佐藤充 2023年5月28日「レディラック」

レディラック

    ストーリー 佐藤充
       出演 地曳豪

「ドライバーのキクが店出すから、お前そこでバイトしろ」

高校入学を控えた春休み。
おじさんに言われバイトをすることになる。

おじさんは他人から見たら父親に見える。
たまに家に遊びにきた友人に
「お前んちの父さんさ・・・」といわれると
「おじさんね。うちおじさんだから。そういう家だから」と訂正する。
みんなよくわかったようなわからないような顔をする。
説明がめんどくさいときはそのまま流すことにしている。
どこの家にも説明の難しいややこしい部分がある。

母が経営するデリバリーヘルスで当時ドライバーをやっていたキクさんが
バーをやりたいと言うのにおじさんが出資する形で
店を開くことになった。

母親は金をドブに捨てるだけだと猛反対した。
しかし男というのは夢を語られると
なぜか利益とか頭から抜けて応援したくなるときがある。
義理と人情に弱い。
おじさんは「金は回収するから赤はでない」と言っていた。
その頃のおじさんは『ナニワ金融道・ミナミの帝王』をよく見ていたから
タイミングもあったのだと思う。
ナニワ金融道の竹内力はかっこいいから。

高校1年生になると同時にキクさんのバーで週に4回働くことになる。
高校生活って放課後に友達とびっくりドンキーでおしゃべりをしたり、
好きな女の子を自転車の後ろに乗せて
夕暮れ時の河川敷を走ったりするのだと思っていた。
だけどおじさんに
「お前を夜の男にする。夜の帝王になるんだよ」と言われ
「夜の帝王、かっこいいな」と思い、
その話にのってしまった。男は夢を語られると弱い。

店の名前はレディラック。意味は幸運の女神。
デリヘルで働いた女の子たちのお金で作った店だからなのか
ネーミングの意図はわからない。

知り合いだけを呼ぶプレオープンの日は
デリヘルで働く女の子たちなども来て盛り上がり幸先もよかった。

でもよかったのは最初だけだった。

暇。とにかく店はそれから暇だった。
「今日お客さん来なかったこと言うなよ」とよくキクさんに言われた。

来たとしてもたまに近所の飲食店のひとたちが様子を見に来るくらい。
そこでキクさんとお客さんの会話を聞いている時間が長かった。

キクさんは
「こう見えておれ大卒なんすよ」が口癖だった。
確かに旭川では特に夜の世界では大卒は珍しかった。
しかしキクさんの大学は旭川大学。
金を出せば誰でも行ける大学で、
旭川大学行くぐらいなら高卒でいいとまで言われる。
卒業生に小梅太夫がいる。

旭川は狭い世界なので友達の友達はみんな友達の世界で、
長く旭川にいると狭い世界で男と女も取替え引替えで、
みんなが元カノ元カレみたいなことがよくある。
来るお客さんもそんな感じで共通の知り合いが必ずいる。
共通の友達探しゲームな会話が多い。息苦しい。

いつもキクさんの「こう見えておれ大卒なんすよ」や、
「おれ柔道やってたんで若い頃に飲み屋でどこどこの誰々
(たぶん地元のヤンキーでは有名なひと)を
背負い投げしてぶっ飛ばしたんすよ」などの
本当か嘘かわからない武勇伝を聞かされる。

営業がおわる深夜2時。
親がデリヘルの仕事を終えて車で迎えに来る。
これから店の女の子たちと焼肉を食べるらしく一緒にいく。

深夜3時過ぎ帰宅。
犬の散歩にいく。1日で1番好きな時間。

静かな住宅街。自分の歩く砂利の音。
風に揺れる木の枝や葉の音。肌に触れる冷たい風。
息苦しさから解放されて空気がたくさん身体中に入ってくる。
公園の鉄棒前にキックボードが置きっ放しになっている。
世界に自分と犬しかいない気がする。
整骨院の横にあるセイコーマートの店の灯りに蛾が集まっている。
店員さんが暇そうにしている。

数時間後には学校にいる。
また3時間くらいしか眠れない。ゆっくり寝たい。
なにかの拍子に時空が歪んだりして学校がなくなったりしないかな。

犬が片岡の家の前でうんちをする。
ビニール袋を持たずに来てしまった。
曲がり角に黒い塊が動くのが見えた。

走る。走る。走る。黒い塊から逃げるように走る。
振り返ると黒い塊は、キツネだった。
化かそうとしているのか。もう化かされているのか。
夜はまだ雪が残る春のにおいがする。

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出演者情報:地曵豪 http://www.gojibiki.jp/profile.html

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ポンヌフ関 2023年5月21日「猫の墓」

猫の墓

  ストーリーと絵 ポンヌフ関
     出演 遠藤守哉

散歩の途中夕立にあって急いで帰宅したとき
引き出しがあいて、妙な物が出てきた
お、おまえは?
「吾輩は 猫   型ロボットである
名前はまだない」
猫が、、、しゃべった!
私はその頃大学の教師をしていたが
教師というものがほとほといやになっていた
「気晴らしに
小説なんか書いてみたら どうかな?」

いや私もね、
英国に留学して英文学を研究したんだが
いざ自分で書こうとすると全然ダメなんじゃ
猫は腹にカンガルーのような袋を持っていて
そこから何かを取りだした

「なりきり文豪ペン!
これを使えば100年後にも残るような素敵な文章が書けるんだ」

私はその晩一気に書き上げた
この不思議な猫を主人公にした話を
友人の正岡子規に褒められて 世に問うと 大喝采を受けた
このペン最高だね
かくして彼は流行作家となった
小説の最後ではビールにおぼれさせて猫を殺してしまったが
その後も猫とペンと私は快進撃
しかし、三四郎を書いているときであった

「諸般の事情でもう帰らなきゃいけなくなったんだ
このペンも返してもらうよ」
それは困る

バキッ

な、なんということを

「大丈夫、これはただのおもちゃのペン
あんたは最初から自分で書いたんだよ
もう一人でやっていけるさ」
待ってくれ ね、ねこー!猫型ロボットー

名前を 
付けておけばよかった

私は偽の猫の死亡通知を知り合いに送り
庭に墓を作った

この下に
稲妻起こる  
宵あらん

夏目漱石が猫の死に添えた句といわれている
散歩の途中夕立にあうと あやつ どうしておるかと 思い出す
夏目漱石享年49歳
猫との出会いが無かりせば
名もなき英語教師で終わっていたであろう

.
出演者情報:遠藤守哉(フリー)


shoji.jpg  動画制作:庄司輝秋

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李和淑 2023年5月14日「散歩」

散歩

ストーリー 李和淑
    出演 大川泰樹

ぼくは犬です。ぼくは散歩がきらいです。
どんな犬も散歩が好きだと人間は思い込んでいます。
が、それは大間違いです。
ぼくは散歩がきらいです。

ぼくは冬の散歩がきらいです。
毎日くそ暑いからです。
犬の平熱は38度以上、そのうえ毛皮のようなものを着ています。
それなのに人間は「寒いでちゅねー」とかなんとかいいながら
厚手のニットやダウンの服をぼくに着せます。
これはとんでもなく迷惑です。
真っ裸で北風に吹かれるぐらいが、ぼくにはちょうどいいのです。
散歩が終わり服を脱ぐと、ぼくの毛は汗でうっすら蒸れていて、
とても不快です。臭いも少しします。
どうして人間は気づいてくれないのでしょうか。

ぼくは夏の散歩がきらいです。
早起きが大きらいだからです。
犬は暑さに弱い。どうにもこうにも弱い。
だから人間は朝早く起きて、涼しいうちにぼくを散歩に連れ出そうとします。
でもぼくは朝寝坊がたまらなく好きなのです。
犬のために室温24度に保たれた快適な部屋。そこでひたすら眠っていたいのです。
よく見る夢は、ヒンヤリした高原をおもいっきり走る夢です。
思わず足がぴくぴく動き、ふ、ふ、ふ、と息がこぼれます。
どこまでもどこまでも颯爽と駆け抜けるぼく。
それが「お散歩いくよー」の大声で、かき消される無念さ。
これはもう、太陽にほえるしかありません。
わん!

ぼくは秋の散歩がきらいです。
大好きだったあの子に、もう会えないからです。
茶色いふわふわの毛をしたつぶらな瞳のあの子。
モンローウォークのように小さなお尻をふりながら歩くあの子。
どんな犬にも目をくれないつんとすましたあの子。
ある日あの子が、やんちゃなあいつに追い回されたことがありました。
きゃんきゃんと泣き叫ぶあの子。
ぼくはとっさにあいつに飛びかかり、吠え立て、追い払いました。
あんなに大声で吠えたのは、人生で初めてでした。
あの子はうるんだ瞳でぼくに近づき、そっとキスしてくれました。
1秒にも満たないキス、でも永遠に忘れられないキス。
あの子はいま、空の上でモンローウォークしています。
だから秋の散歩はきらいです。

春の散歩がきらいです。
花がきれいに咲くからです。
人間はやたらと歓声を上げ、写真を撮りまくり、散歩を中断させます。
あげくには落ちた花を拾ってぼくの頭にのせ、とぼけた写真を撮ったりする。
とても恥ずかしいです。知性派で通っているぼくのプライドがズタズタです。
でも、人間の笑った顔を見るのはきらいではありません。
笑うとみんなやさしい顔になります。
いつも不機嫌なおじさんも、生意気なJKも、悪口ばかり言っているおばさんも、
みんなやさしい顔になります。
犬もあんな風ににっこり笑えたらいいのに。
春は、人間がちょっぴりうらやましくなります。

ぼくは犬です。一年中散歩をしています。
でもやっぱり、ぼくは散歩がきらいです。



出演者情報:
大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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中島英太 2023年5月7日「不審者情報」

「不審者情報」

   ストーリー 中島英太
      出演 遠藤守哉

先生からみなさんに大事なお話があります。
最近この学校の近くに不審者が出没しています。
気をつけてください。

中年の男性です。
決まって天気のいい日に現れ、
このあたりをのったりのったりと歩いています。
そして時折足を止めると、
空を見上げたり、道端の草花を眺めたりしているのです。
しばらくぼーっとした後、またのったりのったりと歩いていきます。
様子がおかしいので先生、声をかけました。どこかお出かけですかと。
すると、特に行き先も決めず、はっきりとした目的もなく、
ただぶらぶらしているだけだと答えるではありませんか。
きわめて無駄、無意味な行為です。
わざわざ身体を動かしているのに、生産性ゼロです。
健康のため?それならしっかりとした運動をすべきです。
効率が悪すぎます。
気分がよくなる?そんなものはまやかしです。
気分なんかよりデータで、物事は考えるべきです。

なんの生産性もなく、なんの役にも立たず、
ただ時間を浪費している不審者を見て、先生は思いました。
生徒諸君。君たちは目的地をしっかり設定し、ビジョンを持ち、
まっすぐ進んでいってほしい。
脇目もふらず、自分のゴールに向かって一直線に行こう。
無駄を排除しよう。効率を上げていこう。他人を追い抜こう。
そうすればきっと成功をつかめます。
先生、信じてます。

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出演者情報:遠藤守哉

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