老人と雨
ストーリー 神谷幸之助
出演 竹下明子
「あなた、いい天気ですねえ。
わたしたちの結婚式の日みたいですねえ。
わたしは雨が好きだから、雨が降ったってよろこんでいたら
みんな変な顔してましたよね。
ふたりで傘をさして庭で結婚写真を撮りたいって言ったとき
みんなびっくりしていたけれど、
撮ってよかった。
白無垢と紋付袴の相合い傘の結婚写真って、いまでも大好き。
こんな結婚写真、誰も持ってないもの」
「いい雨。
どしゃぶりは気持ちいい。
一番好きな曲は「雨の日と月曜日は」
そう、カーペンターズ。
「雨に唄えば」は、能天気すぎて好きじゃなかった
子どもが生まれたときも幸せな日だったけれど
おもえば、結婚式の日が一番うれしい日だったなあ。
いろんな反対があった。
何度もいろんな人にアタマを下げて
嫌な思いも山のようにして、
やっと結婚できたからね。
あれから50年。あっという間だったわね。
あなた、あなた・・・
もう、
すっかり物忘れが進行しているのね。
あなた聞いてるの?
え、
『きょうの晩ごはんは、鮎が食べたい』ですって?」
アナウンサー:
「ここからふたつのエンディングをお楽しみください。
まず、エンディング/タイプAをどうぞ」
「『きょうの晩ごはんは、鮎が食べたい』ですって?
ふー。(ため息)
しっかりしてください・・
わたしは、この世にはもういないのよ。
2年前にお陀仏したの。忘れたの?
わたしもあなたと
夕ご飯もう一回一緒に食べたいけれど、
もう叶わないのよ。
私が死んだ事も、忘れちゃったのね。
ああ、もうそろそろ行かなくっちゃ。
あの世からこの世には、一度しか来れないんです。
『生まれ変わったら、もう一回あなたと結婚したい』
って、最期にいいそびれたから・・
それを言いに来たの。
雨が降ったら、わたしのこと思い出してね。
それじゃあ、元気でね。ばいばい」
男性:次のエンディング/タイプBをお楽しみください。
「『きょうの晩ごはんは、鮎が食べたい』ですって?
ふー。(ため息)
馬鹿も休み休み言いなさい・・ははは
わたしは、この世にはもういないのよ。
あなたが殺したんじゃない!
あなたが保険金欲しさに、手をかけたんじゃない!
私を殺したことも、忘れちゃったのね。
今日は、あなたが死刑になる日と聞いて
そのもがき苦しんで死ぬ姿を
よーく見物しようとあの世から来たのよ。
裁判の日から今日まで待った、待った。
ほらほら、始まったよ。
そうそうそのわっかに首を入れるのよ・・・。
この世で死刑になったら、
あの世でもう一度殺してあげる。
生まれ変わったらもう一回結婚して
もう一回殺してあげる。
むこうで待ってるからね。
それじゃあ、元気でね。ばいばい」