一倉宏 2024年5月5日「ちいさな旅人」

ちいさな旅人
                      
   ストーリー 一倉宏
      出演 大川泰樹

その旅は私のささやかな そして曖昧な 自慢話だ

小学5年生になる春休みに はじめて長距離のひとり旅をした
電車を乗り継いで 関東のある街から 関西のある街まで
乗り換えは 上野 東京 そして京都 の3回
新幹線を京都で降りて 無事 叔母の住む街に向かうローカル線に乗った

平日の午後 乗客はまばらとはいえ 無人のボックスはなかったのだろう
私は車内を見渡し 窓際に白髪のそのひとのいる席の向かいに座った
おそらくは ちいさな会釈をして

いま知っていることばでいえば 「気品のある老紳士」
当時に知っていることばでいえば 「ちょっとかっこいいおじいさん」は
こころよく 小学生の私を迎え入れてくれた
なんだか・・・ どこかで見たような 頭のよさそうなおじいさん

2駅めも過ぎた頃だったと思う なにかの本を読んでいた私は 
向かいの そのひとに話しかけられたのだった
「本は 好きですか?」
決して口数が多いというタイプには思えない そのひとは
線路沿いの踏切が通り過ぎるあいだに ぽつりぽつりと私に話しかけた

「学校は 楽しいですか?」

いまでは 多くの悪口をいわれる「戦後民主主義教育」だけれど
すくなくとも 私の受けた学校教育はそんなものではなかった
それは 「希望」とか「理想」とか まっすぐに語るものだったから 
私はそれを 「大好きだ」と答えたと思う

そのひとはよろこんだ そして
「どの科目が好きですか?」 と 尋ねた

私はすこし考えて そして 2つに絞った
「国語 と 理科」
そう答えたら そのひとの眼が きらりと光ったことを忘れない

「そうですか・・・
 私もこどものころから 両方好きでした
 私は ずっと理科の勉強を専門にしてきましたが・・・
 どちらも すばらしい・・・
 そして はてしない
 ・・・宇宙も ・・・ことばも」

誰だったと思う?
その 向かいの老紳士は 誰だったと思う?

「どちらに進むにせよ
 ぼっちゃん がんばって勉強なさい」

そういって そのひとは 私の頭をなで 次の駅で降りた
そのひとは・・・ もしかして・・・

湯川秀樹博士 だったのではないか と思うのだ

その旅は私のささやかな そして曖昧な記憶の 自慢話だ
私の憧れが 勝手につくった思い出話でない限り

そのひとは素敵だった まっすぐに「未来」を語った

あの頃のこどもたちが みんな好きだった
「湯川博士」よ そして 「希望」よ 「理想」よ 「平和」よ
いつのまにか この時代のローカル線は・・・

どこへゆく?



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

田中真輝 2024年4月28日「上申ステップ」

上申ステップ

   ストーリー 田中真輝
   出演 大川泰樹

長い会議が終わり、
経営層に上申するための、来年度の戦略方針案がまとまった。
口々に、やれやれ、じゃあまた、などと言いながらも、
やっと熱気がこもった会議室を出ていく参加者たち。
その顔には、濃い疲労の陰だけではなく、互いの利害を調整し、
なんとか着地できたという満足感と開放感が滲んで見える。

いい気なものだ、と山本は思う。
そう、戦略本部課長補佐、山本シゲル49歳の仕事はここから始まるのだ。
山本の仕事は、現場会議でまとめられた方針案が
スムーズに承認されるために必要なステップを踏むことにある。
もちろん、承認プロセスは、今はやりのDXによってワークフロー化され、
承認権限を持つ管理職、経営層が順に承認していけば、
自動的に完了されるようになっている。
だが、ことはそう簡単ではない。
デジタル化され、体温の抜け落ちたパソコン画面の奥には、
暑苦しい人間関係が蠢いており、
往々にしてワークフローはシステムエラーではなく、
その軋轢によってストップするからだ。

だから山本は今日も、承認権限をもつ者の間を軽快なステップで駆け巡る。
戦略本部長と戦略推進委員会事務局長は同期でたいへん仲が悪い。
その間を、素早いスピンターンを駆使して往復する。
いがみ合う両者の承認を無事取り付けたら、
次は業務推進本部長のもとへランニングマンステップで駆けつけると、
長い愚痴をリズミカルな相槌で切り抜ける。
その姿はまるで頭のアイソレーションのようだ。
ついに承認を取り付けた山本は、
素早いステップバックからのサイドウォークで
滑るように社長秘書のもとへはせ参じ、ご機嫌を伺いながら、
隙をみてブロンクスステップからのウインドミルで書類を手渡し、
見事、承認をゲット。
ここぞの大技で、影で糸を引く大物を攻略したら、
あとはキレのあるシャッフルステップで
社長のイエスマンたちを魅了するだけだ。
こうして山本は、承認権を持つ人々の中で鮮やかに踊り続ける。
行って来い、行ったり来たりは日常茶飯事、
大切なことは、とにかくステップを止めないこと。
あっちへこっちへと淀みなく立ち回ることこそ、わが職分と自覚している。

そうして踊り続けるうちに、承認を得るというプロセスは目的化され、
ステップは複雑化し、スキルは研ぎ澄まされていく。
そして、プロセスの結果として何がもたらされるのかという、
本来あったであろうゴールは連続するムーブの中に溶けていく。
オフィスフロアをダンスフロアに変えながら山本は今日も踊り続ける。
パフォーマンスが続くステージの幕も、
社としての最終承認も、まだ降りない。
.


出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2024年1月1日「富士と筑波と」

富士と筑波と

   ストーリー 一倉宏
      出演 大川泰樹

いまさら言うまでもない
日本一の山 富士山である 
3776メートルの高さを誇る
かたや筑波山は
877メートルしかない
日本百名山の中ではいちばん低い
いちばん高い富士山とは比べるべくもない
筑波山の山頂は富士山の何合目くらい
という背比べさえ成り立たない
一合目にさえ届いていないのだから

なのに なぜに
なにゆえに 並べて呼ばれるのか

東の筑波 西の富士 

ということばをご存知か

それではまるで東西の両横綱ではないか
と 間違いなく横綱である富士山は
片腹いたく思っているのではないか
土俵上での両者の取組みを想像してほしい
身長と体重の差を考えてみてほしい
まるで漫画ではないか

けれども これも因縁と言うなら相当に古い
常陸国風土記によれば
その昔 神様たちの親である神が 旅の途中に
日暮れての宿りを 富士山には断られ 
筑波山には歓待された ゆえにその裁きで
富士は 石まみれで 雪積もり 人寄りつかず
筑波は 緑豊かに 楽しげに 男女が集う という

富士山が聞いたら 
思わず噴火しそうな話ではある

筑波山はその昔から 
歌垣(うたがき)という 男女の集い
歌う婚活パーティの場 として知られていた
百人一首にある 陽成院の歌

筑波嶺の峰より落つる男女(みな)の川
恋ぞつもりて淵となりぬる

は 当然その故事を踏まえているだろう
平安の都の上皇が見たはずもない
東(あずま)の国の筑波山は 
色っぽい恋の山でもあった

ならばである 百人一首の歌だって 
富士山は負けてはいられない
あなたも知らないはずがない

田子の浦にうち出でて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ

どうだ 雄々しくも スケールの壮大な
いかにも富士山らしい歌ではないか

降りつつって どうして雪の降るのを
現在進行形で見えるんだ 田子の浦から?
などと突っ込むのは 現代人の悪い癖だ
そんな理屈の話はやめておこう
山部赤人のこの歌は万葉集から取られていて
もともとは 降りけりって 完了形だったのだが
ともかくも 万葉の名歌には違いない

だから 万葉集には
富士山を歌った歌が11首あって
筑波山を歌った歌は25首ある なんて
挑発的なことを言うのはやめておこう
そうしておいたほうがいい 絶対に
富士山のマグマを刺激しないためにも

江戸の世になって
歌川広重の 江戸名所百景には
隅田川 深川 飛鳥山と
東の空に望める筑波山が描かれた 
もちろん 西の富士山は
神田に 浅草に 日本橋にと
大江戸の空に誇り高くそびえ立つ

この風景は縄文の昔から変わらない
西の空に山脈(やまなみ)を従えてそびえる富士と
東の平野にぽつんと浮きでたような筑波と

比べるべくもない
同じ土俵にのせる必要もない

筑波山ケーブルカーの乗車時間は約8分
山頂駅に着く手前でアナウンスする
ただいまスカイツリーの高さを越えましたと
ちょっと自慢そうに

山頂からはそのスカイツリーが見える
東京が見える 関東平野が見える
そしてもちろん富士山が見える
のは言うまでもない 
.


出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  1 Comment ページトップへ

磯島拓矢 2023年12月3日「うた」

「うた」

ストーリー 磯島拓矢
   出演 大川泰樹

歌が苦手だった。
正確に言うと、人前で歌を歌うのが苦手だった。
だから大学時代、いわゆる2次会のカラオケに困った。
サークルで、ゼミで、
コンパと呼ばれる宴会の後、
あの頃はみんなカラオケボックスへ行った。
流行り始めだったのだろう。
もちろんその2次会を断ればいいのだが、そんな度胸もない。
見かねた姉が、こんなアドバイスをくれた。

会がはじまって30分以内に、1曲歌う。
「歌ってないじゃん」とか「待ってました」とか言われる前に、
4、5番目をねらって自分から1曲歌う。
変に懐かしい歌とか、変に新しい歌じゃなくて、
ちょっと前に流行った歌。
1曲歌えば、あとは好きな人に任せて大丈夫。
ゆっくり飲んでなさい。

きっと、勤め先で身につけた所作なのだろう。
そうか、この人も歌は苦手か。
やっぱり姉弟だな、と僕は納得し、
姉がマイクを持っている姿を想像して、
なに笑ってんのよ、と怒られた。

アドバイスは正しかった。
その1曲を歌う3分間は辛かったが、
確かに4、5番目に歌うちょっと前の流行歌は、
いい具合に誰も聞いていなかった。
でも、歌った事実は残された。
歌が苦手な人間は、「歌が苦手なのね」と悟られることも嫌なのだ。

そして僕は、ある日気づいた。
僕と同じように、1曲だけ歌う女子がいることに。
僕と同じように、4,5番目をねらって、
ちょっと前の流行歌を歌う女子がいることに。
その存在に気づくのには、結構時間がかかった。
だって彼女が歌う3分間は、いい具合に誰も聞いていない3分間だったから。
僕だって例外ではない。

ある日のカラオケボックスから、
僕は彼女の近くに座るようになった。
彼女も僕の近くに座るようになった。
僕が4番目、彼女が5番目に歌うという、暗黙のルールができ始めたころ、
僕らは一緒に、2次会をさぼるようになった。
深夜のカフェが流行り始めたのは、そのころだったように思う。

生まれたばかりの子どもを、
彼女がいい加減な子守歌であやしている。
そのずいぶん前の流行歌を聞きながら、
そんなに下手じゃないのにな、と僕は思う。
生まれてきたこの子も、遺伝子的には歌が苦手だろう。
2次会のカラオケが苦手だろう。
いつか僕らは、そこでの身の処し方を、
アドバイスする日が来るだろうか。
来るような気がする。

なに笑ってるのよ、と彼女が言う。
いや別に、と僕はこたえる。
変なの、と言いながら、彼女はまた、
いい加減な子守歌を歌いはじめる。
.


出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

上田浩和 2023年11月19日「男の子くん」

男の子くん

   ストーリー 上田浩和
      出演 大川泰樹

男の子くんは、自分のことを「オラ」と呼ぶ。
ある漫画の主人公の影響だ。
すぐに飽きて、ぼくになり、オレになるだろうと、
パパとママは思っていたが、そんなこともなく、オラ歴2年。
最初はあった違和感ももうない。
授業中の発表ではぼくと言い、
作文でもぼくと書いているようだが、
むしろそっちのほうに違和感があるくらいだ。
オラ、腹減った。
オラ、漫画のつづきが気になって気になって仕方ないよ。
オラ、逆上がりできるよ。でも、あやとびは苦手なんだよね。
オラの漢字練習帳がなくなったから買ってきて。

あるとき、その調子で、オラの友達のHがね、と男の子くんは話しはじめた。
オラの友達のHがね、Tちゃんと付き合ってんだよね。
でも、TちゃんがYくんと浮気をしたんだって。
だからHがすっごい怒ってる。
パパとママは笑って聞いていたが、
男の子くんは、よくわからないという顔をしている。
話してはみたものの、まだ小学三年生だし、
付き合うやら浮気やらがいったいなんなのか理解できないでいるのだろう。
わかるのは、漫画は面白いということだけ。

男の子くんは、おはよーと起きた瞬間、漫画を開き、
学校に行く直前まで読み、ただいまーとランドセルを置いた瞬間読み、
プールに行く時間まで読み、ごはん中も一口ふくんだら、
飲み込むまでのわずか数十秒の間にも読む。
もちろんママは怒る。
こら!ごはん中はごはんを食べる!
毎食そう言われるが、
今のところ、漫画が食欲に負けたことはない。
それどころか、時折、
「オラ、ママのつくる料理がいちばん好き」と言って喜ばせたりもするので、
男の子くんはなかなかやる。

寝る前、布団のなかで、
みんなでおしゃべりする時間が男の子くんは好きだった。
その夜は、質問をふたつした。
ひとつめ。サイコパスってなに?
ふたつめ。ファーストキスってなに?
どちらの単語も漫画に出てきたのだろう。
ひとつめの質問には、ママが「常識の通用しない人のことかな」と答えた。
ふたつめの質問にも、
ママが「最初にキスすること」と間髪おかず答え、パパは笑っていた。
自分のことをオラと言い続けているうちは、
誰かと付き合うことも、浮気も、ファーストキスもないだろうな。
気がつけば、小さな寝息が聞こえていた。
おやすみ、男の子くん。
今日もよく漫画を読みました。

.


出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

Tagged: , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

三島邦彦 2023年11月22日「その人はモンブランを」

「その人はモンブランを」

ストーリー 三島邦彦
出演 大川泰樹(★)・西尾まり(☆)

★慶子はモンブランを愛している。
10月から12月の間、
2日に1度はモンブランを食べる。
有名なケーキ職人のモンブランと
コンビニスイーツのモンブランを
平等に愛している。
モンブランを食べながら時々泣く。

☆豊はモンブランを憎んでいる。
18歳で東京に出てくるまで
一度もモンブランを食べたことがなかった。
居酒屋のバイト先で好きになった人が
モンブランの話をしている時、
モンブランが好きだと嘘をついたことがある。

★まさるはモンブランに関心がない。
甘いものを食べると気だるさを覚えるため、
ケーキを食べる習慣がない。
甘いものは食べないがビールをよく飲むので
体重が増え続けている。
モンブランは小学生の頃以来食べていない。

☆健太はモンブランに飽きている。
小さな町の小さなケーキ屋で
20年以上モンブランを作り続けてきたが
ここ3年は自分の作ったモンブランを
うまいと思ったことがない。
プリンアラモードには少し自信を持っている。

★静香はモンブランに期待している。
小学4年生の時に作文に書いた
ケーキ屋さんになる夢を叶える店がオープンしようとしている。
フランスで修行し学んだモンブランを
店の目玉にしようとしている。

☆月曜日の朝、
モンブランを愛する人と
モンブランを憎む人が
同じバスに乗って別々の目的地へ向かう。

★水曜日の夜、
モンブランに関心がない人と
モンブランに飽きた人が
同じ店の別々のテーブルで酒を飲む。

☆金曜日の夜明け前、
モンブランに期待する人が
試作品のモンブランを作っている。
誰にも聞こえない大きさで
フランスの歌を歌っている。
.


出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属
      
西尾まり SIScompany所属

Tagged: , , , ,   |  コメントを書く ページトップへ