「丘の向こう」
菜の花や月は東に日は西に
夕暮れ時。一面の菜の花の中を、
二人の子供が駆けている。
母親から、この場所に入っては
いけないと固く言い付けられている。
ついてきてはいけないと、
あんなに何度も言ったのに
弟はついてきてしまった。
あれだけ何度も言ったのだもの。
弟がついてきたのは、
わたしのせいではない。
夕日に染められて二人の姿は
どこまでも続く菜の花の中に
とけていく。
一面、菜の花が咲き乱れる
丘の向こうに何があるのか、
わたしはどうしても知りたかった。
なぜ、大人たちはそれを禁じるのか。
わたしはどうしても知りたかった。
日が暮れてしまう前に、
あの丘の上に辿り着かなければ。
半べそで、それでもついてくる
弟がうとましい。
わたしは何も知らなかった。
あの丘の向こうに何があるのか。
どうして村の人たちは皆、
悲しそうにわたしを見るのか。
父親はどこに行ったのか。
母親は夜、なぜ一人で泣いているのか。
きっと丘の向こうにその答えがある。
わたしはそのことだけは知っている。
すべては丘の向こうからやってきた。
丘の向こうからやってきたものが、
父親をさらい、村に悲しみをもたらした。
そして、人々は菜の花を植え始めた。
揺れる菜の花の間から、ときおり
朽ち果てた住居が見え隠れする。
ここはかつて人々の住む土地だった。
二人は駆けることに夢中で、
菜の花の下に埋まっているものには
気づかない。
ほうしゃのう、と誰かがつぶやいた。
誰かが咎めるように彼を見たので、
それで、その話は終わりになった。
わたしは、ほうしゃのうが何なのか知らない。
でもそれがあの丘の向こうからやってきたことを知っている。
弟の足音が聞こえなくなったことに
ふと気がつく。
振り向くと、どこまでも続く菜の花が風に揺れている。
白い月がぽっかりと浮かんでいる。
わたしはそこに立ち尽くす。
もうすぐ日が暮れる。
菜の花や月は東に日は西に
出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/