中山佐知子 2007年9月28日



カサカサの音をゆりかごにして
             
                
ストーリー 中山佐知子
出演   大川泰樹

カサカサの音をゆりかごにして
少年は幼虫の時代を過した。

夜、自動車の音が途絶えると
その茂みは同じ蝶の子供が葉っぱを食べる音で
いっぱいになる。
カサカサ カサカサ….
少年は自分にいちばん近いところから聞こえるカサカサが
とてもなつかしく思えた。
それは自分の音よりも小さくやさしい心地がした。

秋の扉が開くころ
もう食べたくないと少年は感じた。
お気に入りのカサカサも聞こえなくなっていた。
もうサナギになる時期だった。
サナギは身を守る手段を何も持たずに眠るので
蝶にとっては一度死ぬことに等しい。
少年が不安そうに葉っぱのまわりを這いまわっていたとき
カサカサのかわりに
おやすみなさい、と小さな声が聞こえた。
その翌日、少年も垣根から突き出した木の枝にぶらさがって
やすらかにサナギになった。

少年がやっとサナギから出て羽根を広げ
オオカバマダラという蝶になったのは
2週間もたってからだった。
お休みなさいと声をかけてくれたサナギはからっぽで
さがすことなどできそうになかった。

オオカバマダラは
一日ごとに南へ移動する太陽と
日に日に短くなる日照時間で渡りの時期を知る。

秋に生まれたオオカバマダラの少年も
南へ飛ぶ本能を何よりも優先させて
北からやってくる秋に追い立てられるように
移動をはじめた。

仲間は次第に増えはじめ
ときに数百万の群れに膨らんで地元の新聞の特ダネになる。
嵐の夜が明けたときには
大きな木の根元に落ちている無数の羽根が
傷ましい事件として
朝のニュースに取り上げられることもあった。

それでも少年は運良くリオグランテを越え
あくびをしているメキシコ湾のなかほどまで飛んで
熱帯の花が咲くチャンパヤン湖で
まぶしい季節を過した。

暦が春を告げるころ
オオカバマダラは北へ飛びたくなってくる。
もう命も尽きようとしているのに
どうしても、どうしようもなく
楽園で死ぬことを本能が拒否してしまうのだ。

少年はもう少年ではなく
羽根も破れてくたびれ果てていたが
こんどはメキシコ湾の海岸沿いに北の湖をめざした。

突風にあおられてイバラの茂みに落ちたのは
一瞬のことだった。
羽根が折れ、
もう一度飛ぶことはできそうになかった。

少年がしげみでじっとしていると
カサカサとなつかしい音がした。
先に落ちた蝶が蟻に抵抗して
羽根をうごかしているのだった。
それは卵を生み終えて命を使い果たした雌の蝶だった。

蟻は地面に蝶を見つけると生きたまま胴体を切り分けて
自分たちの巣に運ぶ。

カサカサの音のあとに
おやすみなさいと小さな声が聞こえ
それからもう一度、カサカサと最後の音がした。

少年はそのカサカサの音を揺りかごにして
静かに目と羽根を閉じた。

*出演者情報:大川泰樹 03-3478-3780 MMP

Copyright (c) 2007 Sachiko Nakayama
A copy of the license is included in the section entitled “GNU
Free Documentation License”.




*携帯からは下の画面で見られると思います。
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倉成英俊 2007年9月21日



秋について知っていること

                    
ストーリー 倉成英俊
出演 森田成一

かなり南の方の国に
赴任することになったお父さんにくっついてきて
ちょうど1年が経ったころ、
スグルがつぶやいた。

「うわあ、もう秋かあ。」

といっても
涼しくなってきたからじゃなくて、
トーニャが8月のカレンダーを破って捨てたから、
なんだけれど。

そのつぶやきは、トーニャを振り向かせて、
当然こう質問させた。

「秋って?」

秋のある国から、秋のない国に来たスグルは、
まず、秋を知らない人がいることにびっくりした。
けれども、トーニャがあんまりキラキラした目で
せまるもんだから、
それに答えなきゃと思った。

ちょっと考えて、まずは、
「夏と冬の間だよ。」
とこたえた。

トーニャは冬のことは、見たことがあった。
流氷の上の北極グマの写真。

でも、太陽が特産品、みたいなこの島と
グレーの氷の上のシロクマを足して頭の中で2で割るのは
算数の宿題よりも難しかった。

トーニャのとてつもなく難しい顔を見て
スグルはこたえを変えた。

「涼しくなってきて、虫が鳴くんだ。」と。

これならどうだと、自慢げに言ったのもつかの間、
トーニャは今度はうたがわしい顔をした。
この国で虫っていうと
まずみんなが思うのはイモムシで。
あの虫が鳴くなんて
こいつはやっぱりおかしい国からきたんだと思ったから。

そんな顔で見つめられたものだから
すっかりあわててしまって
つぎにスグルはもう
最初に頭にうかんだことをそのまま早口で言った。

「クリスマスに向けて彼氏のいない女の子が
 彼氏をゲットしようと焦り始めるんだ。」

ドラマで見たまんまの受け売りは、
クリスマスプレゼントすら知らない少年の頭の中を
さらにパニックにした。

トーニャはもうスグルの答えにたよるのをやめて、
聞きたいことを聞くことにした。

秋はなにいろか。
秋はいいにおいがするか。
秋は男か女か、大きいか小さいか
食べられるのか、どこからくるのか、かっこいいか。
などなど。

むしろ哲学的になってしまったこんな質問に
スグルが答えられるわけもなく、
ついには、うーん、とうなるしかできなくなってしまった。

ただ、
最後にひとつ、
秋についてわかっていることを言った。

「来年の秋には日本に帰んなきゃ。」

そしたらトーニャは、
自分がきいた質問のことなんかわすれて
みるみるうちに切ない顔になった。
彼が短い人生のなかでしたことのある
一番さみしい顔に。

みんなとおなじみたいに、
ずっと一緒にいられると思ってたのに。

「あ、そんな感じ。秋って、そんな感じなんだよ。」

と、スグルは言おうと思ったけど
これ以上秋のはなしをつづけたら
泣いてしまうと思ったから
なにも言うのはやめて
トーニャと同じく
生まれてこのかた秋を知らない、海の方をながめた。

*出演者情報 森田成一 03-3479-1791青二プロダクション

Photo by (c)Tomo.Yun

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小野田隆雄 2007年9月14日



星 空

       
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳

ぼくがお父さんの家で、
小さな羊飼いだったころ、
ぼくは羊の番をするよりほかに
何も知らなかった。
ある日、狼が不意に来て、
いちばんきれいな小羊をころした。
けれど、ぼくの犬がそれを奪り戻し
ぼくはその皮と骨を、
しまっておいた。

雨風を防ぐため
ぼくはその皮で外套をこしらえ、
小さな尻尾を
帽子の羽かざりにした。

そして、小羊の背骨で
ぼくは一本の笛をこしらえた。
その音に合せて、美しいひとたちよ、
楡の木陰で踊れ。

この古いフランスの童謡を、母が、
女子高二年生の私に話してくれたのは、
多摩川沿いの丘に続く公園の、
桜並木だった。秋の夕暮れで、
暗く流れる川の、はるか高い空に、
西に傾く形で、白鳥座の星が、
大きく見えた。

話を聞きながら、私は
笛の音に合せて踊る、白い長袖の
ワンピースの少女たちを思い浮べた。
彼女たちは、満天の星空の下で、
豊かに実るぶどうの房を、
枝にからませた楡の木の下で、
輪になり、手をつなぎ、踊っている・・・・・

昔、ローマやプロヴァンス地方では
ぶどうを栽培するとき、
そのつるを、楡の木にからませることが
多かったと、父が言っていたのを、
そのとき、私は思いだしていた。

あの日、母と私は、
田園調布の古いレストランで
夕食をとった。
母は、ぶどう酒を飲み、
私も、ほんのすこし、唇を濡らした。
あの日の夜は、
フランスに旅立つ母を送る、前日の夜だった。

母と、私が小学六年生の時に
亡くなった父は、
ある私立大学の、フランス文学部の
助教授だった。そして、母が再婚する
ことになった、マルセイユ生れの
フランス人も、同じ大学の講師だった。
私にもやさしい、小柄なフランス人だった。
母と、その男性は恋をした。
男がフランスに帰ることになり、
母も同行することになった。
私は東京に残り、叔母の家で生活する。
高校を卒業したら、フランスに行く。
母と私は、そういう約束をした。

けれど、私は、結局、日本で大学を卒業し、
甲府盆地の、食品会社に就職した。
ぶどう畑の中の道を、
モーターバイクで通勤する日が続いた。
何年かたった、ある秋の夕暮、
星空の美しさに、思わず、バイクを止めた。
ぶどう畑から見あげると、白鳥座が
あのときの空のように、
西に傾きながら、空いっぱいに
飛んでいた。

「ひとが死んだら、星になるんだよ。
だから、おまえを、いつまでも、
父さんは、見つめているよ」
病の床で、死んでいく数日前に、
父が私に言った言葉。
その言葉を、星を見ながら、
ぶどう畑の中で、噛みしめているうちに、
私は思った。
来年の春になったら、
フランスに行こう、と。

*出演者情報:久世星佳 03-5423-5905 シスカンパニー

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一倉宏 2007年9月7日



熱海の秋

                    
ストーリー 一倉宏
出演  森山周一郎

ある日のこと。
 4次元テレビで「西暦2007年」のチャンネルを観ていた
 夏目漱石と森鴎外は、こんなシーンに目を丸くした。

 欧米人のように髪を金色に染め、アフリカ奥地の少数民族のように
 首飾りを重ねた、東京の若い娘の、こんな話に。

 「私の誕生日のイブにー、超高層ビルのー、超高級レストラン、
  予約してくれてー、12時ちょうどに、プロポーズされたわけー。
  超、ロマンチックじゃない?」

 ロマンチック?
 いま、このお嬢さんは、どのような意味で「ロマンチック」という
 ことばを口にしたのだろう?
 夏目漱石も、森鴎外も、同じ驚きに、たがいの顔を見合わせた。

 「察するに・・・」と、漱石は言った。
 「この男女には、越えられぬ壁、たとえば階層の障壁があり、
  実らぬ恋を予感して言っているのでしょうか」

 「いや、そうではありますまい」と、鴎外は冷静に言う。
 「娘の顔は、困惑も逡巡もしていません」

 「たしかに。竹竿でも叩いたように笑っている」

 「案ずるならば・・・
  西暦2千何年には、<ロマンチック>とは、
  金銭的なる尺度に変わる、ということではないですか・・・」
 
 「金がロマン? べらぼうな!」と、江戸っ子の漱石は憤慨する。
 「ロマンが、金貨に魂を売ってたまるか!」

 陸軍軍医総監、医学者でもある鴎外は、あくまで冷静だ。
 「尾崎さんの描いた『金色夜叉』が、世を席捲するのだろう。
  憐れな貫一は、もはや、月を涙で曇らすこともかなわぬ。
  ほら、ごらんなさい・・・
  ダイヤモンドの大きさを、こんなに喜んでいる。
  このお宮は、どう見ても確信犯だ・・・」

 「それにしたって、世俗の富を
  <ロマンチック>と呼ぶ法がありますか!」

 「・・・夏目さん。
  末世のことに腹を立てても、お体に障ります」

 「西暦2007年」の4次元テレビは、やがて次の番組へ移った。

 「ロマンチックな秋の旅! 
  熱海日帰り、海の幸食べ放題、温泉入り放題、
  おみやげ付きで、5800円!」

 「なんだか、頭が痛くなってきた。胃も痛む・・・」と、
 漱石は、みぞおちに手を当てた。
  
 鴎外もまた、テレビから目をそむけ、
 「薬を処方しましょうか」と、傍らの鞄に手を延ばした。

出演者情報: 森山周一郎 03-5562-0421 オールアウト

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2007年9月(秋)

9月7日 一倉宏 & 森山周一朗
9月14日 小野田隆雄 & 久世星佳
9月21日 倉成英俊 & 森田成一
9月28日 中山佐知子 & 大川泰樹

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