安藤隆 2014年7月5日

ファーストタイム

     ストーリー 安藤隆
        出演 大川泰樹

原っぱの定義はむずかしい。空き地というだけでは足りない。
原っぱというからには、まず草が全面的に生えている、
かつ浅く生えているのがよい。あまり草深くてもいけない。
それでは子供が自由に遊べない。これはだいじな点だ。
つぎに所有者を示す立て看板や柵がない。
誰でも出入り自由である。むしろ人を誘いこむ風情がある。
もうひとつ肝心なことは、都市にあるということだ。
都市との釣り合い、もしくは不釣り合いのなかに
原っぱは浮かんでいる。

そんな諸条件を、その原っぱは満たしていた。
正しい原っぱであった。
ちなみに住所は、南豊島郡内藤新宿町大字内藤新宿三丁目である。

草は大葉子(おおばこ)に馬肥(うまごやし)が生えている。
遠巻きに羊蹄(ぎしぎし)と酸模(すかんぽ)も生えている。

三人の少年が遊んでいる。みたことのない遊びをしている。
じつは当の少年たちも、その遊びのほんとの名前を知らない。
なんでも近ごろ外国からきた遊びらしかった。
「林(りん)さん、ここですよー、ここ!」
そう声を張りあげたのは、棒を担いだ少年である。
その棒で「ここ、ここ」と体の前を指し示す。
竹の棒のようだ。地面に当たると竹の音がする。

少年の名前は升(のぼる)。
林(りん)さんと呼ばれた少年は、年長の林太郎(りんたろう)。
林太郎は手に、なにやらお手玉のようなものを握っている。
白い布(きれ)はしが、手からちょびっと垂れている。
それを升(のぼる)の言うとおり、山なりに放(ほう)る。
待ち構えた升が竹の棒でぶつ。
林太郎の後方に、隠れるように、もうひとり小柄な少年がいて、
あちこち転がるお手玉を拾う。
小柄な少年は金之助(きんのすけ)。

この遊びを言い出したのは升(のぼる)だった。
升は学校で先生から、横浜で流行(はや)る外国の遊びと聞いた。
外国と聞いて血が騒いだ。
白い玉を母親にせがんで作ってもらった。
中味をかちかちに詰めたお手玉のまわりを手ぬぐいで包み、
糸を固く何重にも巻き、外側を白いふんどしで二重に包んで縫った。
升さん、どうせよごすだけならば使い古しで我慢なさいと、
黄色まじりの白玉(しろだま)ができた。
そんな白玉と竹の棒であっても、
道具を持ってきた升が、いちばん面白そうな役をやるのを、
金之助も林太郎も承知するしかなかった。

 升(のぼる)は玉を力一杯ぶたないように我慢していた。
コワレテシマッタラタイヘン困ル。
だけど我慢の掛金がそのときふいにはずれた。
律儀だがそそることのない林太郎の放る玉が、珍しくそそってきた。
升は思わず我を忘れて思いきりぶった。
玉は金之助の頭上はるか、
原っぱの周りの鬱蒼たる叢(くさむら)まで飛んだ。
そのへんの草は背が高く、性悪(しょうわる)である。
玉を探しに分け入った金之助は、当然のように見失った。
升も、しまいには年上の林太郎もきて、手伝ったが、
玉はどこかに隠された。

 そのときだった。三人より年端(としは)のいかない、
汚いなりをした男の子供が、
髪文字草(かもじぐさ)のあいだからぬっと顔を出した。
「これ‥」と、玉を差し出した。
心底たまげたことへの照れかくしで、
升は奪うように玉をとりあげ、点検した。
玉は傷んでほどけていたが、でも無事だ。
「おまえ、名前はなんという?」林太郎が言った。
「公之(ひろゆき)‥」

その怯えた様子からも、汚いなりからも、
このあたりのいかがわしい家の子供だろうと三人は思った。
「みつけてくれたのだ。礼をいうべきである」
林太郎が率先して「ありがとう」と言った。
ありがとうはハイカラすぎると思いながら、他の二人も追随した。
子供が照れたように笑った。歯は白かった。

「林(りん)さん、この遊びの感想はいかが?」
升が林太郎に言った。
玉を拾ってばかりですこしも面白くない、と金之助は思った。
なのに林太郎は「うむ、欧米的の面白みがある」と答えた。
林太郎だって私よりよほど面白いに違いないのだ、
あんな真ん中で玉を放るんだもの、と金之助は気づいた。
「キンちゃんは、どうだい?」
升が金之助に向き直った。
升はいつになく強い目をしていた。
その目に気圧されて金之助は「私も面白い‥」と答えてしまった。

「よし、決まった」升が叫んだ。
「明日もやる! 公之(ひろゆき)、おまえもきていい!」

いつのまにか夕暮れである。西の空に夕焼けが広がっている。
夏の盛りとみえるのに、空には秋(あき)茜(あかね)が舞っている。
秋茜の寂しい朱色(あかいろ)は、夕焼けを染めた朱色である。
「ぜんたい、この遊びはなんという名前だ?」
と林太郎が言った。
野原で玉遊びだから野玉(のだま)だ、と升はひそかに考えていたが、
まだ黙っていた。
その考えは明日言おう、と思った。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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中山佐知子 2014年6月29日

子供が眠っている間に

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

子供が眠っている間にエネルギーを補充する。
毎晩その量を手帳に書き込む。
子供はまだ何も気づかず
食べたご飯やおやつで自分は育っているのだと思っている。

私も食事のたびに言う。
好き嫌いをいうといい大人になれないよ。
人参、牛蒡、蓮根。
子供は根菜類が好きではない。
それとピーマン。
自分の小さいころに似ている。
そんなはずがないことをつい考えてしまう。

眠っている間に補充したエネルギーを
手帳に書き込む。
データはセンターに転送され、
毎年お誕生日と称する日に
どの子供も
1年分の消費エネルギーに見合った新しい躰を手に入れる。
今年のお誕生日、子供は7センチ背が伸びて
体重は5kg増える予定だ。
たぶん新しい靴が必要になるだろう。

いままでに研究所で生産される子供の数は
世界の子供の8割を占めるに至っている。
彼らはアンドロイドやヒューマノイドではなく
第4の人種と呼ばれ、
やがて研究が進むと、成長も子孫を残すことも
人と同じようにできるようになると期待されていた。

いずれこの星の未来は第4の人種が支えていくのだが
彼らの子供時代を養育できるのは
現在この星に生き残る人間の大人たちだけだった。
子供たちは強さのDNAはプログラミングされているが
生き物の弱さは、人が暮らしのなかで教えるしか方法がない。

いまベッドで眠っている子供は
7センチ背が伸びる日が近づいても
ピーマンを見ると下を向いて涙ぐんでしまう。
そんな日は消費されたエネルギーが少し多いから
手帳の余白に「ピーマン」というメモを書き込んでおく。

手帳を閉じて寝顔を見る。
かわいい小さなわたしの娘。

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磯島拓矢 2014年6月8日

「手帳」

            ストーリー 磯島拓也
               出演 大川泰樹

「部屋を引き払うので片付けていたら、古い手帳が出てきたの」
電話口の彼女は言った。
僕と付き合っているころの古い手帳で、
懐かしくなって連絡をしたのだと言う。
なぜ引っ越すのかと尋ねたら、地元に戻って、
高校の同級生と結婚すると教えてくれた。

数年ぶりに会う彼女は記憶の中より髪が伸びていた。
古い手帳で思い出すなんて「舞踏会の手帳」みたいだ、と僕は言った。
彼女はその映画を知らなかった。
「古いフランス映画でね。未亡人になったヒロインが古い手帳を頼りに、
昔舞踏会で一緒に踊った男たちを順番に訪ねていくんだ」
そう説明した僕は、余計なことを言った。
「僕は何番目かな?」
彼女はちょっと傷ついた表情を浮かべたけれど無言だった。
そういう人だった。
すぐに謝ればいいのに、僕は無言だった。そういう奴だった。

話は当然結婚相手のことになる。
彼女の地元でいくつもスーパーを経営しているという。
「すごいじゃないか」と僕は言う。
彼女は懐かしい曖昧な笑顔を浮かべる。
そして僕はまた余計なことを言う。
「東京でフリーの人間と付き合って、地元に帰って結婚。
古いフォークソングみたいだ」
彼女は怒らない。寂しそうな顔をするだけ。そういう人だった。
僕の話になるかな、と思っていた。
「付き合っている人いるの?」と聞かれたら何と答えようか。
実はずっと考えていたが、最後までその質問はなかった。
あれから誰とも付き合っていないことは、結局伝えられなかった。

2時間くらい話しただろうか。
昔よく行ったレストランがなくなってしまったとか、そういう話だ。
そういう話をする年なんだなと改めて思う。
「そろそろ行くわ」と彼女が言い、僕らは喫茶店を出た。
「新幹線の時間なの、とか言うなよ」僕はまた余計なことを言う。
曖昧に笑った彼女は「じゃ」と手を振った後にこう言った。
「部屋を片付けてたら手帳が出てきたって話、嘘よ」
そして駅へと向かっていった。

ああ、なぜ彼女は、なぜ女というものは、大切なことを最後に言うのだろう。
男ががんばってがんばって諦めという気持ちを手にしたときに、
それを無にするようなことを言うのだろう。
その夜は深酒をした。でも吐くほどは飲まない。
そういう年になっていた。

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中山佐知子 2014年6月1日

ペテロは天国の鍵をもらう前に

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

ペテロは天国の鍵をもらう前に
師が何と言ったかを思い出そうとしていた。

そうだ、師はまず「おまえはペテロだ」とおっしゃったのだ。

確かに俺はペテロだよ、とペテロは思った。
しかし、もともとはシモンという名前があったのだ。
なのに、師は俺にペテロという名前をつけた。
いや、違う。師が俺を呼ぶときは「ケファ」だった。
ケファはユダヤで岩という意味だ。
ペテロはギリシャ語の岩だ。
要するに、師は俺のことを岩ちゃんと呼びたかったのだろう。
でもなぜ岩なのか??
ペテロはその続きを少し思い出してみることにした。

師はそれからおっしゃったのだ。
「わたしはこの岩の上に教会を建てよう」

まずい…ペテロは動揺した。
岩の上ということは俺の上ってことか?
俺の上に教会を建てる?
いやいやいや、無理でしょそれ。
岩って名前だけだし。
実際のところ掘立て小屋も支えるの無理なくらい
非力なんだよ、俺は。

ペテロはいつもそこで記憶を封じ込める。
いつもそうだ。教会を建てるくだりになると
もうその先を考えるのがイヤになってしまうのだ。

信仰を支えるだけでも責任重いのに
教会なんて、あんな物理的に重い建築物を支えるなんて
もうぜったいにイヤだかんね。

しかし、実際には
初代法皇であるペテロの墓はバチカンにあり
その墓の上には世界最大級のカトリック教会が建っている。
信仰を支えて逆さ磔になったペテロは
死んで後やっぱり巨大な石の建造物を支える羽目になった。
教会の名前はサン・ピエトロ寺院、
聖なる岩ちゃん教会だ。

しかし、棺に眠るペテロはそのことを知らない。
すでに自分の上に教会が建っていることを知らない。

もしペテロがそのことを知ったら
ペテロは続きを思い出す努力をするだろうか。
師はペテロにこう告げたのだ。

「おまえに天国の鍵を授けよう」

ペテロは思い出さない方がいいのかもしれない。
信仰と教会を背負った上に
天国の責任まで押しつけるのは気の毒だ。
天国の鍵らしきものは未だに発見されていない。

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小松洋支 2014年5月11日

@婚活パーティ  

       ストーリー 小松洋支
          出演 大川泰樹

「生物にはなぜオスとメスがあるか知っていますか?」
大学院で助手をしていると自己紹介した、その女性は言った。

もちろん知らない。
特に知りたいとも思わない。

「生物は、はじめ、分裂して増えていました。
親が分かれて数を増やす。
クロレラみたいな単細胞生物はそうやって増殖します」

話しながら、ときどきセルの眼鏡を鼻のところで持ち上げる。
黒いフレームは顔がきつく見えるから、色つきにすればいいのに。

「その場合、子どもは親の分身なので、
親と子は遺伝的にまったく同じものになります。
一つの親が二つに分かれ、
その二つが、それぞれまた分裂して、四つになる。
次は八つ。みんな同じ生物です」

あのー、聞いてるふりしてますけど、興味ないですよ、僕。
こういう場では、趣味の話とかしませんか、ふつう?

「ところで、この生物に悪影響を与える条件があったとします。
温度とか、ペーハーとか、ウイルスとか。
その際、このタイプの生物は全滅してしまう危険性があるんです。
なぜなら遺伝的な性質がみんな同じだから。
たとえて言えば、凶悪犯がたった一つのカギで、
一族全員の家に侵入できるようなものです。
それくらい、かれらは無防備なんですよ」

彼女は、ワイングラスに手もつけずに話し続ける。
白いブラウス。紺のジャケット。デニムにフラットシューズ。
よく言えば、飾り気がない。
が、勝負する気があるとは思えない。

「そこで生物はある方策を採用しました。
掛け算です。
オスとメスを掛けて、次の世代をつくる。
そうすれば、親と子の遺伝的な性質が、
まったく同じになることはありません。
親の家のカギで、子どもや孫の家のドアが開けられないような
工夫がなされたということですね」

あー、あっちでなにか面白そうに笑い合ってる。
はやく席替えの時間が来ないかなー。

「ということで、」
突然グラスをかかげた彼女は、
「遺伝的な多様性を生みだす選択肢の一人として、
わたしを見ていただけないでしょうか」
そう言って、僕の目をまっすぐのぞきこんだ。

その時、僕がどんな顔をしていたか、自分でも見当がつかない。

ただ、その日の婚活パーティで覚えているのはその人だけで、
数日後には会社の女子社員に、
なぜ生物にはオスとメスがあるのか、
得意げに説明する自分がいたりするのだった。

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中山佐知子 2014年4月27日

その女の名は

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

その女の名前はカテリーナだった。
カテリーナはアラブ系の奴隷に多い名前で
女も東の国から連れて来られた奴隷のひとりだったらしい。
ローマ教会が奴隷の売買に積極的だった当時、
フィレンツェには544人の奴隷がいたと記録されている。

カテリーナが働いていたのは
トスカーナ州フィレンツェのある銀行家の家だった。
奴隷といっても下女、召使いと同じことだが
当時、捨て子を収容する養育院の子供の3割が
女奴隷が生んだ子供だという記録を見ると
自由というものがないその立場をうかがい知ることができる。

カテリーナが子供を身ごもったのは
1451年のことで、相手は主の友人であり公証人でもある
ヴィンチ村の名家の子息セル・ピエロだった。

翌年の春に生まれた子供はレオナルドと名付けられ、
父親の家に引き取られた。
正式に結婚していない両親から生まれた子供…
当時はいらないと見なされた子供を
捨てたり殺したりする風潮が残っていた時代だったが
100年前のペストの流行によって
フィレンツェは市民の3分の2を失っており
知識階級であるセル・ピエロの家では
次世代を担う子供の養育を重要と見なしたのだろう。

しかし、この出産によって
カテリーナはセル・ピエロから遠ざけられ
それから1年もしないうちにヴィンチ村の農夫に嫁にやられた。

農家の仕事はラクではなかった。
冬から春は畑を耕して葡萄を植える。
夏には干し草をつくり、小麦を収穫する。
秋になると葡萄とオリーブを摘んでは搾り
寒くなると豚を殺して1年分の肉を塩漬けにした。
草を刈り、家畜の世話をするのは季節を問わない仕事だった。
糸を紡ぎ、布を織った。
川辺のヤナギで編んだカゴは貴重な現金収入になった。
そして、5人の子供を生んだ。

それから40年が過ぎたころ、カテリーナはミラノにいた。
土にまみれて働くのがつらい年齢になっていた母を
セル・ピエロの息子レオナルドが呼び寄せたのだ。
一緒に暮らしてわずか2年でカテリーナは死んだが
レオナルドが…
カテリーナの息子レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたモナリザの
あの不思議な微笑みはカテリーナの面影だろうと主張する人は多く、
またモナリザの衣装には
レオナルドとカテリーナのふるさとヴィンチ村のヤナギの模様が
襟元に細かく描かれている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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