一倉宏 2010年2月5日



「いろは歌」を現代的に
             

ストーリー 一倉宏                       
出演 山下容莉枝

 いろはにほへと ちりぬるを

あの「いろは歌」です。

 色は匂へど 散りぬるを

古い歌、古いことばですから、こどもにはむずかしい。

 花の色は鮮かでも 散ってしまうのに

そう説明したって、なんのことやらわからない。
「いろは」といえば「初歩的な」という意味でもあるはず。
もうきっと、時代には合わなくなっているのでしょう。
そこで、新しい「いろは歌」をつくってみました。
現代的に。現代の仮名遣い、46文字を全部使って。

まずは、これ。

ねこ よむ
いぬ ほえ
とらたちは おせ
わにや
きりんも けつさすれ
あひる へそなし
ふくろう のまゆ
かめをみて

ちょっとした、動物絵本でしょ。
ねこが監督して、いぬが応援して、
どうぶつたちが集まって、何かの仕事をしています。
「わにや きりんも けつさすれ」のところは、
きっと、こどたちにもいちばんウケると思うのですが。
もしかしたら「教育的にいかがか」と、堅い先生はいうかな。

つぎは、もうすこし年令をあげて。

あさの すそ
つまむよ
ふうせんや ゆめを
おいて かくれろ 
ぬけみちは ほるな
ねこに わたしも
えきへ ひらりと

ちょっと、ファンタジー。ちょっと、不思議の国のアリス。
アリスは、きっと何かに追われて、スカートをつまんで、
隠れて逃げて、ねこといっしょに、駅へ、ひらりと。
かわいいでしょ。少女向けかな。

最後は、こどもから、おとなまで。
教育的なんてことは、全然考えないでつくった「いろは歌」。

そのひと
あほ まぬけ
おゆにさしみ
むねや めから
へをこく 

もちろん
わすれない

はるよ
えりたて
きせつふう

前半は、落語のような、アホ話。
なのに後半は、きれいにまとまってしまいました。
余ったひらがなを、拾い集めてつくったら。

季節は、ちょうどいまごろ。
入学を楽しみにしているこどもも、そして、アホなおとなも。

もちろん
わすれない

はるよ
えりたて
きせつふう

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸


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一倉宏 2009年3月6日



3月は握手をして

                          
ストーリー 一倉宏
出演 山下容莉枝 

いちばん短い月 2月は 3月にいいました
さようなら 握手をしましょう
ようやく芽吹いたつぼみたちを どうぞよろしく 
雪解けのせせらぎをつくる陽射しを どうぞことしも
明るい春を待ちわびた受験生たちを
どうぞ あなたの暖かい笑顔で 迎えてあげてください
いちばん短い月 2月はそういって 
3月と やわらかな握手をしたのです

3月は 別れの月 
握手をしましょう さようならの握手を
街路樹の枝を揺らして 電線をすすり泣かせて
まだ冷たさの残る風は 吹き過ぎてゆきます
さようなら 石油ストーブと やかんの湯気
くもった窓ガラスに 指で書いた絵
さようなら 衿を立てたコート ポケットに入れた手

さようなら もう さようならの季節だから
それなのに こたつの中にいるネコは出てこない
そろそろ さようならをしないとね こたつにも
おばあちゃんは 肉球をやさしく包んで いいきかせます
なのに こたつの中のネコは さっと手をひっこめる
さようなら なごりおしいけれど
さようなら もう 春だから

さようなら 6年生の教室 ランドセル
机にも椅子にも 図書室にもプールにも さようなら
逆上がりのつらかった鉄棒 楽しみだった給食のハンバーグ
さようなら 大好きだった先生とも お別れの握手 
涙で濡れたちいさなその手を ズボンで拭いて

さようなら 住み慣れた街
引越のトラックが到着すると 部屋は 手際よく空っぽになり
何年も住んだアパートに 置き忘れたものはなにもありません
だけど 壁紙のしみ 床の傷跡 過ぎた日々
さようなら ここに何度も遊びにきて そして去った彼女 
引越する若者は その部屋のドアノブと 最後の握手をします

さようなら 過ぎてゆく日々
立ち止ることのできない 時の歩み
3月と握手した 2月の手は とても冷たかった
2月にくらべれば 3月の手は たしかに暖かいのだけれど
やがて はなやいだ4月がやってくる
さようなら あとをよろしくと また握手をして
そのとき 3月は かすかに 
自分の手の冷たさを 知るのかもしれません

さようなら 春をよろしく

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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一倉宏 2007年3月23日



国語の先生がしてくれた「桜」の話

                      
ストーリー  一倉 宏
出演     山下容莉枝

もうすぐ卒業するみなさん おめでとう
もうすぐ この学校とも先生たちとも
さよならをする日が来ます

そしてその日 校門を出れば あのバス通りの交差点が
みなさんの 最初の別れ道になるでしょう
信号を渡るひと 待つひと 駅へと曲がるひと
どんなに名残惜しくても そこはもう別れの道です

3年前 新入生のみなさんを迎えたのは 
校庭の桜の 花吹雪でしたね
あの桜は 今年みなさんを見送るために
咲き急いでいるかもしれません

最後に贈る言葉として
「桜」の話をしようと考えました

国語の授業のあるときに
日本の古典文学で ただ「花」とあることばは
「桜」のことを指していると 
お話したのを憶えていますか
「花」といえば「桜」 は 暗黙の了解でした

それほど 
日本人は「桜の花を愛してきた」といえます
しかし この「愛する」ということばを
ただの「大好きな気持ち」とは考えないでください

きょうは その話をしたかったのです

日本の昔のひとのつくった詩 歌を読むと
「桜」という花を 単純に「好きだ」ということはなく
むしろ「悔しい」とか「悲しい」「切ない」
という気持ちで 表現しています
「桜の花」は美しいけれど あまりに短い時間で散ってゆく
そのことに「胸を痛める」歌ばかりなのです

先生は これが「愛する」ということばの
ほんとうの意味ではないかと思います

桜の花は 咲いて散るまで わずか数週間
けれど 私たちのいのちだって やはり
限りあるものです

日本人が 桜の花からもらったものは
そんないのちの いま生きている時間の
かけがえのなさ 愛おしさ 
だったのではないでしょうか

もうすぐ卒業式 別れの時
ちいさな翼のはえはじめたその肩を 
桜色のまぶしい風が押すでしょう

そのいのちを 大切に
卒業 おめでとう

出演者情報:山下容莉枝 03-5423-5904 シスカンパニー

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