一倉宏 2007年11月2日



ことばになりたい

                  
ストーリー 一倉宏
出演 清水理沙

できるなら 三角定規よりも 鉛筆になりたい
筆箱よりも 教科書よりも コンパスよりも
前の席の藤原くんが 隣の白川さんに消しゴムを借りた
透き通った緑色の ブドウ畑の甘い匂いのする消しゴム
3回目に藤原くんが手を延ばしたとき 白川さんは 
消しゴムをカッターナイフで半分に切って渡した あの夏
カッターナイフよりも その消しゴムよりも
やっぱり私は 鉛筆になりたい

できるなら テニスのラケットより ボールになりたい
鉄棒より ハードルより ストップウオッチよりも
そろそろガットを張り替えたほうがいいよ と
コーチに言われた私のラケットは 姉からのおさがりだった
3年生になっても 校内大会の1回戦で負けてしまった
大原さんと私のペア ごめんね 大原さん
それでも私は テニスと仲間が好きだったから
やっぱり私は テニスのボールになりたい

できるなら 座布団よりも コタツになりたい
ふかふかのベッドより バスルームより クロゼットよりも
はじめてデートした吉岡くんは そうとうの寒がりで
映画館を出たらまだ7時なのに もう帰ろうと言った
それから吉岡くんちに上がって コタツに入ってテレビを観た
案の定 ミカンがあって 熱いお茶があって
「日曜洋画劇場」がはじまった 「はっきり言って
きょう観たロードショーより面白いじゃん」 と笑った

そんな私の人生だから 
映画館より ホテルのロビーより
やっぱり私は コタツになりたい
立派なコンサートホールより 大きなスタジアムより 
ライブハウスになってみたい
交響曲第何番より 弾き語りの歌になりたい
ズワイガニやタラバガニの 無口な美味しさよりも
やっぱり私は お好み焼になりたい
喫茶店のテーブル ローカル列車のボックス席
真夜中にかかってくる電話に 私はなりたい
ビジネス街のエグゼクティヴな英会話にはなれないから
勤め帰りの商店街で ばったり逢った同級生との
おしゃべりに 私はなりたい

できるなら 私はなりたい
だれかに届く 手紙になりたい
カワイイとか ムカツクとかの 評判よりも
成功したとか しないとか 風の噂よりも
「お元気ですか?」の 手紙になりたい
届いて2週間 3週間
返事を書きたくなる 手紙になりたい
「うれしかった!」の 手紙になりたい

そうだ 私は ことばになりたい
都会で 男たちが振り返るスタイルよりも
手帳に びっしりのスケジュールよりも
あなたに届く ことばになりたい
たとえ 上手なことばではなくたって
枯葉をサクサク踏みながら 公園でポツリポツリ
あなたと通える ことばになりたい
やっぱり私は ことばになりたい

*出演者情報 清水理沙 http://ashley-r-senzatempo.seesaa.net/

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上田浩和 2006年12月1日



ウール     

                      
ストーリー 上田浩和
出演 清水理沙

ある街のはずれの病院で、
男の子が産まれました。 

その男の子は両腕が不自由だったので
不憫に思った両親は、
特別なマフラーをプレゼントしました。
えんじ色の長いマフラー。
何が特別かと言うと、
それにはお母さんの右腕の神経とお父さんの
左腕の神経が縫いこんであるのです。

それを首の周りにくるっと巻き、
両端を肩からさげてやると、
マフラーは男の子の腕になり、
先端のひらひらのフリンジは指になりました。

ウールと名付けられた男の子の、
そのマフラーの手は大きな栄誉をつかみました。
物心ついたときからはじめたピアノは、
ウール100パーセントのタッチと賞賛され、
若き天才ピアニストとして世界にその名を轟かせるまでになったのです。

恋もしました。
相手は、ある国のコンサートホールの売店で働く
カシミヤという名の女の子。
その恋にウールは作戦を練りに練りました。
カシミヤの手をとり、なんて素敵な手なんだと大袈裟になでまわしながら、
その小指の爪に、自分のマフラーをひっかける。
そのあとじゃあねと言って別れ、
ふたりがお互いの家に着くころには、
ウールのマフラーの手はほどけ、毛糸が一本かろうじて残っている。
あとは彼女に電話するだけ。
「ぼくと君は赤い糸でつながっているみたいだ」
「赤ではなくてえんじ色なんですけど」
「それは深い赤色だよ。深い愛ということさ」
そしてふたりは、毛糸の指輪を交換し、結婚しました。

ウールはまさに人生でもっとも輝くときを迎えようとしていました。
しかし、不幸とはこういう幸せの絶頂期にしばしば訪れるものです。
それはこのウールとカシミヤの場合にもあてはまります。

ある晩、やかんがピーっとなりました。
子供の頃からの約束でウールは火に近づくことを禁じられていましたが、
ちょうどそのときカシミヤはウールの腕の毛玉とりに夢中でした。
仕方なく伸ばしたウールの左腕は、またたくまに灰になってしまいました。

奇跡のマフラーピアニスト、絶頂期の左腕焼失!

それから何年かたって......
スポットライトのなか、ステージの上に現れたウールは、
観客にむかって高々と左手のマフラーをあげました。
ウールの見つめるその先にいるのは、カシミヤでした。
ウールの左腕には、カシミヤの左腕の神経が縫い付けてあるのです。

ウールの演奏は、以前よりもあたたかく見事なものでした。
それもそのはずです。
ウール50パーセントカシミヤ50パーセントの音色なのですから。

*出演者情報:清水理沙

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