中山佐知子 2010年7月25日



夜鴉

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

夜鴉はゴイサギだということを僕は図鑑で知った。
祖母のいる田舎の家で蛍を追っていると
暗闇の向こうで奇妙な声が聞こえることがあった。
祖母はそれを夜鴉という鳥だと僕に教え
僕はその不吉な名前におびえた。

夜鴉はゴイサギだ。
知ってしまえば怖がる理由もないと父は言って
僕に鳥の図鑑をくれた。

僕はその年の夏休みのほとんどを祖母の家で暮らしていた。
父は仕事で忙しかったし
母はなめらかな皮膚と黒い髪を持っていたけれど
この星の人ではなく
あきらかに去年より凶暴だった。

小学校の学年が上がるに連れて母は僕を攻撃するようになっていた。
学校で国語や理科の時間を終えて
放課後に鉄棒を3回ほどまわって家に帰ると
水を一杯飲まないうちに母の手が僕をつかんだ。
頭を撫でるかわりに髪をひっぱり
抱き寄せるかわりに突き飛ばし、平手で打った。
理不尽な言葉を吐き出しては投げつけてきた。

僕は母に打たれる原因がどうしてもわからなかった。
どんな僕になったら母の攻撃が止むのかがわからなかった。
母の暴力は日課になり、僕を痛めつけた。
母は僕の敵だった。
敵だと思うことで、僕は自分を強くしていられた。

それでももしかしたら、と僕は考えたことがある。
母の生まれた星ではこうして子供をかわいがるのかもしれない。
それから、あわててそんな考えをやめた。
敵の事情を知ることは自分を弱くすることになる。
宇宙人の図鑑がどこにもなくてよかった。

僕が小学生だったその年の夏
さらさらと流れる川の音を伴奏に
朝は鳥が鳴き、昼間は虫の声が聞こえ
夜は蛍が飛ぶ単純な時間の区切りのなかで
僕は久しぶりに子供らしい日々を過ごしていた。
電話さえ滅多に鳴ることがなかった。

そこに父が来た。
父は、母が星に帰ることになったと僕に言った。
数日後、母が来た。
母は僕の知らない人たちと一緒に来て
僕を見るなり飛びかかろうとした。
それからむりやりクルマに乗せられて
おおんおおんという奇妙な鳴き声をあげながら去って行った。

その晩、僕が蛍を見に行くと田圃に夜鴉がいた。
図鑑によると夜鴉はゴイサギで、
ゴイサギは灰色の翼をたたんで田圃の杭に止まっていた。
近づいても逃げようとせず、片方の目で僕を長い間にらみ
それから、勝ち誇った声で一度だけ鳴くと
バサバサと大きな羽音を残して暗い空に飛んだ。

ゴイサギはやっぱり夜鴉だと僕は思った。
図鑑でどれだけ知識を得ても
どんな名前で呼んでも夜鴉はやっぱり夜鴉で
夜鴉の目は最後に母を見た僕の目に似ている気がした。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2010年6月27日

White_horse_from_air.jpg

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

それは馬であり、竜でなければならなかった。
なぜなら馬は湧き出す泉から生まれたものであり
その水は竜が治めるものだったから。

またそれは白い馬でなくてはならなかった。
ケルトの白馬は夏至のシンボルであり、
月の女神リーアノンは白い馬で死者を運ぶから。

ブリテン島の南西に位置する砦には
族長と同じほど重要な役目を負った人間がふたりいた。
ひとりは神に仕え、神の言葉を聴いた。
もうひとりは歌い手で
一族の歴史や系図を記憶し竪琴の調べにのせて歌った。
文字の記録を残さない人々にとって
歌い手の存在は重要だった。

戦いがはじまると
ひとりは勝利を祈るために戦士たちと行動を共にした。
もうひとりは勝利の様子を語りつぎ、歌うために
やはり馬に乗って砦を出て行くのだった。

この土地の6月は野原も森もいい香りがする。
キンポウゲやクローバーの香りに誘われるのか
ツバメがときどき地上すれすれに飛ぶ。
空高くひばりの声も聞こえる。
ひばりは誰に向って歌うのだろう。
そして、戦いに敗れ見捨てられた砦で
ひとり生残った歌い手は何をすればいいのだろう。
ここにはもう、歌を聴く人もなく
一族の歴史は途絶え、新しい歌が生まれることもない。

けれども
ここにはケルトの一族が住み一族の歌があった。
何世代も語り継いだ歌をこの土地に記さねばならない。
土地を開き、種を撒き、刈り取り
優れた馬と勇敢な戦士を育ててきた一族は
たとえ滅亡しても魂はこの土地を訪れるだろう。
そのときのために歌をしるさねばならない。
そしてその歌は千年も二千年も残るものでなくてはならない。

こうして、文字を持たない歌い手がつくった最後の歌は
緑の丘に描いた大きな絵として残された。
それは南へ向って飛ぶ白い馬であり、竜でもあった。

3000年のときを隔て、
イギリスのアフィントンの丘でこれを見る人々は首をかしげる。
全長100メートルを超えるその巨大な絵は
竜でない証拠に4本の長い足を持ち
馬でない証拠にその足を空に向けている。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

一倉宏 2010年6月26日ライブ


ちいさなトラネコの肉球は  (〜 NEW VERSION 〜)

                  一倉宏

(大) おとこ   

  ちいさなトラネコの肉球は
  ゴールキーパーの黒いグローブのようで
  転がるボールをみごとにセーブする

  ナイスなやつだ

  ちいさなオスのトラネコは
  タマタマの先っちょの毛も黒い

(聖) おんなのこ  

  すてきななまえをもっているのに
  おんなのこは もうひとつのなまえを
  じぶんにつけたりします

(坂) しょっき  

  食器洗い機があって洗濯機のない
  ぼくの独身生活を きみは笑いころげた
  だって 
  食器はコインランドリーで洗えないんだぜ?

  いまでも 食器洗いは嫌いだ
  洗濯しながらマンガを読むのが好きだ

(聖) まくら  

  じぶんの においがする

(大) たおる  

  いちばんしていい贅沢は バスタオルだ
  真っ白で大きくてふかふかの バスタオル
  この幸福感のねだんは あんがい安い

  だけど 
  おなかをすかせたアフリカのこどもたちへの募金
  きょう ポケットに手を入れかけて やめた

(聖) ぽんちょ  

まだ さゆうのあしを じょうずにうごかせない
このこのために

せかいは へいわでなければならない

(板) じーんず

  たまにムカツクこともあるけれど
  世界は おおむねオッケーだと思う
  とくに よく晴れた日なら

  友だちが
  おまえ ユウウツって漢字で書けるか と聞く
  書けるわけないだろ

(聖) ばっぐ  

  がーん しまった 携帯わすれた
  わすれなぐさは 春の季語

  わたし
  なんでこんなこと憶えてるんだろう?

(大) くつ  

  
  あるく あるく あるく
  あるく あるく あるく あるく
  とまる あるく あるく あるく

  あるくのが好きだ  


(聖) すかーと

  こどもが 眠る
  ときどき トラネコも眠る

  わたしも すこし眠る

  特技 すこしだけ眠って元気をだす

(坂) とけい

(聖) とけい

(大) とけい

    6月26日の日没になります。
    本日はありがとうございました。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP
      坂東工 http://blog.livedoor.jp/bandomusha/
      高田聖子 Village所属 http://www.village-artist.jp/

Tagged: , , , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2010年6月26日ライブ



百億にひとつの孤独

          ストーリー 中山佐知子
             出演 大川泰樹
                   

夕日の色がなぜ寂しいのか
ときどき僕は考えることがあります。
それはきっと
七つの色の仲間を置き去りにして
たったひとり、あまりにも遠くに来てしまったのが
夕日の色だからです。

それから僕は光について考えます。
この世で最初の光と、その影について考えます。

光あれと誰かが言ったとき
影については何も語らなかった…
けれども影はどうしたって存在しています。
宇宙のはじまりの光がお互いに衝突しあって
はじめての物質ともいうべき素粒子が生まれたとき
その素粒子の影である反素粒子も生まれてしまったからです。

光の素粒子と影の反素粒子は
お互いの相手にめぐり会うことができたとき
プラスとマイナスが打ち消し合うように
消えていくことができました。

ときどき僕はその幸福を思います。
運命の相手と出会った瞬間に消えてしまうことができたら
一緒に消えることができたら
孤独というものはこの世になく
そもそもこの世というものすらない安らかな無の世界です。

けれども、百億にたったひとつ
めぐり会う相手のいない孤独な素粒子がいました。
いつまでたっても消えることのできない素粒子は
孤独をかかえたまま集まって寄り添い
その集まりからこの宇宙のすべてが形づくられていったのです。
集まっても寄り添っても寂しいのは
人も草も木も、ひと粒の砂も
もともと孤独から生まれているからだと僕は思います。
だから僕たちはひとりひとりが
冷たい石のような孤独を
抱きしめても決してあたたまらない孤独をかかえたまま
最後まで生きていかなければなりません。

あなたはひとりでなくてもひとりです。
そして僕もひとりです。

赤い大きな夕日がもうすぐ沈むと
あの親しみ深い夜がやってきます。
僕たちはその夜のなかで一緒に、そして別々に
自分の寂しさを味わいつくしましょう。

孤独こそすべてのはじまりであり
孤独でないものは何も生み出すことはありません。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

山本渉 2010年6月26日ライブ



ある夏の日の出来事
                 
         ストーリー 山本渉
            出演 大川泰樹

それは気が狂いそうになるほど、暑い、暑い夏の日のことだった。

カーステレオから聴こえてくるラジオがCMに入ったとき、
営業車の古いカローラはゆっくりと踏み切りに入った。
前を進む自転車のタイヤが溝にとられるのを
眺めているうちに、遮断機が降り、行く手を遮った。
カンカンカン、というけたたましい音とともに。
ことの重大さに気づいたのは、猛スピードで迫り来る列車が、
助手席側のウインドウの先にはっきりと見えてからだ。
その瞬間、目の前に巨大なザリガニが現れて、
遮断機をその真っ赤なハサミで二つに切り落とした。

なんとか踏み切りから抜け出した僕に、
そのザリガニは、ゆっくりとした口調で話しはじめた。
「私をお忘れですか?」
呆然とする僕に彼女は続けた。
「あの時、逃がしてくれたザリガニです。20年前ひょうたん池で。」

ひょうたん池。
それは子供のころ夏休みになると、
みんなでザリガニ吊りに行った場所。
ひょうたんの形をしたその池の北側に、小川が流れ込むその場所が、
最もザリガニが集まる場所だと子供達は知っていた。
同級生はみんな捕まえた獲物を学校に持ち帰り、
大きさ自慢をし合っていた中、
ただ純粋に昆虫と触れ合うのが好きだった僕は、
捕まえて、形を確認すると
逃がしていた気がする。

「あなたの側にいて、あの時のお礼がしたいのです」
彼女の言葉とともに、僕達の奇妙な生活が始まった。
僕は彼女をザリエと呼び、一緒に買い物をしたり、
誕生日にはレストランで祝ったり、
それは普通のカップルとなんら変わらぬ関係だった。
ザリエは、外ではすましているけど、家では甘えてくる。
いわゆるツンデレというやつだった。
そんな彼女が、僕は、ただただ、いとおしかった。
この生活がいつまでも続けばいいのに、そう思っていた。

二人の再会が突然であったように、
別れも突然やってきた。
ある日家に帰ると、ウォークインクロゼットの横に座り、
一枚の写真を握り締めザリエは泣いていた。

それは、数年前付き合っていた彼女と行った、
御宿の伊勢海老祭りの写真。
笑顔で生の伊勢海老を頬張る僕の姿が映っていた。
付き合う前の事だという言い訳を始めたが、
僕はそれを途中でやめた。
彼女の前で、それ以上言葉を発することはできなかった。

ザリエが家を出て、もう数年が経つ。
今でも街で、赤いコートの女性を見かけると、
彼女を思い出す。

そんなある日、
大量のダンボールを営業所に運んでいると、
底が抜けて商品が道に崩れ落ちた。
慌てている僕の前に、一匹の巨大メスクワガタが現れ、
運ぶのを助けてくれた。
「私のことお忘れですか?」
彼女は、ゆっくりとした口調で話しはじめた。

それは、気が狂いそうになるほど、暑い、暑い夏の日のことだった。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ

中山佐知子 2010年6月26日ライブ


カサカサの音をゆりかごにして
             

ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹

カサカサの音をゆりかごにして
少年は幼虫の時代を過した。

夜、自動車の音が途絶えると
その茂みは同じ蝶の子供が葉っぱを食べる音で
いっぱいになる。
カサカサ カサカサ….
少年は自分にいちばん近いところから聞こえるカサカサが
とてもなつかしく思えた。
それは自分の音よりも小さくやさしい心地がした。

秋の扉が開くころ
もう食べたくないと少年は感じた。
お気に入りのカサカサも聞こえなくなっていた。
もうサナギになる時期だった。
サナギは身を守る手段を何も持たずに眠るので
蝶にとっては一度死ぬことに等しい。
少年が不安そうに葉っぱのまわりを這いまわっていたとき
カサカサのかわりに
おやすみなさい、と小さな声が聞こえた。
その翌日、少年も垣根から突き出した木の枝にぶらさがって
やすらかにサナギになった。

少年がやっとサナギから出て羽根を広げ
オオカバマダラという蝶になったのは
2週間もたってからだった。
お休みなさいと声をかけてくれたサナギはからっぽで
さがすことなどできそうになかった。

オオカバマダラは
一日ごとに南へ移動する太陽と
日に日に短くなる日照時間で渡りの時期を知る。

秋に生まれたオオカバマダラの少年も
南へ飛ぶ本能を何よりも優先させて
北からやってくる秋に追い立てられるように
移動をはじめた。

仲間は次第に増えはじめ
ときに数百万の群れに膨らんで地元の新聞の特ダネになる。
嵐の夜が明けたときには
大きな木の根元に落ちている無数の羽根が
傷ましい事件として
朝のニュースに取り上げられることもあった。

それでも少年は運良くリオグランテを越え
あくびをしているメキシコ湾のなかほどまで飛んで
熱帯の花が咲くチャンパヤン湖で
まぶしい季節を過した。

暦が春を告げるころ
オオカバマダラは北へ飛びたくなってくる。
もう命も尽きようとしているのに
どうしても、どうしようもなく
楽園で死ぬことを本能が拒否してしまうのだ。

少年はもう少年ではなく
羽根も破れてくたびれ果てていたが
こんどはメキシコ湾の海岸沿いに北の湖をめざした。

突風にあおられてイバラの茂みに落ちたのは
一瞬のことだった。
羽根が折れ、
もう一度飛ぶことはできそうになかった。

少年がしげみでじっとしていると
カサカサとなつかしい音がした。
先に落ちた蝶が蟻に抵抗して
羽根をうごかしているのだった。
それは卵を生み終えて命を使い果たした雌の蝶だった。

蟻は地面に蝶を見つけると生きたまま胴体を切り分けて
自分たちの巣に運ぶ。

カサカサの音のあとに
おやすみなさいと小さな声が聞こえ
それからもう一度、カサカサと最後の音がした。

少年はそのカサカサの音を揺りかごにして
静かに目と羽根を閉じた。

太陽がいちばん高く昇る6月
春に生まれたオオカバマダラの子供たちは
まだ北をめざす旅の途中にある。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

Tagged: , ,   |  コメントを書く ページトップへ