「なにもない、秋田」
文 阿部千里(東北芸術工科大学)
声 大川泰樹
東北には何もない。
秋田県という土地にはなにもない。
高いビルもなければ、うるさい音もない。
満員の電車はほとんどなく、
二両編成の短いディーゼル車が一時間に一本、
だだっ広い田んぼや畑、
古い農家や流れる雲を車窓に映しながらゆっくり走っている。
自転車にのれば、
風に吹かれてぐしゃぐしゃになった髪の毛に
草のにおいが移る。
日照時間が少ない県だと言われるくせに、夏はかんかんに暑く、
逃げ水がそこここに現れる。
冬にはたくさんの雪が降り、辺り一面真っ白だ。
なにもかも雪で覆われると
何もない秋田がさらにまっさらになる。
秋田のことを聞かれると
「何もないところだよ。」と答えることにしている。
まわりの人には「そんなに謙遜するな」と言われるが、
そうではない。そうではないのだ。
ここには何もない。
高いビルも混み合う道路も満員電車もない。
うるさい音がない。せかせか歩く人もいない。
ここへ来る人は、そういうものをぜんぶ
どこかに置いてくるのだ。
だからここには何もない。
忙しさのすべてを捨てて
東北へ行こう