足音をたてずに
妻とおなじ桜の樹の下へ入る。
とつぜん、どどぉっと
冷たい風が四方から吹いてきて、
それが警戒の合図となって、
侵入者たるわたしを
桜が見とがめる。
花は花芯を眼にしてわたしを見る。

このことを妻は言っていたのだ、
と思って振り向いたとき、
猛烈な速さで近づいてきた妻は
鬼になっていた。
真っ赤な目玉、緑色の髪。
わたしは声にならない声をあげ、
鬼と化した妻の首をしめている。
鬼はわたしの首を絞め返してくる。
すさまじい膂力だった。
眼が霞んで、
だんだん視界がぼやけていく。

気がつくと、
鬼は足下に横たわっている。
眼を閉じた鬼は妻に戻っている。
桜の白い花びらが
秒速5センチメートルで降り、
妻の屍体を隠そうとしている。
何千何万の桜の花の、
何千何万の眼から眼が離せなくなる。
降りつもる白い花びらが、
わたしの眼にふたをするまで、
屍体のように横たわっているしか
ないのだろうか。   

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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地曵豪から「ひと言」

今回はリバイバル企画でした。
「自分の好きな原稿を読んでよい」という企画。
自分は数年前にTCSのライブで読んだ
岩崎俊一さんの「夜汽車」を読むことにしました。
なぜこの原稿にしたのかというと、
当時ライブで読んだ時に大失敗したからです。
あまりの失敗ぶりにディレクターの中山さんが悶絶したそうです
(記憶が正しければ)。

あれから6年半。
この6年半で自分がどう変化してきたのかも知りたかったので、
再挑戦することにしました。

文章は岩崎俊一さんです。
素敵な文章なので、ぜひ聞いてみてください。
http://www.01-radio.com/tcs/archives/30974

地曵豪
http://www.gojibiki.jp/

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