櫻井暸 2024年6月9日「きつねのよめいり」

きつねのよめいり

  ストーリー 櫻井暸
     出演 大川泰樹

晴れているのに、
雨が降っている。

「きつねのよめいり」
と呼ばれる現象だ。

私はこの、
きつねのよめいり、
という言葉が好きだ。

由来は諸説あるが、
きつねは人にバレないようにこっそり結婚式を挙げる、
という言い伝えからだという。

幻想的で不思議な空間を
うまく言い当てた、
とても素敵な表現だなと思う。

嫁に入る、という言葉に、
残された家族の切なさを感じるのも、
またいい。

私の記憶では、幼稚園の帰りに母親が、
「これはきつねのよめいりって言うんやで」
と、昔教えてくれた。

この言葉があまりに印象的だったのか、
私はしばらく、これを別名
「天気雨」と言うことを知らなかった。

天気雨。
別にこの表現が嫌いではないが、
この言葉にはどこか寂しさを感じる。

せっかく美しい現象なのに、
あまりに説明的すぎるからだろうか。

しかし、都会で仕事をしていると、
天気雨、と呼んでしまいそうになる。

最近はもうみんな、
効率、の話ばかりだ。

自分もその波に見事に飲まれて、
効率よく仕事をすることを心がけてしまっている。

空を見上げることも、少なくなった。

そんな中、以前、とあるクライアントのCMで、
「きつねのよめいり」という企画を提案したことがある。

付き合う直前のもどかしい男女が、
突然の「きつねのよめいり」がきっかけで
こころの距離を縮める、というもの。

すると、それまでカタカナで費用対効果の話をしていた人たちが、
「きつねのよめいりいいですよね!」「僕もこの言葉大好きで!」
と言ってくれて、この企画を採用してくれた。

会議室に、虹がかかった気がした。
これも、きつねのしわざか。

私もいつか、
「晴れているのに雨が降っている」という現象を
初めて見た人がいたならば、

まずは「きつねのよめいり」
という言葉を教えてあげたい。

そしてこの言葉を思い出すたびに、
少し肩の力を抜いてもらいたい。

そういえば、
今回この話を書くにあたって、
色々調べていると、

日本で言う「きつねのよめいり」は、
海外でも動物に喩えられることが多い、
ということがわかった。

なんとギリシャでは、
「ゴリラの結婚式」と言うらしい。

「これな、晴れてるのに雨降ってるの、綺麗やろ?
『ゴリラの結婚式』って言うんやで。」

そう教えてあげるのも、悪くない。



出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP所属

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櫻井暸 2023年9月10日「焼きうどん」

「やきうどん」

ストーリー 櫻井瞭
出演 齋藤陽介

キッチン込みで、六畳一間。
東京の外れ、せまいせまい、縦長の部屋。

ソファベッドで横になるボク。
その頭のすぐそばで、ピチパチと鳴り始める音、
ただよう醤油の香り。

やきうどん。
付き合いたての頃、彼女がよく作ってくれた。

なぜ、やきうどん、なのか?
やきそば、でも、やきめし、でもなく、
どうして、やきうどん、なのか?

一番かんたんで
一番おなかいっぱいになるから
と、彼女は言っていた。

当時、2人とも大学生だったので、
その言葉には妙な納得感があった。

ただ本当は、
それしか作れる料理がなかったらしい。

でも、そのやきうどんが、
妙にモチモチで、妙に味付けバツグンで、
妙においしかった。

当時のボクと彼女は、
遠距離恋愛だった。

彼女は秋田の大学に通っていて、
秋田でひとり暮らしをしていた。

だから会えるのは、3ヶ月に1回ほど。
遠路はるばる、東京まで来てくれていた。

なのに、当時のボクは、アホだった。

相手の気持ちなんか考えず、彼女が来てくれている日も、
夜の11時から、居酒屋の夜勤のバイトを入れていた。

大学生は忙しいから。
なんて、それっぽい本質めいたことを言い訳にして。

そんな日に、彼女はよく、やきうどんを作ってくれた。
これからバイトだからお夜食に、と。

それが本当においしくて、
本当におなかいっぱいになった。

あれから9年。
彼女は、妻になった。

部屋も少しだけ広くなった。
1Kから、1LDKになった。

キッチンにスペースができて、つい料理が楽しくなってしまい、
今は、2週間に1回、京都から野菜が届くサブスクに登録している。

それから妻も、ズッキーニを豚肉で巻いたりするようになったし、
ボクも、これには岩塩が合うね〜、と平気で言うようになった。

ただ、二人の関係が、
素朴で、自然で、仲良しであることは変わらない。

お風呂に入る前は、ふたりで腹踊りをするし、
お風呂から上がってからも、また腹踊りをする。

そんな感じで、
しっかり新婚をやっている。

これから僕たちは、
いっしょに生きていく。

同じお墓をめざして、
ゆっくり生きていく。

今、妻があの頃のように、
やきうどんを作ったら
どんな味になるんだろう。

当時の幼さや、切なさや、儚さに満ちた
やきうどんもおいしかったけれど、

これから夫婦として生きていく、
清々しさでいっぱいのやきうどんも、
ボクは目一杯ほおばりたい。
.


出演者情報:齋藤陽介 ヘリンボーン所属

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櫻井暸

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