「プライド硬度計」
ストーリー 山本高史
出演 山本高史
いつものバーで、ヨシダが思い出したように「ちょっと考えたんだけどさぁ」と言う。
(いいこと思いついちゃったんだよね)の顔だ。
「何?」と、オレが聞くと「プライドって、あるじゃん」と、ヨシダ。
「あるよ」と、オレ。
「プライドが傷ついた、って言うじゃん」と、ヨシダ。
「言うよ」と、オレ。
「あれさ、自分はその辺です、って言ってるんだよ」
「どうゆうこと?」
「Aという事実でプライドが傷ついたってことは、
そいつのプライドはAという事実よりも柔らかいんだよ」
なるほど。
「つまり自己申告しているんだね、自分のプライドの硬さ」
そういうことになるかな。
「それをオレはね、『プライド硬度』と名づけたわけ」
ヨシダ得意の(いいこと言うでしょ!)って顔だ。まあいい。
「それで何が、例えば硬度5なわけ?」と、オレ。
「そこまではまだ考えてない」と、ヨシダ。
・・・なんだよ。
カッセキホウニシテケイリンナガシセキオウコウニシテダイヤアリ。
「じゃあ硬度5から決めようか」と、ヨシダ。
「まず自分で決めろよ」突き放す、オレ。
熟考約5分。
「じゃあ、『クライアントに、自分の意見よりも部下の意見を尊重される』ってどう?
それで傷ついたらプライド硬度5」やっと、ヨシダ。
「そういうことって傷つくんですか?」と、ウエダ。オレの会社員時代の部下だ。
「オマエにはそういうことはなかったけどな」オレ。
ウエダ、ムッとしている。
「まあ、この辺から上下を決めてみようよ」ヨシダ。
「まず前後、だな。4と6」オレ。
「『知り合いからの郵便物のあて名の自分の名前が、ずーっと誤字』ってどう?」
このバーのバーテンダー、マツが割り込んできた。
面白くて悲しいね、それ。
「じゃあ『休日出勤で夜家に帰ってきたら、家族全員食事に出ていた』は?」ヨシダ。
「わかるよ」マツ。
そうなの?オレ、わからないよ。
でも「それとさっきの『誤字』とどっちが上?」
「こっち」と、ヨシダ。
「こっち」と、マツ。
じゃあ、「自分以外の家族が食事」をプライド硬度6ね。「誤字」は4。
「ぼく、よく歩いているときカラスに頭を突かれるんです」ウエダ。
それがどうした?
「ぼく、それで結構プライド傷つくんです」
「プライドって問題かね」マツ。
ウエダが大急ぎで反論する。
「だって、動物になめられているんですよ。人間の尊厳に関わるじゃないですか!」
でもそれって、オマエの尊厳はカラスと並び、ってことだぜ。
「オマエ、よくイヌに吠えられるだろ?」
「はい」
「傷つく?」
「たまに」
決定「カラスに突かれる」は硬度1。
「あと、ラーメン屋で注文の順番をよく間違われます」ウエダ。
別にオマエの情けない話を聞く会ではないのだが。
「それでプライドが傷つくって言うの?」
「もちろんです!」
じゃあ、「ラーメン屋で注文の順番を間違われる」を硬度2でいい。
ウエダのプライドは柔らかいね。
「見え見えの義理チョコは?」ヨシダ。
今さらする話題かね?でもマツが続ける。
「そうなんだよね、割と凹むよ、毎年」
「ウチの社員の女のコに、たまにコンビニの袋から渡されるんだぜ」ヨシダ。
「ぼくは毎年です」と、ウエダ。
そういうの、傷つくより怒れよ。
「入れとこうよ」ってヨシダが言うから、まあいいか、
「ラーメン屋の順番」と「自分より信頼される部下」の間くらいのような気が
しないでもないから、硬度4。
下の方が埋まったな。
「昨日息子と腕相撲したらさ」ヨシダ。
「負けたんだろ?」オレ。
「完敗」
やっぱり。
「ヨッちゃんとこ、いくつだっけ?」
「中1」
まあキツイのはわかるけどさあ。
「オスとしての現役感を否定された感じがしてさ」
そんなことで泣きそうになるなよ。
「これ硬度7にしてくれないかなあ」ヨシダ。
懇願するなよ。遊びじゃないかよ。
わかりましたよ、はい、決定。オスの現役感の否定は、プライド硬度7。
「部員全員にアンケートをとって、部内で要らない人NO.1に選ばれちゃったら、
さすがにプライドズタズタでしょうね」
何てこと考えるんだ、ウエダ。
「7票-3票-1-1-1-1、みたいな感じでちょっと抜けたNO.1」
そりゃもう会社行きたくないよな。
「2位の人は定年前だったりするんですが、自分は働き盛りのはずの38才」
ウエダ君、キミ、ブラックだなあ。
「7票の内訳は、先輩後輩も、男女も半々くらいで、偏りのない幅広い支持」
わかりました。硬度8です。オレはもうこの辺で傷ついてといてもいいかな?
「妻を後輩に寝取られる」暗い声で、マツ。
なんか壮絶な話になってきたな。
「そりゃダメだわ」ヨシダ。
オレもそう思う。
しかしそんなことまで引き合いに出して、プライドを測るべきなのか?
とりあえず、プライド硬度9に認定。
「妻を後輩に寝取られる」が9ということは、
それでも傷つかないプライドが存在するということだ。
カラスに頭を突っつかれて傷つくプライドと、妻を寝取られても傷つかないプライド。
人生いろいろ、プライドいろいろ、か。
とっとと硬度10を見つけてこのゲームにおさらばしたいという気持ちと、
その10のとんでもない予感におびえる気持ちが一緒くたになって、
男たちは黙り込んでいた。
「・・・痴漢」ヨシダが自分の余命を告白するかのように口を開いた。
もう聞きたくもないが聞かざるを得まい。
「・・・どういうこと?」
「・・・痴漢で誤認逮捕」
あああ、それ無茶苦茶だわ。
男4人、うつむく者2人、宙を見上げる者2人。
まあいいさ、これでやっと終われる。プライド硬度栄えある最高峰は
「痴漢で誤認逮捕」に決定されました!いいよな、これでもういいよな。
「あのー」
やめとけよ、ウエダ。これでいいじゃないか。
でもウエダは続ける。
「『痴漢で誤認逮捕』でプライドが傷ついたら、プライド硬度『10』なんですよね?
ということは、それでも傷つかなかったらプライド硬度はどうなるんですかね」
会社ではいちばん要らない人に選ばれて、家では後輩に嫁さんを寝取られて、
ついには痴漢で誤認逮捕されても傷つかないプライド?
あのな、その人、プライドないんだよ。