直川隆久 2014年7月13日

香水

         ストーリー 直川隆久
          出演 地曵豪

奥さん。
あなたの夫の汗をあつめて、
わたしはポポンSの空き瓶に溜めています。
いっぱいになったら、それを香水のかわりに首筋と耳の後ろにつけて
お店に出ようと思います。

奥さん。あなたは気づくでしょうか。
わたしが中華丼やタンメンを運びながら
お店の中にまき散らしているのは、自分の夫の匂いだと。
でも、やっぱり気付かないかな。
その夫は、今まさにあなたの隣で中華鍋を振っているのだもの。

夕焼けの赤い光が差し込む時間になって
わたしの部屋の中に立ちこめる、
むっとむせるような、あの人の汗の匂い。
あなたも、この匂いが好きなんじゃないかと思うの。
その意味では、あなたとわたしは気があうのかもしれませんね?
いちど、二人だけでどうでもいい会話をしてみたい気がする。

あなたはいつ気付くのでしょう。
定休日のたびに、
パチンコに行くと嘘を言ってでていったあなたの夫の汗を、
わたしが自分のアパートで集めていることを。

それを考えると、ほんとうに、震えるほどに興奮するのです。
ああ、一度、あなたとどうでもいい会話がしてみたい。
そして、何もかもぶちまけてすべてを台無しにする欲求に、
身をこがしていたい。

ポポンSの空き瓶がいっぱいになる、その日まで。         
                       

出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/

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安藤隆 2014年7月5日

ファーストタイム

     ストーリー 安藤隆
        出演 大川泰樹

原っぱの定義はむずかしい。空き地というだけでは足りない。
原っぱというからには、まず草が全面的に生えている、
かつ浅く生えているのがよい。あまり草深くてもいけない。
それでは子供が自由に遊べない。これはだいじな点だ。
つぎに所有者を示す立て看板や柵がない。
誰でも出入り自由である。むしろ人を誘いこむ風情がある。
もうひとつ肝心なことは、都市にあるということだ。
都市との釣り合い、もしくは不釣り合いのなかに
原っぱは浮かんでいる。

そんな諸条件を、その原っぱは満たしていた。
正しい原っぱであった。
ちなみに住所は、南豊島郡内藤新宿町大字内藤新宿三丁目である。

草は大葉子(おおばこ)に馬肥(うまごやし)が生えている。
遠巻きに羊蹄(ぎしぎし)と酸模(すかんぽ)も生えている。

三人の少年が遊んでいる。みたことのない遊びをしている。
じつは当の少年たちも、その遊びのほんとの名前を知らない。
なんでも近ごろ外国からきた遊びらしかった。
「林(りん)さん、ここですよー、ここ!」
そう声を張りあげたのは、棒を担いだ少年である。
その棒で「ここ、ここ」と体の前を指し示す。
竹の棒のようだ。地面に当たると竹の音がする。

少年の名前は升(のぼる)。
林(りん)さんと呼ばれた少年は、年長の林太郎(りんたろう)。
林太郎は手に、なにやらお手玉のようなものを握っている。
白い布(きれ)はしが、手からちょびっと垂れている。
それを升(のぼる)の言うとおり、山なりに放(ほう)る。
待ち構えた升が竹の棒でぶつ。
林太郎の後方に、隠れるように、もうひとり小柄な少年がいて、
あちこち転がるお手玉を拾う。
小柄な少年は金之助(きんのすけ)。

この遊びを言い出したのは升(のぼる)だった。
升は学校で先生から、横浜で流行(はや)る外国の遊びと聞いた。
外国と聞いて血が騒いだ。
白い玉を母親にせがんで作ってもらった。
中味をかちかちに詰めたお手玉のまわりを手ぬぐいで包み、
糸を固く何重にも巻き、外側を白いふんどしで二重に包んで縫った。
升さん、どうせよごすだけならば使い古しで我慢なさいと、
黄色まじりの白玉(しろだま)ができた。
そんな白玉と竹の棒であっても、
道具を持ってきた升が、いちばん面白そうな役をやるのを、
金之助も林太郎も承知するしかなかった。

 升(のぼる)は玉を力一杯ぶたないように我慢していた。
コワレテシマッタラタイヘン困ル。
だけど我慢の掛金がそのときふいにはずれた。
律儀だがそそることのない林太郎の放る玉が、珍しくそそってきた。
升は思わず我を忘れて思いきりぶった。
玉は金之助の頭上はるか、
原っぱの周りの鬱蒼たる叢(くさむら)まで飛んだ。
そのへんの草は背が高く、性悪(しょうわる)である。
玉を探しに分け入った金之助は、当然のように見失った。
升も、しまいには年上の林太郎もきて、手伝ったが、
玉はどこかに隠された。

 そのときだった。三人より年端(としは)のいかない、
汚いなりをした男の子供が、
髪文字草(かもじぐさ)のあいだからぬっと顔を出した。
「これ‥」と、玉を差し出した。
心底たまげたことへの照れかくしで、
升は奪うように玉をとりあげ、点検した。
玉は傷んでほどけていたが、でも無事だ。
「おまえ、名前はなんという?」林太郎が言った。
「公之(ひろゆき)‥」

その怯えた様子からも、汚いなりからも、
このあたりのいかがわしい家の子供だろうと三人は思った。
「みつけてくれたのだ。礼をいうべきである」
林太郎が率先して「ありがとう」と言った。
ありがとうはハイカラすぎると思いながら、他の二人も追随した。
子供が照れたように笑った。歯は白かった。

「林(りん)さん、この遊びの感想はいかが?」
升が林太郎に言った。
玉を拾ってばかりですこしも面白くない、と金之助は思った。
なのに林太郎は「うむ、欧米的の面白みがある」と答えた。
林太郎だって私よりよほど面白いに違いないのだ、
あんな真ん中で玉を放るんだもの、と金之助は気づいた。
「キンちゃんは、どうだい?」
升が金之助に向き直った。
升はいつになく強い目をしていた。
その目に気圧されて金之助は「私も面白い‥」と答えてしまった。

「よし、決まった」升が叫んだ。
「明日もやる! 公之(ひろゆき)、おまえもきていい!」

いつのまにか夕暮れである。西の空に夕焼けが広がっている。
夏の盛りとみえるのに、空には秋(あき)茜(あかね)が舞っている。
秋茜の寂しい朱色(あかいろ)は、夕焼けを染めた朱色である。
「ぜんたい、この遊びはなんという名前だ?」
と林太郎が言った。
野原で玉遊びだから野玉(のだま)だ、と升はひそかに考えていたが、
まだ黙っていた。
その考えは明日言おう、と思った。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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2011.10.19 の夕焼け


石井 利始さん。東銀座のオフィスから。


小野寺 龍雄さん。西銀座プランタン前から。


岩井俊介さん。


三井浩さん。


田代 浩史さん。東京タワーが見えています。


中山佐知子。新富町から。

本日2011年10月19日の夕焼けは素晴らしかったですね。
写真を撮った人もたくさんいらしたようで
facebookをちょっと見ただけでもこれだけありました。
こうやって見較べてみると
同じ日の夕焼けなのに
場所によって表情が違うのが面白いですね。

みなさん、写真を無断で拝借してごめんなさい(なかやま)

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