中山佐知子 2014年4月27日

その女の名は

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

その女の名前はカテリーナだった。
カテリーナはアラブ系の奴隷に多い名前で
女も東の国から連れて来られた奴隷のひとりだったらしい。
ローマ教会が奴隷の売買に積極的だった当時、
フィレンツェには544人の奴隷がいたと記録されている。

カテリーナが働いていたのは
トスカーナ州フィレンツェのある銀行家の家だった。
奴隷といっても下女、召使いと同じことだが
当時、捨て子を収容する養育院の子供の3割が
女奴隷が生んだ子供だという記録を見ると
自由というものがないその立場をうかがい知ることができる。

カテリーナが子供を身ごもったのは
1451年のことで、相手は主の友人であり公証人でもある
ヴィンチ村の名家の子息セル・ピエロだった。

翌年の春に生まれた子供はレオナルドと名付けられ、
父親の家に引き取られた。
正式に結婚していない両親から生まれた子供…
当時はいらないと見なされた子供を
捨てたり殺したりする風潮が残っていた時代だったが
100年前のペストの流行によって
フィレンツェは市民の3分の2を失っており
知識階級であるセル・ピエロの家では
次世代を担う子供の養育を重要と見なしたのだろう。

しかし、この出産によって
カテリーナはセル・ピエロから遠ざけられ
それから1年もしないうちにヴィンチ村の農夫に嫁にやられた。

農家の仕事はラクではなかった。
冬から春は畑を耕して葡萄を植える。
夏には干し草をつくり、小麦を収穫する。
秋になると葡萄とオリーブを摘んでは搾り
寒くなると豚を殺して1年分の肉を塩漬けにした。
草を刈り、家畜の世話をするのは季節を問わない仕事だった。
糸を紡ぎ、布を織った。
川辺のヤナギで編んだカゴは貴重な現金収入になった。
そして、5人の子供を生んだ。

それから40年が過ぎたころ、カテリーナはミラノにいた。
土にまみれて働くのがつらい年齢になっていた母を
セル・ピエロの息子レオナルドが呼び寄せたのだ。
一緒に暮らしてわずか2年でカテリーナは死んだが
レオナルドが…
カテリーナの息子レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたモナリザの
あの不思議な微笑みはカテリーナの面影だろうと主張する人は多く、
またモナリザの衣装には
レオナルドとカテリーナのふるさとヴィンチ村のヤナギの模様が
襟元に細かく描かれている。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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古川裕也 2014年4月20日

少女は泣く。少年は微笑む。

      ストーリー 古川裕也
         出演 増田未亜

「愛してる」
言われれば言われるほど不安になる。
やさしくされればされるほど、不安になる。
120%信じているけれど、
信じれば信じるほど不安になる。

そのことは、私をとても愚かな女にする。
「ほんとに愛してる?信じていいのね?」

彼のアウディの中で初めてキスしたとき。
歌舞伎座の幕間で、「僕と結婚してくれないだろうか。」と言われた時。
初めて「ロオジェ」に行って、エンゲージ・リングをもらった時。

私は愚かにも、「ほんとに愛してる?信じていいのね?」を繰り返した。
幸いなことに彼は、うざがることもなく、
「もちろんだよ。どんなことがあっても君を愛し続けるよ。」
とその都度答えた。

私はひたすら、怖かったのだ。
彼と一緒にいる幸福よりも、彼を突然失うことの恐怖のほうが、
はるかにおおきかったのだ。

母は、父が亡くなってから、
護身用の銃をキッチンの上から3番目の引き出しに置くようになっていた。
木のプレートやランチョン・マットがしまってあるところだ。
音が出ないように、木のプレート側ではなく、
一番下と下から2番目のランチョン・マットの間に隠してある。
シシリア島のタオルミナで買った下から2番目のそれには、
5つの大きなひまわりが所狭しと描かれており、
ブエノスアイレスで買った、ブルーの地に深紅の水玉が、
まるで草間彌生のように、どんどんどんと描かれているもうひとつのそれとの間に、
とても地味に退屈そうに、リボルヴァーがひとつ潜んでいる。

それを使ってみようと思ったのは、
それを使うにふさわしい事態になったからでも、
逆に、訳もなく衝動的に使いたくなったからでもない。

その夜は、西麻布の熟成を売り物にしている寿司を食べたあと、
グランド・ハイアットに泊まる予定だった。
婚約と結婚との間の時期だったとはいえ、
娘の女親というのは、寛大というより、むしろ積極的だ。

セックスをした後だったと、のちに報道されるのは嫌だった。
食事のあと、「少し歩きたい」と言った。
西麻布は、一本裏に入ると、とても上品な静けさを持っている。
大使館、大きな家。ぽつんぽつんと現れる店も、
ひっそりとまるで誰からも気づかれないことを
目的にしてるみたいだ。
素敵な街だ。

とある坂に差し掛かった。降りていく彼を少し先に行かせ、
彼が振り返ったところで、
私は言った。
「ほんとに愛してる?信じていいのね?」
「もちろんだよ。どんなことがあっても、君を愛し続けるよ。」
彼が答える。 

おそらく1000回以上繰り返してきたやり取りだ。
もはや合言葉のようになっている。
私は彼を信じている。99.9999%。
けれど、100%ではない。
何か構造的に。

彼が答えてから、およそ5秒後。
私は、母のリボルヴァーに初めての仕事を与えた。
続けて6回。
恋人たちが、愛をささやきあった距離だ。さすがに当たる。

「愛してる?信じていいのね?」
私は言う。涙が止まらない。
「もちろんだよ。どんなことがあっても、君を愛し続けるよ。」
彼は答える。私が愛した素敵な微笑みを浮かべて。
その微笑みは、仰向けに倒れて、動かなくなるまで続くのだ。

出演者情報:増田未亜


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直川隆久 2014年4月13日

「微笑みという武器」

      ストーリー 直川隆久
         出演 川俣しのぶ

あなたがもし怒りに身をまかせれば、
その怒りが真っ先に焼き尽すものは
あなた自身の心です。

本当の武器。
それは、微笑みです。

子供の頃から私は、一風変わった子供だったと思います。
両親とともに様々な国を転々とし様々な文化にふれるうち、
世界の原理を知りたい、という哲学的な欲求をもつようになりました。

大学を卒業するころ、
とあるメゾンのクリエイティブディレクターの誘いで、
ファッションモデルの仕事を始めました。

パリ、ミラノ、ニューヨーク、上海。
富と美とが流れ込む都市を転々としました。
狂騒の日々の中でいつ醒めるともしれない酔いを感じながら、
常に、ここにわたしの居場所はないと感じていました。

そんなときに、ダミアンに出会ったのです。
彼はモデルでしたが、魂はアーティストのそれでした。
過分に美しい肉体という檻に、捕われた魂。
彼は、私の鏡像でした。
私たちは、出会うべくして出会ったのだと思います。

私たちは、都会の喧噪と虚飾を捨て、
プロヴァンスへと移り住みました。
幸い、父が残してくれたワイナリーと
3,000ヘクタールほどの農地がありました。
そこを、完全な放牧と無農薬栽培を営む農園へと
転換することにしたのです。

道のりは平坦ではありませんでした。
農薬を使わなければ虫が殖える。
隣接した農地から苦情は絶え間なくやってきます。
ストレスで眠れなかった日は一日や二日ではありません。

わたしは、この世界から愛されていないのではないか?
子供の頃から抱えて来た思いが、
またもや私の心を侵そうとしていました。

でも、わたしはある日、気づいたのです。
わたしがまず世界を愛そう。
世界を変えるのではない。自分が変わるのだ。
批判ではなく、理解。
対立ではなく、受容。

わたしは、微笑むことにしました。いつも、どんなときでも。
すべてのパーティで、ビジネスの場で、自分に課しました。

すると、私のもとに、友人たちからの助けの手が集まってきました。

友人のグレゴリーが、私の手記をまとめた本を出版してくれました。
後にそれは映画化され、私の農園を世界にしらしめてくれました。

そして、友人のステファンが
無償でワインラベルのデザインをしてくれました。
新作をつくればクリスティーズで
100万ドル以下の価格は付かないステファンがです。

私たちの農園はプロヴァンスの陽光と、
あたたかな友情によって育てられています。

皆さんに言いたいのは、
この世界に、微笑みを投げかけてください、ということです。
貧困、飢餓、虐殺…この世界の不条理に、
怒りではなく微笑みを。

さあ、笑ってみて。
ほら、あなた。
最前列の…そう、あなた。
笑ってみて。

…素敵。
本当に素敵です。

ありがとう。
フランスに戻っても、この難民キャンプの皆さんの微笑み、
忘れる事はないでしょう。
わたしの言葉が、皆さんの人生を少しでも変えられたら、
これにまさる喜びは…

痛い。

誰ですか。
石を投げるのは。

いた。

やめ、やめて、おやめなさい。
どうして。
どうしてこんなことを、
す….するの。

痛い。
やめて。
痛い。

いたた。
いたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた。(微笑みながら)

出演者情報:川俣しのぶ 03-3359-2561 オフィスPSC所属

  

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玉山貴康 2014年4月6日

「スピーチ」

      ストーリー 玉山貴康
         出演 遠藤守哉

タクヤくん、ユキさん、ご結婚おめでとうございます。
本日は、佐藤家、林家、ご両家のたいへんおめでたい席に
お招きいただきありがとうございます。心からお祝い申し上げます。
ただいまご紹介にあずかりました、
新郎新婦と同じ職場でともに仕事をしております、田中でございます。
たいへん僭越ではございますが、
ご指名ですのでひとことお祝いの言葉を申し述べさせていただきます。
どうぞご着席ください。

いやはや、まだ信じられないというか、まさかこの二人が!という心境でございます。
はじめて話を聞かされたときは本当にビックリしました。
彼は営業部で、彼女はマーケティング部。
それぞれの部署でバリバリのエースです。
タクヤくんは、営業成績なんと2年連続でNo.1ですし、
ユキさんも大きなプロジェクトをリーダーとして何本も抱えています。
二人とも後輩の面倒見もよく、その仕事ぶり、人柄、将来性、
どれをとっても完璧、パーフェクトでございます。
今年、彼らの働きもあって、わが社は上場いたしました。
この数年間というものは、非常に忙しかった。
お得意さまも増え、プレゼンの連続で、休日勤務も少なくなかったはずです。
それなのに、どこにそんなつきあう時間が…あ、いや、よけいなお世話ですね(笑)

そういう私もじつは社内結婚でして、
私の結婚式のときも、このように当時の上司にスピーチをお願いしました。
そのときに贈っていただいた言葉が、いまでも私たち夫婦のモットーとなっております。
その同じ言葉を、今日、お二人に贈り、祝辞に変えさせていただきたいと思います。
それは、「祝婚歌」という吉野弘さんの詩です。
えー、ゴホン(咳払い)、それでは心をこめて。

祝婚歌

吉野弘

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派過ぎないほうがいい

立派過ぎることは
長持ちしないことだと
気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい

二人のうち どちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい

立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい

そしてなぜ 胸が熱くなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい

えー、以上です。
仕事上ではとても優秀すぎるお二人です。
家庭においても、同じように「完璧」を目指してしまわないか。
もしもそうなりそうだったら、ふとこの詩を思い出してほしい。
気持ちがフッと楽になるかもしれません。
どうぞ温かく明るいご家庭を築いてください。末長くお幸せに。
本日はたいへんおめでとうございます!

え?なんだよ!いいよもう!俺が主賓なんだから!あ、そう?
う、うん、わかった、わかったよ!
(誰かと小声で打合せしている様子。少し面倒くさそう)

えー、ゴホン(咳払い)、では、続きましてぇー、
わが社の会長である、妻、トシコからも、ひとことご祝辞をと申しておりますデス、はい…。
(きまりが悪そう)

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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