藤本宗将 2012年5月13日

「運命の青い糸」

         ストーリー 藤本宗将
            出演 大川泰樹

迷う余地なんてない…はずだった。
おれとしては、青いほうを選ぶことに何のためらいもない。
好きな色といえば子供の頃から青だった。

ヒーローものでも、主役扱いの熱血レッドより
いつもクールなブルーのほうがかっこいいと思っていた。
大人になってもそういうところは案外変わらないもんだ。

もう5年乗っている愛車も青。エーゲブルーという名前の青だ。
だからエーゲ海を見たことはなくても、その海の色は知っている。

ネクタイやシャツも、いちばん多く持っているのは青だ。
人から似合わないと言われたこともないし、
おれと青の相性はそんなに悪くない、と思う。

それから通勤のときだって、
同じタイミングで山手線と京浜東北線がやってきたら
なんとなく青い京浜東北線のほうに乗る。
まあ、先に緑の電車が来たらそっちに乗るけど。

とにかく、青にするつもりだったのだ。

もうひとつだけ付け加えるなら、
今朝のテレビ番組で、能天気な声の女子アナが、
牡羊座のラッキーカラーは青だと言ってたし。
べつに占いの類いは信じちゃいないが、
もともと好きな色なんだから従ってもいいだろう?
そうだ、青でいいはずだ。
あいつも、さっきからずっと青にしろと言っている。
念のため、もういちどだけ確認しよう。

「いま、青って言ったよな?」

その問いかけに、無線の向こうの同僚は
少しうわずった声でさっきと同じ内容を繰り返した。
気持ちを落ち着かせながら、指示を頭の中で復唱する。

「起爆装置のカバーをはずして、
 基盤の中央にあるソケットから出ている
 2本のコードのうち、青いほうを切れ」

やっぱり、青を切ればいいんだよな。
あいつはうちの爆発物処理班の中じゃ優秀なやつだが、
ちょっと落ち着きがないのがいただけない。
そう、せかすなよ。余計に焦るじゃないか。
こういうときこそ冷静でいなきゃいけないんだよ、この仕事は。

さて。青いコードを切る。
やるべきことはきわめてシンプルだ。
おれはプロとして、仕事を淡々とこなすだけ。
いつもと同じように、ニッパーでコードを切ればいい。パチン!それで終了。
デスクに戻ってきょうの報告書を書き終えたら、京浜東北線で家に帰るんだ。
コンビニに寄って、缶ビールを買おう。それと晩メシも。

特別なことはなにもない。はずだったのに。なぜだ。なぜなんだ。

なんで2本とも青いコードなんだよ。

ひとつ訂正する。おれは、青が嫌いだ。大嫌いだ。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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古川裕也 2012年4月22日

遺言

       ストーリー 古川裕也
          出演 大川泰樹

最愛の妻ジュスティーヌ。きみのおかげで幸せな人生だった。
「ありがとう」という言葉を君には数え切れないほど言ってきたけれど、
この「ありがとう」が最後の「ありがとう」になると思う。
おそらく、私は、1週間もしないうちに神に召される。
その前に最後の気力と体力を振り絞って、
君に言っておかなくてはならないことがある。
言うべきなのか、言わざるべきなのか。ずいぶん迷った。
そもそも、このことを君は知っているのだろうか。知らないのだろうか。
世の中の人は、まったく知らない。
その証拠に、私はかつて一度たりとも、
スキャンダルに見舞われたこともなければ、
それを公然の秘密として、周りに囁かれたこともない。
ごく一部の男の友人たち、ジャン・ピエール、パトリック、
ジャン・リュイ、フランソワ、ジャン・クロードだけしかしらない。

彼らは私の恋人たちだ。

子供の頃から、自分が女性を愛せないということは気がついていた。
ただ、わたしは必死に隠した。
君も知っての通り、私の家は厳格で
1ミリたりともスキャンダルを許さない家柄だった。
本当の自分を封じこめて暮らしているうちに、
私の中の、どうしても男性を愛したいと言う気持ちが
薄まってきたような気がした。
もしかすると、女性とも生きていけるのではないかという
希望のようなものが生まれた。
その頃、リシャール伯爵が紹介してくれたのが、
ジュスティーヌ、君だった。
わたしは、あの出会いを一目惚れだと思った。けれど、それは、
クラナッハが描く女性像を美しいと思うのと同じことだった。
君は、女性として、人間として素晴らしかった。
君との暮らしは楽しく充実していた。
プッチーニやドニゼッティのオペラへ行き、
タイユヴァンで、牛の腎臓、血のソースや、子羊の脳みそのフライを食べ、
気持ちよく晴れた昼下がり、君はヴァージニア・ウルフを読み、
僕は、フラン・オブライエンを読んだ。
ふたりともセックスには淡白なことを、神に感謝した。

ある日。
橋の上で、コンドームをもらった。

くれたのは、ジャン・ピエールだった。
私の最初の恋人であり、本当の私を呼び起こしてしまった男だ。
もはや隠してもしょうがないので、言っておくと、
私は、男という字を書いただけで、ジャン・ピエールという名前を書くだけで、
性的興奮を覚えてしまう。
ジュスティーヌ、申し訳ない。それが私の本性なのだ。

ジャン・ピエールは、正確に私のことを見抜いていた。
彼の告白とも誘惑ともつかぬ、
“橋の上でいきなりコンドームを渡す”という行為が、
ポピュラーなものなのかどうかはわからない。
ただ、ストレートすぎて、逆にユーモアがあり、
なぜか、ボードレールの“人工楽園”を私に思い出させた。
その後の4人、パトリック、ジャン・ルイ、フランソワ、
ジャン・クロードとの出会いでは、
私が、橋の上でコンドームを渡す側にまわった。
それから、病を得るまで、
私たちは、極くふつうの恋人同士としてつきあってきた。
誰にも知られてはならないという以外、極くふつうの。

楽しかったばかりではない。夜遅く帰って君の寝顔を見るとき、
大好きな“ドン・ジョヴァンニ”のツエルリーナの
アリアを聴いている君の横顔を見るとき、
自ら命を絶つべきではないか、その前に5人の恋人たちを殺してから。
と思ったこともあった。
それにしても、“密室の恋”と“未必の故意”はよく似ている。

やはり、こうして真実を最後に君に伝えてよかったと思う。
ずっと、言えなかった。
ほんとうに、申し訳ない。そして、ほんとうに、ありがとう。

ところで、先週、橋の上で話していた相手はジュリエットだね。
君の新しい恋人だね。
それまでの君の恋人は、時系列で
デルフィーヌ、フランソワーズ、イヴォンヌ、ステファーヌ、
そして、今のジュリエット。
この5人でまちがいないよね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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古川裕也少年と大川泰樹くん((収録記2012.3.24-5)

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大川泰樹くんが古川裕也少年(この場合の少年は敬称です)の原稿を読むのは
これで3回めになります。
一度めは2010年のライブのときでした。
二度めは去年2011年の4月でした。
そして今回が三度めです。

古川裕也少年の原稿には三重苦があります。
まず長いこと、そして変態であること、
最後に知識がないとわけがわからない名前が登場すること。

古川裕也少年の原稿を読む人がまず気になるのは
まずそこに登場する意味深な名前です。
たとえば去年の4月の原稿に登場する名前はこんなのがありました。
ジョナサン・スウィフト病院(風刺作家)
ミッシェル・フーコー先生(哲学者)
ロラン・バルト先生(批評家)
フェリックス・ガタリ医師(思想家)

今回はこれです。まずは男性の名前から。
ジャン・ピエール
パトリック
ジャン・リュイ
フランソワ
ジャン・クロード
次に女性の名前です。
デルフィーヌ
フランソワーズ
イヴォンヌ
ステファーヌ
ジュリエット

難問ですが、男性の名前は演出家、監督あたりではないかと思います。
女性の名前は女優と解釈できます。
デルフィーヌ・セイリグ(女優)去年マリエンバードで
フランソワーズ・アルヌール(女優)フレンチ・カンカン
またはフランソワーズ・ドルレアック(女優・ドヌーブの姉)
イヴォンヌ・フルノー(女優)哀愁のモンテカルロ
ステファーヌ・オードラン(女優)女鹿
ジュリエット・ピノシュ(女優)ちょっと安易か?

さて、前置きが長くなりましたが
我々にとって重要なのは得体の知れない意味深な名前ですが
読み手にとって重要なのは「長さ」と「変態」です。
長い上にゆっくり読まねばならない原稿です。
ゆっくり読むことで変態性が顕れてくるからです。
腹筋力と体力がいります。実は知性も必要です。
古川少年の原稿はなかなか読める人がいないのです。

古川裕也少年少年と大川泰樹くんの「遺言」は22日に掲載されます。
お楽しみにね(なかやま)

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門田陽 2012年4月1日

最後の選択

            ストーリー 門田陽
               出演 大川泰樹

人生は選択の連続である。誰の言葉かは知らないが真理である。
もちろん、選択とはクリーニングのことではなく
セレクトであることは言うまでもない。
あなたも例外なく日々選択をしつづけてここまで来た。
数分前もあなたは
冷蔵庫の中のプリンを食べてからダイエットを始めるべきか
それとも食べないこと自体がダイエットではないのかと悩み、
食べるほうを選択したのである。

昨日あなたはパテシエの佐々木孝治と
青年実業家の加藤学を同時に呼び出し加藤を選択した。
あなたは二股をかけていたのである。
半年前、あなたは交際中の佐々木から友人を紹介された。
それが加藤である。その日は三人で食事をした。
あなたはワインを赤か白かで迷いロゼを選択した。
一年前、あなたは佐々木からプロポーズを受けた。
イエスかはいで答えてくれと迫られたあなたは困りながらイエスを選択した。
しかし、その日は運よくエイプリルフールであった。
二年前,あなたは佐々木から旅行に行こうと誘われた。
イエスかノーかこの場で答えてほしいと言われたあなたは
即座にイエスと答えたが行ったのは日帰り旅行だった。

旅の途中で佐々木は本当はあなたとデートするたびに
ホテルに行こうと誘いたかったが勤め先がホテルなので
その言葉の意味がわからないだろうと思い躊躇しているのだと正直な話をした。
あなたは都合よく助かったと思った。
三年前,あなたは佐々木と出会った。佐々木は同じホテルに勤める同僚。
会ったその日にあなたは交際を申し込まれた。
特にタイプではなかったが
スイーツ好きのあなたにパテシエという職業は魅力的であり、
とりあえずキープという選択を行った。人生は選択の連続である。

そしていまあなたは、人生最後の選択をしようとしている。
目の前にはどこかで見たことがあるような
それでいて初めて見るような景色があった。
静かで大きな川が広がっている。
その中央には長い一本の橋がかかっている。
あなたはもう随分とたっぷりな時間、その橋の前でたたずんでいる。
渡るべきか渡らぬべきかを考えている。
その間にこれまでのあなたの生き様が走馬灯のように蘇ったのである。
佐々木と会う前のこともたくさんよぎっていった。
就職の際の会社の選択。進学の際の学校の選択。
ファーストキスの際のシチュエーションにこだわるという選択。
親といつまでお風呂に入るかの選択。
サンタクロースの存在に気付かないふりをするという選択。
選択を行うたびにあなたは少しづつ汚れていった。

さて数分前。
あなたが食べたプリンにはパテシエの佐々木が毒を仕込んでいた。
佐々木はあなたと違い迷うことのない男だった。
そしてあなたのことに詳しかった。
別れの記念のデザートにと佐々木は手作りのプリンをあなたに渡した。
ダイエットするから困るとか言いながらもあなたは間違いなく食べることを
佐々木はわかっていた。案の定であった。
たったいまあなたはその橋に足を一歩かけた。
欄干には三途という川の名が刻まれていた。
これが最後の選択になることをあなたは知っているのだろうか。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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陸羽東線

陸羽東線

           ストーリー 中山佐知子
              出演 大川泰樹

樹々の梢を下に見て、列車は進みます。
空がとても近くに感じられます。

山形の新庄という駅から乗った陸羽東線は
二両編成のワンマン列車でした。
スノーシェードをいくつもくぐりながら登り道を行くと
山に閉ざされたところどころに
つつましく田圃のひらけた土地があります。
その田圃のなかにホームがあって列車が止まります。

このあたりの田圃は、きっと
山の仕事をする人たちが自分の食べる米をつくるために
一生懸命に開いた田圃です。
売るほどはなくても米が獲れ
ホームしかない駅には、それでも列車がやってきます。
まわりは山と峠に囲まれ、うるさい音がひとつもありません。
川に鮎の鱗が光るころには蛍も飛ぶのでしょう。
樹々が色づくころには、
冬に備える山の恵みがあるはずです。

それはとても静かで満ち足りた風景でした。

そんな小さな集落をいくつも結びながら
列車は奥羽山脈を分け入っていきます。

それは単なる移動手段ではありません。
人のいる土地を避けてトンネルばかりくぐりながら
フルスピードで走り抜ける列車とはまったく異なる存在です。
陸羽東線は、そこに住む人のゆるやかなテンポと
呼吸(いき)を合わせて走るのです。
ふるさとの暮らしと深く結びついているのです。

もう一度乗りたいな
僕はいつもそう思って、あの列車を振り返っています。

東北へ行こう

トレたび:http://www.toretabi.jp/travel/vol01/01.html

鳴子温泉郷観光協会:http://www.naruko.gr.jp/index.php

山形最上温泉郷・瀨見温泉:http://semi-spa.com/html/map.html


*「東北へ行こう」は
自分のとっておきの東北を紹介し、
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岩手の緑について

岩手の緑について

           ストーリー 岡村雅子
              出演 大川泰樹

私は、ロバート・バーンズ。
スコットランドの国民的詩人だが
天国の休暇を利用してふるさとスコットランドに帰るつもりが
なぜか岩手に到着してしまった。

それにしても岩手のこのあたり
つまり盛岡から宮古へ抜ける国道106号線の風景は
どうしてこんなにスコットランドに似ているのだろうか。
ここは私のふるさと同様、緑にあふれている。

いや、いやしくも私は詩人なのだから
緑というひと言で片付けるのは怠慢というものだろう。
岩手の山々は世界中の緑という色彩をすべて集めた絵のように
或いはゴブラン織りの刺繍のように
木々の緑が折り重なり、盛り上がっているのだ。

オウムの羽根のようなパロットグリーン、
ワサビの根のようなサーフグリーン。
いやいや、ここは日本なのだから日本語にしよう。
白い茶碗に汲みだした緑茶のようなひわ色。
芽吹いたばかりの草のような萌葱色。
説明無用の柳葉色。苔色、松葉色、青竹色。
若草色に若葉色…
岩手の緑の美しさにはさすがの私のペンも及ばない。

岩手は私の故郷スコットランド同様、冬が長い。
枝をおおった雪が溶ける春から夏が終わるまでが本当に短い。
だからきっと、岩手の山の緑は春の芽吹きの喜びの色なのだ。
短い夏を謳歌するエネルギーの色なのだ。

美しい緑の岩手に
私は天国に戻ったら一編の詩を捧げたい。
それはきっとこんな言葉ではじまる。

東北へ行こう

岩手の旅http://www.iwatetabi.jp/

三陸ネットhttp://www.pref.iwate.jp/~hp060201/

宮古旅手帳http://www.kankou385.jp/


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