廣瀬大 2022年7月31日「真夜中の奇妙な生き物」

真夜中の奇妙な生き物

ストーリー 廣瀬大
   出演 遠藤守哉

夕日が沈み、人々が眠りにつく。目を閉じて、みんなが夢の中に落ちていく。
今夜もまた、家の屋根の上に奇妙な生き物がやって来る。
ぐ〜っと鳴る腹。大きく灰色の体は象に似ているけれど、
象にしては毛深く、耳が小さく、鼻が短い。足には白い毛がふさふさと生えている。
しかも、ふわふわと宙に浮かび、ゆっくりと家の屋根から屋根へと飛び移ってく。

この生き物、夢を大好物とするバク。夜、人が見ている夢を食べる奇妙な生き物。
今夜もバクは家から家へ、夢の匂いを嗅ぎつけて、大好物の夢を探す散歩をする。
「うーん、うーん」
たかしくんがベッドの中でうなされている。夢の中でたかしくんは教室にいる。
いつも苦手な算数のテスト。
テスト用紙に向かって一所懸命答えを書こうとしているのに、一つもわからない。
いや、いや、それどころではない。テストに書いてある問題の意味すらわからない。
周りの人たちが回答をどんどん書いていく鉛筆の音が教室に響く。
焦るたかしくん。
「うーん、うーん」
ベッドの中でも、教室の中でも嫌な汗をかいているたかしくん。
バクは灰色の長い舌を出して口の周りをべろりと舐める。
そして屋根を通り抜けてたかしくんの枕元に降り立つ。

このバク、ちょっと変わっていて怖い夢が大好物。
むちゃ、むちゃ、むちゃ、むちゃ。
テストを解けない夢がバクによって食べられていく。
よだれを遠慮なく垂らしながら、悪夢を食べていくバク。
漆黒に濡れた目がたかしくんを見つめる。
ベッドの中でうなされていたたかしくんの表情が穏やかになっていく。
怖い夢を見た記憶も消えていく。
バクは食べ終わると鼻をんごんご鳴らして、また怖い夢を探しに別の家へと向かう。

「ひええええええ」
えりちゃんが二段ベッドの上でうなされている。
道を歩いていたら向こうから突然、
熊ぐらいある大きな犬がこちらに向かって歩いてきた。
えりちゃんは犬が大嫌い。まだ、えりちゃんが本当に小さかった頃、
犬が遊ぼうとじゃれて来て、でも、えりちゃんにはそれがとっても怖くて、
それ以来、犬が苦手になった。
夢の中の犬がえりちゃんに向かって走り始める。必死で逃げようとするえりちゃん。でも、怖くて足が動かない。走ろうとするのに言うことを聞かない足。
むちゃ、むちゃ、むちゃ、むちゃ。
大きな犬から逃げようとするえりちゃんの夢が食べられていく。
漆黒に濡れた目がえりちゃんを見つめる。
ベッドの中でうなされていたえりちゃんの表情が穏やかになる。
怖い夢を見た記憶も消えていく。
それでもぐ〜っとバクのお腹がまた鳴る。夢の残りをくちゃくちゃしながら、
バクはまた鼻をんごんご鳴らし、別の家へと向かう。

「ああああ、ああああ」
布団の中で、枕に頭を乗せたおじいさんが夢にうなされている。
夢の中で子どもに戻っているおじいさん。戦争で街が火の海になり、逃げ惑う人たち。
おじいさんはお母さんに手を引かれている。
「おかあちゃん、おかあちゃん!」
夢の中で子どもの姿に戻っているおじいさんが叫ぶ。
布団の中でもおかあちゃんと小さな叫び声を上げている。
おじいさんの苦しい顔を見下ろすバク。
むちゃ、むちゃ、むちゃ、むちゃ。
戦火を逃げ惑う幼いおじいさんとお母さんの夢が食べられていく。
でも、そのとき、夢の中で幼いおじいさんがお母さんの手をぎゅっと握った。
お母さんもぎゅっとこれまで以上に、小さなおじいさんの手を握った。
「おかあちゃん」と布団の中のおじいさん。燃え上がる家々。
誰かが転ぶ。鐘が鳴り続ける。「手を離さないでよう」
漆黒の濡れた目でバクはおじいさんの顔を見つめる。
布団の中でうなされるおじいさん。「おいてかないでよう」
迫ってくる火。ちりちりと燃え始めるお母さんの後ろ姿。
それでも手を離さないおじいさん。
バクは夢を食べるのをやめてそっとおじいさんの枕元から離れる。
悪夢にうなされるおじいさんを残してバクは寝室から出ていく。
そして、また、鼻をんごんごと鳴らし、別の家に夢を探しに出かける。
おじいさんはうなされる。
バクのお腹はぐ〜っと大きく鳴る。
夜空には都会の光で見えづらく誰も気づかないが、天の川が広がっている。



出演者情報:遠藤守哉

 

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安藤隆 2022年7月24日「 きょうは飛鳥さんと天の川」

きょうは飛鳥さんと天の川

 ストーリー 安藤隆
    出演 大川泰樹

 飛鳥さんが「天の川見たことない」と言う
から「天の川を、ミルキーウエイというのは、
どうしてですかあ?」と、僕の物知りぶりを
披露して、自慢しようとしたら「ひろしくん、
おしっこ出しなっ」と飛鳥さんが、寝ている
僕の僕を無造作につかんで、尿瓶の口に突っ
こんだ。
 ミルキーウエイの話が、どうしておしっこ
の話に変わったのと思ったけど、まあいいか
あ、と思った。僕は飛鳥さんを気に入ってい
るから。
僕は天の川を見たことがいっぺんある。あ
れはぜったい天の川だった。
 小学校4年と5年の2年つづけて、夏休み
のあいだじゅう、岐阜の山村にある父親の生
家に預けられて過ごした。
 庭で飼っている山羊の乳が搾りたてで毎朝
飲めるし、卵も生みたて、昆虫もいっぱい。
そのうえ店が忙しい親にとって、めんどくさ
い盛りの小学生を厄介払いできる一石二鳥の
アイデアというわけ。いま思い返せばね。
 僕は、でも、自然豊かな父親の村での夏を
十分楽しんだ。早朝、霧のかかった山へ入り、
みんなで蚕の桑の葉を摘んだ。夕方の矢作川
は、水面が斜めに光って、川がぐっと深くな
り、鮎がうようよいた。いとこたちが、おも
ちゃみたいな竹のモリで、たちどころに一人
5、6匹突いて、笹に刺し、意気揚々と持ち
帰った。
 天の川を見たのは、集蛾灯に集まる昆虫を
捕りに、夜の田んぼへ行ったときだ。うるさ
く飛び回るウンカや、蚊や、こがね虫や気味
のわるい蛾に混じって、目当てのかぶと虫も
いた。木の幹にいるのを見つけると、輝く宝
物だけど、集蛾灯のかぶと虫は、汚らしいた
だの虫に見えた。気分が下がって捕るのをや
めたら「お前が言うから連れてきてやったの
に」と、いとこたちは怒ったけど。
 その帰り道。異変を感じて見上げたら、空
が、集蛾灯みたいに細長く青白かった。星が、
虫みたいに集まっていた。
 「天の川だ、天の川だ」と騒いだら「きょう
は七夕でないで。8月だで。天の川でないわ」
と、いとこたちがバカにした。
 天の川は、天女の母乳が宇宙に飛び散った
んだ、だからミルキーウエイなんだ、という
話を飛鳥さんにまだできていない。飛鳥さん
なら飛び散らせるかもしれないね、と褒めた
いけど、セクハラじじいってまた言われるか、
あはは。
 僕はおしっこを尿瓶に垂れながら、子犬の
ように飛鳥さんを見あげる。
 「窓あけて天の川見たい」と甘えたら「見え
るわけないよ、夜でも明るいから」と言いな
がらあけてくれた。やっぱり飛鳥さんはやさ
しい。むーっとする湿った空気がさっそく入
ってくる。
 僕はベッドに寝たままだけど、二人で恋人
みたいにちょっと黙った。
 「汚いから、じぶんで拭いて」おしぼりを手
渡される。僕の僕にやっと届かせながら
 「来年の七夕って、飛鳥さんにまだ会えるか
なあ」と言ったら、
 「ひろしくん、おしっこけっこう出るから、
大丈夫だよ」と飛鳥さんが笑った。

出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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薄景子 2022年7月17日「宇宙姉妹」

宇宙姉妹
      
ストーリー 薄景子
出演 薄景子

子どもの頃、よく見た夢がある。
それは、自分だけが宇宙人で
家族も友だちも口裏あわせて
私が宇宙人だということに気づいてないフリをする夢。
小さな私は、そのお芝居に気づいていながら
地球人のフリをして暮らしている。

その夢を見た朝は、混乱してすぐに起きられず、
しばらくぼーっと天井を眺めた。
「遅刻するわよー」という母の声で我に返り
ああ、夢でよかったと胸をなでおろすのだ。

あまりによく見る夢なので
いつからか、私は本当に宇宙人かもしれない
と思うようになった。

テストでいい点をとることも
いい学校にいくことも全く意味がわからない。
ひねくれ者の私は、テストでわざと間違った答えを書いて
落第点をとり続けたこともあった。

そんな私がエリーさんと出会ったのは
社会人5年目くらいだっただろうか。
作文だけは好きだった私は、書く仕事につき
音楽のプロデューサーをしていたエリーさんと仕事で出会った。
私の原稿に、エリーさんが作った音楽をあて
朗読ラジオなるものを作ったのがきっかけだ。

エリーさんとは驚くほど気が合った。
原稿を送るだけで、打ち合わせもせずに
イメージ通り、いやそれ以上の音楽を作りあげてくれた。
考えていることも不思議なくらいシンクロする。

プライベートでも仲良くなり、よく飲みにも行った。
あるとき、エリーさんにきいたことがある。
「なんでエリーさんと私はこんなに気が合うのかな…」
彼女は迷わずこう言った。

「だって、すーさん、宇宙人でしょ?
私もそうだから、最初からわかってたわよ」

びっくりして、ビールを吹きだしそうになった。
きいてみると、エリーさんは子ども時代に
突然変異体、つまり宇宙人的なものを意味する
「ミュータント」というあだ名で呼ばれていたらしい。

「世の中の物差しがよくわからないからね、私たち」
そう言ってエリーさんは、米焼酎を飲みながらコロコロ笑う。

いつかエリーさんと生まれ故郷の話をしたことがある。
彼女は偶然にも、私の父が生まれ育った
九州の片田舎で生まれたらしい。
それをきいて妙に腑に落ちた。

その村は天の川が美しく見えることで知られ
天からぽろりと、星のひとつやふたつ落ちてきてもおかしくないほど、
空と大地が近かった。
父の田舎に行くたびに見た満点の星空は
今でもきらきらと目に焼きついている。

一説によると、この天の川銀河系だけでも
100億個ほど地球に似ている星があるという。
エリーさんと私は、ひょっとすると
何億光年も彼方の地球に似た惑星に、姉妹として生まれるはずが
うっかり地球に生み落とされたのかもしれない。

そんな話をしながら、延々と米焼酎を飲み、
エリーさんは、ふと真顔になって言った。

「でも、私たち地球に生まれてよかったよね。
米焼酎おいしいし、ここのメンチは最高だし…」

ああ、やっぱりエリーさんは宇宙人だ。
だから私もこの人の前では宇宙人でいられる。

だって、私たち、宇宙姉妹ですから。



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張間純一 2022年7月10日「天の川」

天の川

   ストーリー 張間純一
      出演 遠藤守哉

問1

x,y平面上に、
点(6, 8)を中心とする半径√2の円の円周上を動く点Hと
点(8, 6)を中心とする半径√2の円の円周上を動く点O(オー)がある。
このとき、以下の問いに答えよ。

 (1) 点Hと点Oとが出会う可能性のある点Tの座標を求めよ。

 (2) 円A、円B共通の接線のうち、(1)で求めた点Tを通る直線aの方程式を求めよ。

 (3) 点Hと点Oが点Tで出会ったちょうど1年後に、
ふたたび点Tで出会う時、点Hと点Oの移動速度を求めよ。
ただし1年はちょうど365日とし、
どちらの点も常に一定の速度で移動しているものとする。

この問を見て、家持詠める歌

かささぎの Tの座標に おく霜の 直線はy =x
かささぎの Tの座標に おく霜の 直線はy =x



出演者情報:遠藤守哉

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一倉宏 2022年7月3日「もしも僕らが一年に一度しか会えなかったとしたら」

もしも僕らが一年に一度しか会えなかったとしたら

   ストーリー 一倉宏
      出演 地曳豪

テレワークの日々がつづいた
いっしょにいる時間が増えたよね 
劇的に

ケンカも増えたね 
エアコンの 使い方とか 
トイレの…… 汚し方とか
日々の生活って ほんとうにささいな
ディテールの帳尻で できている

君はネットフリックスで 
韓流ドラマを観る
僕はスポティファイで 
80年代シティポップスを聴く

そんな日々に

ロシアなる国が 
ウクライナなる国を陵辱し
虐殺とレイプが 
平然とニュースになった

この世界で

君と僕が ささいなことで
言いあらそう

戦争のニュースが つづく日々に
天の川の見えない 東京の空の下で
いつのまにか 
戦争の専門家なる人物たちが
連日連夜 登場するようになって 
誰も怪しまない

せめて リクエストを
ジョン・レノンの「イマジン」じゃ 
もの足りない

あの歌を歌ってくれ 「戦争の親玉」を
ノーベル文学賞の ボブ・ディランよ
アルフレッド・ノーベルも 
それを望んでいるはずだ

大砲をつくるやつら 
爆弾をつくるやつら
戦争でもうけるやつら 
それが戦争の親玉だ

いつのまにか 
戦争の親玉たちは
武器輸出を 防衛装備移転と
言い替えさせることに成功した

この国では いろんな言葉が
すり替えられてゆく
僕らは黙ったまま 
それを許してしまった 
いつのまにか

ウクライナのために 
自由と民主主義のために
もうすぐ 
タブーはなくなるかもしれない
防衛装備移転にも 
もしかしたら
非核三原則にも

そんな日々に
この世界で

君と僕は
天の川の見えない 東京の空の下で

一年に一度しか会えない 
あの二人の夜が
もうすぐ やってくる

それは悲しい 
哀れな話なのかと
僕は考えるようになった

一年に一度でもいい
もう 一生会えない 
永遠に会えない
夫婦がいて 親子がいて
恋人たちがいて 
きょうも 訴えている

そんな日々に
この世界で

君と僕は
天の川の見えない 東京の空の下で



出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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中山佐知子 2017年8月27日

nakayama1708

天の川

     ストーリー 中山佐知子
       出演 大川泰樹

むかし天武天皇が壬申の乱の戦に勝利したことを感謝し、
吉野の奥の山の麓に社を建てた。
社には伊勢の荒祭宮の瀬織津姫を祀り
その社の名を天安河(あまのやすのかわ)の宮と申し上げた。
すると付近を流れる熊野川の源流は天ノ川(てんのかわ)と呼ばれ、
ここに地上の天の川が出現したのである。

天ノ川(てんのかわ)は深い谷を穿って蛇行し、
地表に湧く泉の水、崖から落ちる滝の水を集めて流れた。
人が住まない秘境であり、聖地であるゆえに
水は一度も人の手が触れたことがなく
これ以上ない清浄な水だった。
天安河の宮の瀬織津姫は水の神であり、
穢れを祓い浄める神だったのである。

吉野から熊野に至る大峰山脈の稜線を
龍の背中を渡るようにして歩く修行者たちは
この土地に来ては
夏冬変わらぬ水温10°Cの湧き水で身を浄めた。

やがて修行者のための宿ができ、村になった。
空海が籠り、道長が参詣し、西行は歌を詠み、
南朝の帝が隠れ住んだ。
たどり着くだけでも容易ではない山奥のそのまた奥の天ノ川は、
不思議とそのときどきの権力宗教と結びつく。

なぜだろうと考えたことがある。
天武天皇は再起をはかってこの地へ来た。
道長は政権争いの渦中にあった。
西行は世を捨てて生まれ変わった。
もしかして、この水はリセットの水なのか。

夜空を横切る天の川を盥の水に映して眺めれば
盥の大きさの宇宙ができる。
地上の天の川、天ノ川(てんのかわ)は盥に映した宇宙、
縮小された宇宙。
だから人はその川の水で禊ぎをおこないリセットをしたのか。

それを思うとき、1000年の昔の科学の暗がりの
美しさと心地よさに触れた気がする。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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