
   
隣人を愛そう
             
ストーリー 中村直史
出演 大川泰樹・坂東工・西尾まり 
  
隣人を愛そう
ニンジンを愛そう
ニンジャを愛そう
大蛇を愛そう
大ちゃんを愛そう
大ちゃんならああ言いそう
第3者機関ならこう言いそう
第3舞台ならそれやりそう
退散するのは難しそう
解散するのは予算成立後
発散するのは与謝野晶子
ハッサンはアブドルの弟
母さんはアイドルの卵
愛がどこに消えてしまおうと
まずは愛してみよう
隣人を愛そう
思いがけない世界のために

木星からのメールが届く頃には
                    
ストーリー 一倉宏
出演 大川泰樹・西尾まり
 
僕たちの船が旅立ってから ずいぶん長い時がたちました
 それ以上に いまの君と僕との距離は 気が遠くなるほどです
 まだ火星のあたりにいた頃は まいにちメールしましたね
 僕たちは 人類史上いちばんの長距離恋愛だ と笑って
 ときどき 
 地球のなんでもないことを 懐かしく思い出します
 たとえば 風です
 木立やカーテンを揺らしたり 
 頬や髪 からだで感じる あの風
 雨の降り出す前ぶれの かすかに湿った風の匂い
 はじめて半袖のシャツにした朝の 風の肌ざわり
 寒がりの僕があんなに悪態をついてた
 刃のような木枯らしでさえ いまは懐かしい
 春のある日 公園で あなたの前髪を揺らした
 そよ風ならば よけいに
 僕たちの乗った宇宙船では 風を感じることはなく
 ただ 二酸化炭素を吸収して 酸素を補給する空気が
 ダクトから しずかに流れるだけです 
 
 個人専用のハードディスクに 図書館ひとつぶんも
 貯め込んできた本も それから映画も 音楽も
 なんだかもう 飽きてきてしまいました
 それにくらべて カプセルの窓から見える宇宙は
 まいにちでも見飽きない美しさです
 あなたに見せたかった
 ひとつひとつの星が どんなにちいさく見えても
 ちゃんとそこにある それぞれに光ってる
 なんていうのか 宇宙を実際に見ていると 信じられる 
 宇宙という存在が はっきりとある そのすべてが
 ああ なんて伝えたらいいのか わかりません
 だからやっぱり 美しい としかいえない
 あなたの好きだった星 シリウスは手の届きそうなほど
 僕の好きな星 アルデバランも ほら そこにある
 木星に近づく頃にもらった あのメールは
 たしかに僕を驚かせ どうしようもなく悲しませたけれど
 いまは すべてを理解できると思っています
 宇宙のみごとなパノラマ以外は なんにもないここで
 まいにちまいにち同じように流れる この時間でさえ
 それは 気の遠くなるような長さだったのだから
 一日一日の 太陽が沈み 月が浮かび
 風が違い 光が違い 雲が動き 色が変わり
 日付けが変わり 季節が変わり 街のショウウインドウが変わり
 春が去り 夏にめぐり会い 秋を感じて 冬を迎え
 さまざまなひとに会い 数えきれないエピソードがあり
 まいにちまいにちが 目のまわるほどに動く
 その 地球の日々で あなたが
 どんなにどんなに 長い時間を過ごしたのか ということを
  
 だからいまは 理解できました
 ごめんなさいを 言わなければならないのは 僕のほうだった
 あまりに遠く あまりに長すぎる この旅に出た
 
 そろそろ木星も遠ざかる航路に就きました
 僕の撮った 木星の写真を送ります
 射手座生まれのあなたには 幸運の星だから
 どうぞお元気で みなさんによろしく
 それから 
 結婚おめでとう 
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
      西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー

    波
             
ストーリー 秋山晶
出演 大川泰樹
片岡義男「白い波の荒野へ」
ジェリー・ロペス「サーフ リアリゼーション」
ブライアン・ウイルソン「ペット・サウンズ」
ジャック・ジョンソン「オン・アンド・オン」
ジョン・ミリアス「ビッグウエンズデイ」
ブルース・ブラウン「エンドレスサマー」
アートディレクター 川口清勝(セイジョ)
フィルムディレクター 牧鉄馬
僕の周囲は時の流れが乱れ、気圧が下がっている。
バハマの方からハリケーンが来そうな気配だ。
来る年の言葉は、波です。5フィートか、50フィートか。
◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

5月の空
                  
ストーリー 福里真一
出演 大川泰樹
小学校時代の同級生のアゼクラくんは、
今はジャンボジェット機のパイロットになっているという。
そりゃ、いくらなんでもまずいだろう、と私は思う。
アゼクラくんの、当時のあだ名は、発狂マン。
ちょっとしたことで、すぐにカッとし、
狂ったように怒りだすので、その名がついた。
発狂スイッチが入り、手がつけられなくなったアゼクラくんが、
教室中の机と椅子を倒して、暴れまわったあの日のことを、
私は今でも忘れない。
5月の青い空に、飛行機が飛んでいく。
そのコックピットでは、
発狂マンという、自分本来の資質を、
体の奥底にひそかにキープしたアゼクラくんが、
静かに操縦桿を握っているのかもしれない。
◎09年5月16日のライブで読んだ演目を紹介しています。
 音声はスタジオで録音したものです。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

砂漠の川と岸辺のポプラ
                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹
砂漠を流れる川が約束を交わした。
「帰って来るよ」
岸辺のポプラがそれに答えた。
「待っています」
それから、川はすべての水を集めて
遠く南へ流れを変えた。
それはシルクロードのタクラマカン砂漠で
紀元4世紀に起こった出来事だった。
魚も鳥も、人もラクダも去ったあとには
砂の岸辺だけが残った。
湖はのたうつ龍の姿をとどめて干上がり
オアシスの都市桜蘭も砂に埋もれた。
数百キロにわたって植物が死に絶えた岸辺に
ポプラの森は取り残されていた。
葉は枯れ、枝は落ち、陽に灼かれ
化石のような幹には無数の砂粒が突き刺さっていたが
それでもポプラはしっかりと空にそびえ
ここがかつての岸辺であることを
そして、川が戻る場所であることを指し示していた。
砂漠に迷った旅人がそれを見て
墓場の十字架のようだ、と
書き残したのは、いつのことだっただろう。
1600年の間
乾燥と沈黙が支配したポプラの岸辺に
その約束の場所に
天山山脈の雪解け水を集めるタリム川が
再びもどってきたのは1921年のことだった。
やがて
川べりに葦が生え、水鳥が卵を抱く頃には
ポプラの化石のなかに
何本かの生きたポプラが風に葉を揺らすようになった。
その命の一滴がどこから飛んで来たのか
どこに埋もれていたのか、誰も知らないが
いまタクラマカン砂漠を流れる川の岸辺には
再び生きたポプラの森があり
なかには樹齢1600年の老木も存在すると伝えられる。
ここにいうポプラとは
胡楊と呼ばれる砂漠のポプラのことである。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

時間のはじまりの岸辺で
                
ストーリー 中山佐知子
出演 大川泰樹
時間のはじまりの岸辺で
過去という名の僕は
未来という名のあなたをさがしていた。
過去という名の僕はまだ住むべき家を持たず
未来という名のあなたはまだ進むべき道がなく
だから、ふたりはここに漂っているしかなかった。
時間のはじまりの岸辺で
僕はあなたの髪の匂いを感じることがあったし
時間のはじまりの岸辺で
あなたの背中と首筋が緩いカーブを描いているのを
思い描くことができた。
そしてその先のほのかな輪郭も僕は知っていたように思う。
たぶんあなたも僕の存在をどこかで確信しているだろう。
僕の爪の形や目の色をもう知っているだろう。
もしかしたら、僕の声が
あなたの耳に届くこともあっただろう。
そう思うだけで、僕のカラダは
少しあたたかくなって眠くなって
この岸辺がとても心地よい場所に思えていたのだ。
時間のはじまりの岸辺にはほかに誰もいなかったから
未来という名のあなたは完全に僕のもので
過去という名の僕は完全にあなたのものだったから
本当はさがす必要などなかったのかもしれない。
けれども、時間のはじまりの岸辺で
前触れもなく出会ってしまった僕たちは
しばらく立ちすくみ
たちすくんだままお互いの顔と躯を目でなぞりあい
それから何歩か前に進んだ。
もう手と手が届く距離だった。
僕たちは利き腕を相手に差し出して
手のひらの親指と人差し指の谷間を
相手の谷間に食い込ませながら
はじめて結び合った。
そのとき
時間のはじまりの岸辺に光と温度があふれ
四つの力とふたつの物質が生まれ
過去という名の僕と未来という名のあなたの
ふたりの手のなかから現在が生まれ
止めようもない時間の流れがはじまった。
宇宙のはじまりであるビッグバンは
だいたい
こんなできごとだったと記憶している。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP