「あの日小さく燃えていたもの」
ストーリー 西島知宏
出演 遠藤守哉・岩本幸子
女:私は、何も燃やしていなかった。
男:彼女は今日は、何を燃やしているんだろう。
(回想)
女:あれは確か、冬だった。初めてできた彼との想い出の品を、
私は燃やしていた。
男:彼女と初めて会ったのは、冬。実家の2階から夜中に
公園で焚き火をする少女を見つけた。
SE パチパチパチ(焚き火の音)
女:私は女子高生だった。
男:彼女はセーラー服だった。
女:しばらくして学ランを着た同世代らしき男の子が声をかけて来た。
男:夜中に公園で焚き火をする同世代の少女、心配になって声をかけた。
女「何を燃やしてるんですか?」(少し若く感じる声で)
男:確かそう声をかけた気がする。
女:振り向いた私は、泣いていて声が出せなかった。
男:振り向いた彼女は、泣いていた。
女:私の泣き顔を見た彼はそれ以上何も言わず、手紙や、想い出の写真が燃え終わるのを最後まで見ていた。
男:かける言葉が見つからず、ただ、声をかけた手前すぐに立ち去るのもどうか、と最後まで眺めていた。
女:燃え終わると私は何も言わずその場を立ち去った。
男:燃え終わると彼女は何も言わずに去って行った。
女:つぎ彼と会ったのは大学生の時だったろうか。
男:5年ぶりに見かけた彼女は少し大人っぽい化粧をしていた。
女:私はバイト先で知り合った彼の二股を知り、誰にも会わない隣町のあの公園で彼との想い出の品を燃やしていた。
男:彼女はまた、泣きながら色々なものを燃やしていた。
女:また失恋か、彼はそう思っていたのだろうか。
男:失恋の度にモノを燃やす子なのか、僕はそう思っていた。
女:彼は5年前と全く同じように、私の想い出が燃え終わるのを見ていた。
男:燃え終わるとまた、彼女は黙ってその場を後にした。
女:公園を出るとき一度振り返って彼を見た。
男:遠くで彼女が振り返った気がした。気のせいかもしれないけど。
女:そのつぎ彼と会ったのは私が最初の結婚に失敗した時だった。
男:彼女は手紙や写真と一緒に、高そうな毛皮を燃やしていた。
女:金持ちの男と結婚するのが幸せ、そう勘違いしてた。
男:彼女はお金持ちと結婚し、離婚したのだろうか。そう思っていた。
女:泣き虫なのは大人になっても変わらなかったな。
男:泣き顔は10代のあの時と同じだったな。
女:少し老けた彼は、あの時と同じように何も話さず私の隣にいてくれた。
男:それが僕たちのルールの様に感じられた。
女:それから何度か同じような事があった。
男:彼女とは一度も言葉を交わさなかった。
女:彼と会うのはいつも私の恋が終わった時。
男:彼女が公園に現れるのはいつも恋に破れた時。たぶん
女:あの人は誰なんだろう。
男:あの子は誰なんだろう。
女:ある時から30年程、私は公園に行かなくなった。
男:いつからか彼女を公園で見かける事はなくなった。
女:2度目の結婚で、私はさらに遠い所へ引っ越した。
男:その後、僕は結婚し、相変わらず公園の脇の家で家族と暮らしていた。
女:65歳の誕生日の3日前、私は2番目の夫を病気で亡くした。
男:65回目の冬、僕は25年近く連れそった妻を亡くした。
女:ある日ふと、彼を想い出した。
男:一人になってから窓の外を眺める事が多くなった。
女:泣く時にだけ行った公園。
男:泣き顔しか知らない彼女。
女:私は久しぶりにあの公園に行ってみたくなった。
男:彼女は今頃何をしてるんだろう。
女:失恋する度に来ていた公園。まだ残っていた。
男:ある夜、僕は老眼鏡越しに懐かしいものを目にした。
SE パチパチパチ(焚き火の音)
女:何も燃やしてはいなかった。こうやってるとまた横に来て、
そっと佇んでくれる気がした。
男:後ろ姿の彼女。あの頃のように泣いているんだろうか。
女:ただ、黙ってそばにいてくれた彼。私は火の暖みに紛れ、
彼の優しさを見つけられなかったのかもしれない。
男:思い切ってあの日と同じ言葉をかけてみた。
男「何を、燃やしているんですか?」
女「!」
男:肩の動きでハッと驚きを表した彼女が振り向いた。
初めて涙のない彼女だった。
女「え?」
男「お久しぶりですね」
女「・・はい。その節はどうも」
男「それ、何燃やしてるんですか?」
女「あ、これ。・・何も」
男「何も(笑)?」
女「はい」
男「・・・」
女「あ、いや。燃やしてます。・・恋心?」
男「ふふふ。何ですかそれ(笑)」
女「あ、いや・・」
男「あったかいですね」
女「え」
男「あったかいですね、これ」
(少し間があって)
女「はい、とっても(噛み締めるように)」
SE:パチパチパチ(焚き火の日の音が少し大きくなる)
出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/
岩本幸子 劇団イキウメ http://www.ikiume.jp/index.html