中山佐知子 2013年3月31日

ハナは怒りっぽい

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

ハナは怒りっぽい。
ハナは燃える鉄のような怒りかたをする。

ハナの父は族長の槍になった。
ハナはそれを誇りに思った。
でも小さな妹が鍬になったとき
ハナは怒って族長に食ってかかった。
どうして鍬なのか。鍬は田を耕すものではないか。
妹はどうして剣にならなかったのだ。

族長は答えた。
おまえの妹は山の崖を切り崩す鍬になったのだ。
花崗岩の崖をくずして砂鉄を取るための
強い道具になったのだ。

ハナの一族は金属の民、鉄をつくる一族だ。
山の斜面に穴を掘って炉をつくり、
炭と砂鉄を投げ入れて火をつける。
土器を焼く温度が600℃から800℃。
鉄を沸かすにはもっと高い温度が必要だったが
山の下から吹き上げる風がいつも炎の温度を上げてくれるのだった。

夜でも燃え続ける鉄の火を見た麓の人々は
ハナの一族をオロチと呼んだ。
夜でも赤く光る目を閉じないオロチ。
オロチの噂は優れた鉄と結びつけて語られた。

鉄は火がつくる。山の木がつくる。森林がつくる。
これだけ森に恵まれたイズモの山で
どれだけ炭をくべても鉄が沸かない日があった。
火の温度が上がらないときがあった。
そんなとき、ハナの一族には秘密の儀式があった。
どうしても沸かない鉄には死体を投げ込むのだ。
骨に含まれるカルシウムのために、鉄は低い温度で溶けはじめる。
低い温度で沸いた鉄は粘りのある純度の高い鉄になった。
純度の高い鉄は清浄で美しいばかりでなく
石を割るほどの強い暫鉄剣を鍛えることができた。
オロチの鉄の評判は高まり
近ごろでは見知らぬ顔が
毎日のようにたずねて来るようになっていた。

あれは何ものだ。ハナはまた怒った。
鉄は渡さない。招かれてもどこへも行かない。
炭を焼く木と砂鉄を求めて
山から山へ渡っていくのがオロチの一族だ。
山を下りたオロチは鉄も誇りも失ってしまう。

それからハナは一振の剣をもらった。
族長はハナに剣を渡すときに言った。
この剣は俺の妹だ。そしておまえの母でもある。
この剣はおまえの怒りに従い、おまえの誇りを守るだろう。

本当に族長の言う通りになった。
襲撃を受けた夜、逃げる女たちの群れから
ハナはひとりで母の剣を持って飛び出し、敵に斬り込んでいった。
背中と脇腹が一瞬熱くなったが
ハナの血管を流れる血は燃える炉の鉄よりも沸き立っていたので
傷の痛みは感じなかった。
ただ怒りにまかせてまっしぐらに敵の指揮官と思われる男に打ち込み
二度三度と切り結ぶと、相手の剣が折れて飛んだのがわかった。
一瞬戦いが止み、敵も味方もハナとハナの剣を見ていた。
ハナも惚れ惚れと自分の武器を眺めた。
ハナはもう怒っていなかった。
やすらかにゆっくりと自分が流した血のなかに倒れていった。

ハナは敵に看取られ、朝まで生きていた。
剣を折られた敵の指揮官が名前をたずねたとき
ハナは自分の名前を答えたか、
ハハという剣の名前を答えたか定かではない。

ただ、後世になっても炭と砂鉄で操業されていたタタラ製鉄において
炉の温度が上がって最初に溶け出す成分をハナと呼ぶ。
そしてハハはオロチ、つまり蛇を意味する言葉になっている。

出演者情報:大川泰樹(フリー)http://yasuki.seesaa.net/

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直川隆久 2013年3月24日

ある記者会見

           ストーリー 直川隆久
              出演 上杉祥三

え?
今、なんて言った?
「禁花見法」?
あのねえ。大向こう受けを狙いたいんだろうけどね、
そういう矮小な呼び方は迷惑なんだなあ。国民の誤解を招くんですよ。
今日成立したのは「青少年の健全育成の前提としての公共秩序に関する法律」ですよ。
あぁたがたもごぞんじとは思うけどもだね、
花見を禁止することが目的の法律じゃないんですよ。
核心はあくまで、子どもの健全なる精神の涵養にあるんであってだね。
そこの論点をずらしてもらうと困るんだな。

国や地方公共団体が管理する土地でだね、薬物やアルコールを摂取したりだな、
さらには摂取してる人間を見るということまで含めて、
青少年の影響されやすい脳には非常に有害だと。
公(おおやけ)の空間てのは、そもそも誰のものなんだと。
まあ、こういう議論は今さら繰り返すまでもないでしょうが。
ま、おかげさまを持ってね、無事成立ということで。
施行(せこう)はこの春からですけども。
何?
憲法上の集会の自由との関係?
もう、そういう話はいいでしょ。すでに議論はつくしてるわけだから。
あきあきしてんだ。
憲法にそんなことが書いてあるの?花見の権利とか、
そんなことが。
書いてないだろ?

はい、次。
…ああ。ああ。
 
…はい。
君、ちょっときくけどもね。源氏物語、呼んだことある?
源氏だよ。
げんじ。
知らんはずはないよな。
なに?“源氏物語が今関係あるんですか”?
質問に質問で返すなよ。答えなさいよ。
読んだことあるの?ないの?どっち?
ないんだろ。
そんな、源氏も読んだことのない精神レベルの記者にだね、質問する資格はありません。勉強してから来たまえよ。何のために会社は君らに高い給料払ってるの。
はい、次。
 
なに?きこえないんだよ、声が小さい。
あのさあ、何度も同じことを言わせなさんなよ。
国家がこの国難に陥っているときにですよ、
大の大人が桜の木の下で浮かれておる場合じゃないでしょうってことだよ。
 
え?なに?
デモ規制?
デモってなに。
ま、この法律でデモを規制するかどうかは、現場の判断でしょうね。
 
いや、だから、それは現場の判断ですよ。
そんなことはいちいち総理大臣である私が口をつっこむことじゃないよ。

じゃあ君の会社の社長は、君だちが書く記事を、全部支持して書かせてるか?
そうじゃないだろう。社長にきいたら、
明日の紙面の記事の一言一句が分かるのか?
 
え? 
声を荒げるのは、痛いところをつかれた証拠?

私がいつ声を荒げたんです。
いつ声を荒げたんです。何時。何分、何秒。
答えろよ。
こっちが訊いてるんだ。答えろよ。
答えられないのか。
自分が言ったことに責任をもてないのか。それでマスメディアかね。
私を侮辱するってことはねえ、国民を、
私を選んだ有権者を侮辱するってことですよ。
あんた、その覚悟があるんですか。
おい、あなた、どこの新聞社?
ああ、毎朝か。
顔おぼえとくよ。

ま、もういいでしょ。これ以上続けるのも、不毛ですし。
はい、ごくろうさん。はい。
 
 
…カメラ止まったかね。
 

え?
いや、なに今日はねえ、これから議員会館で幹事長と会わなきゃいけないんだ。

イヤなんだけどね。議員会館の食堂は。まずくてさ。
このあいだプリンを頼んだら、カラメルがやたらに甘ったるいプリンを出してきてさ。
こんなもの、食えるか、子どものエサだ。って私がどなってやったらね、
ちゃんと次から、ほろ苦いカラメルのプリンに変えて出してきましたよ。
連中は人を見てやがるんだ。
はっはっは。
  
ま、食うのはやっぱり銀座だな。
公園で酒なんて飲むもんじゃないよ。あんたらもね。
はっはっはっは。
じゃ、ま、そういうことで。

出演者情報:上杉祥三 オフィスPSC:03-3359-2561

 

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小山佳奈 2013年3月17日

「シベリアの花」

        ストーリー 小山佳奈
           出演 植野葉子

シベリアで3万年前の花が咲いたという
ニュースをテレビで見たのは、
父の3回忌の日だった。

母と私をあっさり捨てて若い愛人のもとに走った父は
半狂乱になって死んだ母の葬式にも連絡一つ寄越さず
それから10年くらいたった頃に流行り風邪をこじらせて死んだ。
ご親切な役所から紙切れが送られて来たことで父が
愛人にはとうに捨てられていたことがその時わかったわけだが
そんな父の命日なんかよりもいまの私には
会社に休みますっていう電話をどうするかの方が重要で
案の定こんな決算の大事な時期に休むなんてとぶつぶつ言われ
私はすんませんと適当に電話を切ってベッドに寝転がり
鈍く痛むお腹をさすりながらニュースを見ていた。
シベリアの永久凍土から発見された種子を
最新の科学の力で咲かせたというその花は
3万年という年月から目覚めたわりには
バカみたいに平凡な顔つきをしていた。

そっか。

私のお腹の中にあった種も
永久凍土に埋めてあげれば
よかったかな。

そうすれば3万年後の人類が
その種を育ててくれたかもしれないな。

いやいっそ私とナカタニさん二人で
永久凍土に埋まればよかったのか。
でもそうするとどっちがどっちを先に埋めるのだろう。

たぶんナカタニさんは
後から絶対いくからと言って私を先に埋めて
でも怖くなって逃げちゃったりするかもな。
それでシベリア鉄道のキーホルダーを子どものお土産に買って帰り
「いくらビジネスチャンスだからってシベリア出張はきついよね」
なんて奥さんに脱いだ背広を渡しながら言うんだろうな。

結局私も父と同じだった。
不倫みたいな、低能で、低俗なこと、死んでもするかと思ってたのに。
血は争えないって、こういうこと。
シベリアの花は3万年たっても、シベリアの花であるように。
DNAの二本の鎖が私を絡めとるのだ。

ひょっとすると私のお腹の中にあった種も
3万年後に見つけられたら同じことをするのかもな。

いまとなってはどうでもいい。
もう私のお腹の中には何もない。

洗濯物ごしに見える外は
ウソみたいにいい天気だった。
私はせんべいをぽりぽり食べながら
明日、父の墓参りにいこうと思った。

出演者情報:植野葉子

 

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大石雄士 2013年3月10日

「エノモトくん」

       ストーリー 大石雄士
          出演 齋藤陽介

高校時代のクラスメイト、
エノモトくんのことを思い出すと、今でもうっとおしい。
彼の口癖は「これCGじゃねぇ?」だった。
クラスの女の子がアメリカ旅行のおみやげに
自由の女神のポストカードを買ってきてくれたときも、
世界史の授業で、
教科書にパルテノン神殿の写真が出てきたときも、
周りの友達に「これCGじゃねえ?」と聞いていた。

ある日、そんなエノモト君と学校から帰る
タイミングがたまたま一緒になり、
どういう流れでそうなったのか、
彼がうちの家に寄っていくことになった。
やることもないので、適当にマンガを読んだり、
何を見るでもなく、テレビをつけて一緒に見ていると
クルマや、特撮ヒーローのロボットが出てくるたびに
「これCGじゃねえ?」「これCGじゃねえ?」と聞いてくる。
ボクはそのとき「どうだろうね」と答えることしかできなかったのだけれど、
動物とか、洋服とか、どうみてもCGじゃないモノが
テレビに映ったときも「これCGじゃねぇ?」「これCGじゃねぇ??」
と聞いてくるエノモトくんが、かなりうっとおしかった。

「これCGじゃねぇ?」「これCGじゃねぇ!?」
もう二度と、エノモトくんとテレビは見ないと思った。
そのあと、あれは何の番組だったのか、コマーシャルだったのか、
白やピンクのコスモスのような花が草原一面に広がる風景が
テレビ画面いっぱいに映ったとき、「これもCGかもしれないね」と
エノモトくんに言ってあげたら、
「いや、これはどう見ても花でしょ・・・。」
と真顔で返され、さらに腹がたったのを覚えている。

そのあとは、またエノモトくんはテレビに映るあらゆるものに
「これCGじゃねぇ?これCGじゃねえ!?」と
興奮気味で聞いてきたが、
ボクはそれを、すべて無視した。
あのエノモトくんが、いまどんな大人になったのか知らないけれど、
あれだけ全てのものにCGと疑いをかけていたエノモトくんが
あのとき、あの花たちだけなぜ「CGじゃない」と断言してきたのか
いま考えると・・・、やっぱり腹がたつ。

出演者情報:齋藤陽介 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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井村光明 2013年3月3日

「負け戦」

         ストーリー 井村光明
            出演 遠藤守哉

30分ぶりに赤い花が手渡され、僕は椅子から立ちあがった。
花といっても造花だけど。
白いボードを振り返り、石川4区の枝川くんの名前の上に花をくっつけた。
この選挙区は、野党から人気のプロレスラーが出馬して苦戦してたとこだっけ。
枝川くん、良くやってくれた。
会場に拍手が響く。でも、どこかうつろだ。
仕方ない。開票が始まって、もう4時間もたつのに、
250人の候補者名が書かれた白いボードに、花はちらほらしか咲いてない。
枝川くんで花をつけるのは最後かな。。
やっぱり、たくさん余っちゃったなあ、赤い造花・・・
僕は現職の総理大臣。
でも今は、政権与党の代表として、党本部で開票に臨んでいる。
あと数議席残ってはいるが、まあ焼け石に水だろう。
会場のソデには片目のダルマや、その横に大きな酒樽も見える。
ここだけじゃない。全国の候補者の事務所にも置いてあると思うと、
相当な数が無駄になったはずだ。
しかし、まさかここまでとは・・・惨敗だ。
敗因はいろいろあるが、とどめは、やはり景気対策だったのだろう。
高齢化による社会保障費と国の借金の増大。
僕は庶民派総理として、明るい未来のために、極力無駄をはぶき、
財政削減に邁進してみたんだけど。
その結果が、これだ。
そういえば、選挙準備の時、
「どうせ無駄になるんだから、当選者につける赤い花、
用意を半分くらいに削減してはどうか」という意見も出てたけど、
「縁起が悪いから」と人数分発注したっけ。
やっぱりこんなに余っちゃって。
まあ、花屋の景気には貢献できたかな。
景気対策で負けたのに、皮肉なものだ。

「お車の用意ができました。ご自宅でよろしいですか?」と、
秘書が耳打ちしてくる。
帰りたくないなあ。
いわばリストラだ。帰っても、妻や娘が、そして僕も気を遣う。
かといって、僕がリストラされたのは国民全員にもバレバレだ。
どこに行ったって、誰かに気を遣わせてしまうだろう。
そして、ここに居座るのも片付けの邪魔になる。
「千葉へ」と僕は言った。

「こんな時間に、何しに来たの?」
千葉の実家で一人暮らしの母は、まだ起きていた。
「いや、カーネーションがたくさん余っちゃってさ」
僕は、持ってきたダンボール箱を手渡した。
「あらまあ~。ん?あんたバカねえ。これはバラよ(笑)」
「あれ、そうだっけ?」
照れ臭い僕は、とぼけてみせた。
当選者用の余った赤い花。300輪はあるだろう。
政治家の母が、その意味をわからぬはずがない。
が、
「ありがと、こんなにたくさん。うち中がバラ園になりそうだわね~。
うーん、いい匂い」
「母さん、それ造花だよ」と言うと、
「わかってるわよ。ボケてみただけ~」と言って僕を笑わせてくれた。
母は、もう85だ。まだ達者だが、本当にボケる日も近いだろう。
選挙では、国民や企業や労組や各種団体から応援してもらった。
しかし、それは一瞬で、恐ろしい「貸し」に変わる。
妻や娘たちからの声援ですら、重たいものとなる。
しかし、母は、別だ。
「何か食べるかい?あんたのことだから一生懸命やったんだろう。
気にすることないさ。」
もし僕が戦争を起こし日本を焦土にしてしまっても、
母は同じように言うのだろう。
「モンスター」と呼ばれることのなかった、僕たちの親の世代。
高齢化社会は大変だと言うが、
僕たちを無条件に受け入れてくれる母さんや父さんが、
まだたくさんいてくれるということなのだ。
ずっと生きててくれないと、こんな夜、行く場所がなくなっちゃうよ・・・
だからこそ、将来の負担増に備えて、財政支出は切りつめとかないと、って
思ったんだけどなあ。
ばらまくんだろうなあ、新しい総理。
母は、「がんばれがんばれ。」と見送ってくれた。
あと数日で総理じゃなくなっちゃう僕だけど、
もちろんこれから野党としてがんばる所存だよ!応援よろしくね、母さん。

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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2013年3月(花)

3月3日(日)井村光明 & 遠藤守哉
3月10日(日)大石雄士 & 齋藤陽介
3月17日(日)小山佳奈 & 植野葉子
3月24日(日)直川隆久 & 上杉祥三
3月31日(日)中山佐知子 & 大川泰樹

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