小野田隆雄 2010年12月5日

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焚 火

               
ストーリー 小野田隆雄
出演 大川泰樹

目白駅から少し入った住宅街の、
昔ふうに言えば、300坪ほどの敷地がある家で
初老の男がひとり、焚火をしている。
あんずの葉、かえでの葉、さくらの葉など、
ほうきで集めて小さな山をつくり、
そっとマッチで火をつける。
すると待っていたかのように、落ち葉たちは
メラメラと燃え上がる。
親ゆずりの家に住み、
さしたることもない人生を生きて、
ついこのあいだ、秋の終りに
ようやく次長の席にすわった。
それがどうやら
会社スゴロクのあがりのようだ。
そんなことを考えながら
燃えあがる炎を見つめている。

落葉の山は燃えながら、崩れ落ちて、
カサコソ、カサコソ、かすかな音を立てる。
その音を、男は聞いたことがあると思った。
あれは30代の終り、ちょうどいま頃、
ゆきずりのような恋をして、
人影もない、夜(よ)もふけた六本木の公園で
ひとりの女性を抱きしめて唇を合せた。
あの時、男の腕の中で、
女性のレインコートが、
カサコソ、カサコソ、音を立てた。
その音がいま、手の平によみがえってくる。

昨夜、深夜テレビで映画を見た。
妻が静かに立ちあがり、寝室に去ったあと、
男は和光のコンソメスープのカンヅメを開けた。
それを温めてマグカップで飲みながら
ゆっくりと、古いフランス映画を見た。
くたびれた初老のギャングが
酒場でスコッチを飲みながら女につぶやく。
「おれだって、もうひと旗、でかい仕事を…」
すると、40代半ばの、
すこし体の線が丸くなり始めた女がやさしく言う。
「もう、おやめなさい。もう…」
けれど男は、結局、銀行強盗をくわだてて失敗する。
女はパリ北駅から国境の町リールに向かう。
平原を走る列車のロングカットにf(エフ)、i(アイ)、n(エヌ)の文字が重なる。

男は焚火を見つめている。
「おれだって」とつぶやいてみる。
「おれだって、
会社スゴロクはあがり、かもしれないけれど」
そう、つぶやきながら、
月桂樹の枯れ葉を焚火に投げ込む。
炎(ほのお)が高くあがり、
スパイスのある香りが立ち昇る。
どこかで、キジバトの鳴く声がした。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2010年11月28日

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次男の一房くん

               
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

森本一房くんは次男として生まれた。
責任ある長男に較べると、
次男の一房くんはなにごとも「まあいいか」でのほほんとしていた。

一房くんのお父さんは加藤清正の家来で名高い武将だった。
豊臣秀吉が朝鮮に攻め入ったときは清政に従って従軍し
装甲車で敵の城を壊しまくって一番乗りを果たしたこともある。
お兄ちゃんの一友くんも武闘派で知られており
天草一揆では手柄を立てて褒美をもらっている。
それにひきかえ一房くんは賞罰なし、履歴書に書くことがなにもない。
でもまあいいか、と、一房くんは思っていた。

やがて加藤清正が死んだ。
次の年にはお父さんも死んでしまった。
人間五十年というあたりで死んだのだから、まあいいか、と
一房くんは考えた。
でも、困ったことがひとつあった。
新しい殿さまは若すぎて家来がちっとも言うことをきかない。
なんだか政治がもめている。面倒くさい。
でもまあいいか、いやよくない。
居心地の悪い熊本はもういいか、長崎の平戸藩に転職しよう。

一房くんが転職した長崎には国際的な港があった。
日本はまだ鎖国をしていなかったので
白い大きな帆を張った貿易船が遠い国をめざして船出する。
その船に、冬のはじめの季節風に乗ってカンボジアに向う船に
一房くんが乗り込んだのは1631年のことだった。

なんでそんなことを思いついたのだろう。
まあいいか。
お釈迦さまの祇園精舎へ行こうだなんて、無謀なことだぞ。
まあいいか。

1632年の正月のころ、一房くんはアンコールワットにいた。
カンボジアの密林をかきわけてやっとたどりついたのは
惜しいことに祇園精舎ではなく
アンコールワットというヒンズー教のお寺だった。
まわりの彫刻を見ても仏教とは極端に違っていた。
ラーマーヤナにマハーバーラタ、魔王と戦う猿の軍団….
縦に見ても横に見てもお釈迦さまとは何のかかわりもなさそうだった。
でも、まあいいか。
せっかく来たんだから、まあいいか。

一房くんはまわりに居並ぶ異教の神々にも臆することなく
アンコールワットの柱にわざわざハシゴをかけて落書きをした。

それから200年以上のときを経て
フランスの博物学者アンリ・ムーオという人が
アンコールワットにたどりついた。
「密林に眠る遺跡をヨーロッパ人が発見」と世界中が大騒ぎになったけど
でも、実はそのとき、
アンコールワットの真ん中あたり、幅40センチの柱には
一房くんの落書きが、ぬけぬけと残っていたのだ。

まあいいかの一房くんは、
いまではアンコールワットに落書きをしたサムライとして
歴史に名をとどめている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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薄景子 2010年11月23日

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落書き美容
           

ストーリー 薄景子
出演 大川泰樹

こんにちは。落書き美容チャンネルにようこそ。
ご案内はワタクシ、「いい顔つくろう落書き美容」でおなじみの、
飯顔つくろうです。

みなさん、ご自分のお顔は好きですか。
どこか不満はございませんか。
全くないわ、私は満足してるわ、そんなお客さまには
ワタクシ、この道30年一度たりとも
お会いしたことがございません。

しじみのような瞳、大福もちのようにたるんだ頬。
自分がこんな顔じゃなければ、人生ちがっていたんだろうな
と思い続けることはまさにストレス。
精神にも肉体にも相当な負担をかけてしまいます。

そこで、ワタクシと飯顔大学のコラボレイションで
共同開発いたしましたのが、こちらのミラクルマジックペン。
まさにお顔のどんな願いでもかなえてしまう
魔法の落書きペンでございます。

使い方はカンタン。
お鏡を見てご自身の顔面に
こうなりたいわ、という願望を
そのまま描きこむだけでございます。

目をぱっちり大きくしたい方は、
こうして目のまわりにぐるっと大きな瞳を描くだけ。
お顔を小さくしたいは、理想の輪郭を顔面に描いて
いらないところは塗りつぶせばいいんです。
絵心がないという方は、お鼻の上に「高く!」と
言葉で書いてもOKでございます。

人間の脳は単純でしてね。
願望を描きこんだお顔で過ごされますと
そのうち脳細胞が、「あら?私の顔はそうなったのね」
と勘ちがいして、実際のお顔そのものが変化してしまうんですね。
毎日、落書き美容を続ければ、形状記憶効果で
理想のお顔が貼りついたように定着いたします。

このミラクルマジックペンの一番のおすすめは、
おやすみ前に描くこと。
いいですか、みなさん。成長ホルモンの約70%は、
睡眠中に分泌されると言われています。
その間、お顔の細胞も修復されるので
修復の方向性をこのミラクルマジックペンで
しっかり教えてあげるんですね。

眠っている間にご主人や奥さまのお顔に
落書き美容してあげる、という裏ワザもございます。
お好きな韓流スターやハリウッドスターの名前を描き続ければ、
夫婦生活も映画のようにドラマチックになること間違いなし。

発売以来大ヒットのこのミラクルマジックペン、
街に出ますと、若いOLさんから年配のお偉いさんまで、
お顔に落書き美容しまくりです。

こちらのお嬢さんは、欲張って描きすぎて顔グロ状態。
こちらの男性は、まさにピョンさま生き写し、お上手ですね。
みなさん、ご自身の夢をお顔いっぱいに描いて、
自信に満ちあふれています。

本日は、この大ヒットのミラクルマジックペン100本セットに
収納用の桐ダンスをつけて、お値段は据え置き。
あなたも今すぐ、落書き美容で
人生の逆転ミラクルマジックをかなえてくださいね。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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動画制作:庄司輝秋

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中山佐知子 2010年10月31日

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熊野はもともと根の国であり

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

熊野はもともと根の国であり
天地(あめつち)がはじまって以来の大いなる力を封じていた。
幾重にもかさなる山々と太古の深い森に隔てられ
都からわざわざ近づこうとするものは難渋を極めたし
熊野から出ようとするものはさらに難儀な道が待ち構えていた。
ここに行って帰ることは
いったん死んで生き返ることを意味しており
それ以外のものにとって熊野への道は閉ざされたままだった。

しかし、平安中期の帝、宇多(うだ)天皇は
譲位の後に熊野御幸(ごこう)を決行され
この尊いかたの御幸(みゆき)によって
ここに都と熊野を結ぶ道が開けてしまったのである。

熊野に封じられた力は原始の力であり
善悪の判断をせずに暴れるものであった。
道が通じたことによってこれが都に及ぶようなことになれば
高度に管理された都の神々はひとたまりもなかった。

さて、都から熊野へいたる道は熊野古道と呼ばれ
淀川の河口近くに端を発する。
摂津から和泉の国の湧き水に沿って南へ下り
紀の国で中央構造線を越えていくつもの川を渡る。
距離にしておよそ300kmの道のところどころには
多くの神社が守りについていた。

その神社のひとつ、阿倍野の安倍王子神社は
淀川から数えて5番めの神社であり
熊野神社の使いである三本足の烏を祀っていた。
境内に八体の穀物の神と三体の水の神がおわし
そびえ立つ何本ものご神木にはそれぞれに木霊の神が宿っていた。

これら阿倍野の神々は
ある日、夢うつつに野山をさまよう若い陰陽師を見て
穀物の神の使いである白狐を妻に与えた。
狐の妻はほどなく身籠り、神々の膝元で男子を出産する。

その子は水の神から天と地を読み解く知恵を授かり
木霊の神からはこの世のものならぬものを見る視力を与えられた。
それから、子供は母を見た。
母はもう人の姿をしていなかった。
母は一匹の狐だった。
狐はそれを知って行方をくらましてしまった。

「はるあきら」と名付けられたその子供は
自分の持てる力のせいで母を失ったことを忘れなかった。
力は制御すべきものであり
制御しない力が災いをもたらすことをはじめから学んでいた。

はるあきらは父のあとを継いで陰陽師になった。
それは日本史上最強の魔術師、安倍晴明の誕生だった。
陰陽師阿倍晴明はやがて熊野におもむき
帝を悩ますさわがしいものを岩屋に封じ込めたと伝えられている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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中山佐知子 2010年9月26日

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右手と左手

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

右手と左手はなかなか顔を合わせることがない。
右手が包丁を持つとき、左手は玉葱を押さえている。
右手が鉛筆を持つときは、左手はノートの上にある。

顔を洗うときは横並び。
電車の中ではどちらかがつり革を握り
もう一方が本を開く。

キーボードを叩くときは
お互いにずっと下を向いたままだ。
そういえば今日は一度も顔を見ていない、と
左手は思う。

「Very Annie Mary」という映画のタイトルの
Annieという綴りが左手は好きだ。
左手が耳を澄ますと
自分が打つキーボードのAとeの音にはさまって
右手のnとiの音が聞こえる。
それが好きだ。

ピアノならバッハのインベンション1番
あるいは8番。
左手は右手が弾いたばかりのメロディを追いかけて走り
いつの間にか追いついてしまう。
それがとても好きだ。

右手と左手はなかなか顔を合わせるときがない。
腕組みのときは互い違い。
重なり合うときもどちらかが背中を向けている。
でも、右手は左手とぴったりくっついて
左手に背中をあたためてもらうのが好きだ。

右手と左手はなかなか顔を合わせることがない。
だから、右手と左手は
お互いに言うべき言葉を忘れている。

けれど、やがてその瞬間がやってくる。
右手と左手が
何も持たず、何の役目も負わずに
祈りの形に向き合って
双子のように同じ体温を確かめ合う、そのときに
右手と左手は、沈黙のなかから
たったひとつの言葉を見つけ出す。

ありがとう

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磯島拓矢 10年8月15日



金魚

ストーリー 磯島拓矢
出演 大川泰樹

サラリーマンとは何かと言われたら、毎朝同じ電車に乗る人、と答えたい。
別に自虐的になっているわけではない。
本当に、そういうものだと思うのだ。

彼女の存在に気付いたのは、汗ばみ始めた5月の終わりだ。
いつもの電車に乗った瞬間、真っ白な二の腕が目に飛び込んできた。
ショートカットで細面。なのに、意外なほどたくましい二の腕。
「恐るべき 君らの乳房 夏来る」
そんな句を詠んだのは誰だったろうか。

笑いたければ、笑って欲しい。
45歳2人の子持ちの私にだって、二の腕を愛でる権利はある。

サラリーマンを、毎朝同じ電車に乗る人と定義するならば、
彼女も明らかにサラリーマンだった。
真っ白な二の腕は、毎朝規則正しく輝き続けた。
私は視界の隅で確認し、あとは新聞に没頭した。
45歳2人の子持ちに、その白さはまぶしすぎた。

転機は2週間前の夜だった。
帰宅のラッシュにもまれる私の横で、白い二の腕が光った。
あ、と思った。夜に合うのは初めてだ。
彼女の腕の先には、1匹の金魚が入ったビニール袋が握られていた。
あまりに意外だったため、私はつい、しげしげと見つめてしまった。
金魚も私を見つめている。
その時、彼女の声を初めて聞いた。
「会社近くの縁日で、金魚すくいがあって」
顔を上げる。目があった。
「水、かからないよう気をつけます」
私はうなずいた。
微笑んだつもりだが、たぶんうまくいかなかっただろう。

次の日の朝、いつもの電車に乗ると、白い二の腕が光っていた。
目があった。
彼女は軽く頭を下げる。私も下げる。
いい子だな、と思った。
私に挨拶など、する必要はないのに。

その日以来、私と彼女は目が合えば頭を下げた。
合わなければ何もない。

サラリーマンとは何かと言われたら、毎朝同じ電車に乗る人のことである。
そしてそれを楽しめる人が、サラリーマンに向いているのだろう。
私は、サラリーマンに向いていた。
それほど、誇れることではないかもしれないが。

私は今日も同じ電車に乗る。彼女も乗っている。
彼女の声を、再び聞く日はあるのだろうか。
聞きたいと願うのであれば、
たぶん私が声をかけるのだろう。
そういうものだろう。

私は思う。
彼女がコットンのカーディガンを羽織る季節がきたら、
真っ白な二の腕が隠れる季節がきたら、
言える気がする。
たぶん言える。

目があって、頭を下げた後、私はゆっくりと口を開く。
「金魚は、元気ですか」
45歳2人の子持ちにも、そんな妄想をする権利はある。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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