豊作
いやあ、
もう、なんでうちの庭があんな気色のわるいことになってしもたのか。
さっぱりわけがわかりまへんがな。
いつものように朝おきまして。
いつものように庭の木ぃに水をやろ、思いまして。
雨戸をがらっ。
と開けましたら。
アンテナが。
へえ。
アンテナだんがな。
高さにしたら、まあ、大きな松茸ぐらいのでんな。
あの、屋根に立ってる、テレビ用のアンテナありまっしゃろ。
あれを、ちいそうしたようなのが。
庭のそこら中に、こう、びっしりと生えとりまんねんがな。
またけったいなこともあるもんやなあ。
ゆんべ雨戸しめたときは、なんにも見当たらなんだが。
どこぞの阿呆が庭にいたずらしていきよったんかいな。
とまあ思いましたようなことで。
しかし、足の踏み場もおまへんから、歩くのも難儀しまっしゃろ。
邪魔なこっちゃと思て、一本ひっこぬきましたところぉが。
ごぼ。
と地面の下から、なんや、妙なものがでてきました。
それが、あんた。
そうでんな、見た目がいっとう近いもんいうたら――
ナマコでんな。
茶色い、ナマコみたいな。
それが、アンテナの下にくっついてまんねんがな。
ぐにゃあとしてまして、なんやらもぞもぞとこう、蠢いとるんだ。
うわあ。気色の悪い。
おもわず、ほうりだしましたがな。
ぼてちん。
いうて地面におちたら、うにゅうにゅうにゅうにゅと、
のたくりよるんだ。
うっひゃあ。
なんじゃいなこれは、と思て、もう一本手づかみにひっこぬいたら
これまた、アンテナの根っこにナマコがうにゅうにゅ。
こらあ、かなわん。
こんだけ生えとるアンテナの下に全部あれがくっついとるんかいな。
と思いますと、もう足の裏がこそばゆうなって、
いてもたってもおられん。
あわてて家の中にもどったようなことで。
いったい全体、どういうこっちゃ。
近頃は、冬のさなかに桜が咲くやの、
春に雪が降るやのして、お天道様の機嫌がさだまらんことが多かった、
そのせいやろかと、
まわらん頭で考えましたんですが、なおわからんのは、あのナマコどもは、
背中からアンテナ生やして、じいと土の中で何をしてるんかしらん。
首ひねりながら、これこれこんなことになっとぉる、
おまはんどない思うと嫁はんにききますと、嫁はんはですな。
アンテナちゅうたら、電波うけるもんやろと。
そうやろな。
と私がこたえますと、嫁はんの言うのには、
木ぃが葉っぱでお日さんを浴びるようにでんな。
あのナマコもアンテナでそこら中にとんでる電波をひろうて、
それを滋養にしとるんちゃうか。
て言いまんねん。
あほぬかせ。そんな味も匂いもあらへんようなもんが滋養になるかいな。
て言いましたら。
お日さんの光かて味も匂いもあらしまへんがな、と。
口と体重だけは、あいつに勝てまへんな。
ほんで嫁はんは、あんなもんが庭に生えとったら、
洗濯もんも干しにくてかなわん。あんさん、ぜんぶ抜いてしもとおくれ。
こない言いよるんだ。
またもあのナマコを触らなあかんか思たら、
首の筋が細るような思いがいたしましたが、しょうがおまへん。
とにかく手当たり次第にぬいてぬいてぬきました。
たっぷり2時間ほどかかりましたが、
ようやっと全部ぬきおわったら、庭の隅っこで、
ナマコがこんな山になってましたわ。
やれやれと思て今ぬいたほうをふりかえると、なんと。
馬鹿にしてるやおまへんか。
これぐらいの、シメジくらいのアンテナが
またポツポツと生えはじめてまんねんがな。
こらあ、えらいことになってしもた。
うちの庭が、得体のしれんナマコアンテナの巣になってもた。
どないしょしらん思て、
まあ、ここは学のある人に話きくよりないと思いまして、
うかがいましたようなことで。
わたしの知り合いで、大学でてはんのはセンセだけですからな。
評判だっせ。冬の風鈴みたいなお人やいうて。
…ぶらぶらしてるのみ、ちゅうことだすけど。
て、いやいや、うおっほん。
うおっほん。
え。
なんです?
あらま。センセのお宅の庭にも生えとりましたか。
ほう。で、どうなさった…。
…なんと。
な。
なんと。
ほんまでっか。
た、食べなはったんか、あれを。
ぶつ切りにして?
ポン酢と醤油で?
…。
センセ。
センセは前から豪気なお人や思てましたが…たいしたお方や。
ぶらぶらさしとくのはもったいない。
しかし、さぞや、まずかったでっしゃろ。
え?
いけた?
ち、中トロの味がする?
ほんまでっかいな。それ。
えええええ。
あないな見栄えのわるいもんが、そんな味がしまんのか。
はああああ。
そら、試してみなわからんことですなあ。
せやけどだっせ。
自分とこの庭で中トロがじゃんじゃかじゃんじゃかとれるねやったら、
こない都合のええことおまへんがな。
こら豪気な。
近頃世間でも景気の悪い話ばっかりで。
いろいろと心配ごとばっかりやったけど、久しぶりにええ話だすな。
ああ、なんや気分がよろし。
はっはっはっは。
え、なんだす?
ひょっとすると…なんだす?
はい。
あのナマコの正体。
へえ。
ひょっとしたら、なんやと言いなさる。
はあ。
ん?
はあ、うちの嫁はんはひょっとすると正しいと。
どういうことでっしゃろ。
かしこうせんと、はちょうのちがう、でんじはで、
ひかりごうせい、をするしんしゅのいきもの?
そのでんじはは、ひょっとしたら、がんません?
センセ。どこの国のお経だんねん。
もうちょっとやさしいに言うとくなはれ。
はあ。そんな生き物がうじゃうじゃでてきたのは…
せしうむかなにか、が、ばくはつてきにふえておる、せいではないか。
よけいわかりまへんがな。
ほんまに、なまじ学のある人は、
むつかしいことをむつかしう言いはるから、かなん。
まあ、なんでもよろし。
だまって座ってたら庭で中トロがとれるんやからな。
めでたいこっちゃ。
私もさっそく家もどりまして、熱燗の二合もつけましてな、
ナマコさばいてみよかな思います。
どうもどうも、おおきに。
失礼いたします。
はっはっは。
いやあ、なんやら、これからはええことばっかりおこるような気が、
してきました。
出演者情報:堂島サバ吉 満員劇場御礼座