岩田純平 2012年2月15日(別冊)

東芝LED電球 ラジオCM「別れ」篇

          ストーリー 岩田純平
             出演 菅原永二内田慈

男 :一緒に暮らして何年だっけ?
女 :10年かな。
男 :10年か。いろいろあったな。
女 :あったね。

女 :はじめて会った日のこと、覚えてる?
男 :え・・? 覚えてないな。
女 :あの日永二は、私のことまじまじ見つめて「きれいだな」って言ってくれたんだ。
男 :そんなこと言った?でも、きれいだったから。まぶしかった。
女 :ふふ。でも、すぐ他に彼女できたよね。
男 :うん。
女 :あ、その前に犬を飼ったんだ。
男 :ああ、ジョン。
女 :で、そのジョンをダシにしてまさみさんを家に呼んだんだよ。
男 :そうだっけ。
女 :ジョンが寝た隙にキスしてたよね。ジョンは寝てたけど私は見てた。
男 :よせよ。
女 :電気消されちゃったからその先は見てないけど。
男 :何言ってんだよ。
女 :で、とんとん拍子で結婚。でも婚姻届け2回書き間違えてたよね。
男 :そうだっけ?
女 :配偶者の名前。やばいよ。
男 :緊張してたんだよ。
女 :そう?ためらってたように見えたけど。
男 :そんなことないよ。

女 :そんな永二もいまや子ども三人。
男 :うん。
女 :・・・ねえ。
男 :何?
女 :いま、しあわせ?
男 :うん。いい人生だよ。
女 :ならよかった。見てればわかるけどさ。

女 :あ、そろそろ私、ダメかも。
男 :ちょっと薄くなったけど、まだ、大丈夫だろ。
女 :ダメだよ。まさみさん、帰ってきちゃうし。早くしないと。
男 :うん。
女 :怒られちゃうでしょ。弱いんだから。
男 :そういうなよ。

女 :私って何だったのかな。
男 :何って・・。
女 :私も、家族の一員だったのかな。
男 :もちろん。
女 :そっか。
男 :この家の誰よりも長い付き合いじゃないか。
女 :(笑)長いよね。でも、もうおしまい。
男 :おしまい、とか言うなよ。
女 :明るく別れようよ。明るい日々だったじゃない。
男 :そうだな。
女 :ありがと。・・楽しかった。まさみさんをたいせつにね。
男 :オレも、楽しかったよ。いままで、ありがとな。
女 :じゃあね。

SE:パチン。キュルキュル。

NA:東芝のLED電球は寿命10年。あなたの一番近くで、あなたを明るく照らします。

SE:ガチャ
妻 :ただいまー。電球変えといてくれたー?
男 :変えたよ。

SE:パチン

男 :新しい10年が、はじまるな。
女 :はじめまして。 (同じ声で)

NA:LEDは東芝。

出演者情報:菅原永二 http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp8894
      内田慈 03-5827-0632 吉住モータース所属

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岩田純平 2011年10月2日



ネジ

          ストーリー 岩田純平
             出演 菅原永二

祖父はネジ屋の社長だった。
正確に言えば、ネジ問屋の社長だった。

中学を卒業してから奉公に出て、
そこで何年か修行したり、
戦争に駆り出されたり、
おそらくほかにも色々とあった後、
祖父はネジ問屋を作った。

僕の知る限り、
祖父の作った会社は
規模を拡大することも縮小することもなく、
現在も律義に大阪は立売堀(いたちぼり)に建っている。
税金の払いが明瞭で何回か表彰されたことが、
祖父の社長としての自慢だった。
自慢とは言っても、
祖父自身がそんなことを口に出すことなどなく、
その話は母に聞いた。
 
中学くらいの頃、
祖父母と観覧車に乗ったことがある。
横浜港のそばにある、
当時世界一大きかった観覧車だ。
僕と祖母は窓から外を眺め、
「小さいねえ」
とか、
「綺麗だねえ」
とか普通のことを言っていたのだが、
その時祖父は窓から
支柱のボルトやナットを見つめ、
「やっぱり硬いネジ使うとるなあ」
などと呟いていた。
ボルトやナットには記号が表示されていて、
一目でその硬さが分かるのだそうだ。
こんな高い所まで来て何を見ているのだろう、
と僕は思ったが、
自然に仕事の目になってしまう祖父は
少し格好良くもあった。

足を骨折した時もそうだった。
太ももの一番太い骨を折って
けっこう大がかりな手術が必要になり、
骨をボルトだかナットだかで
固定することになったのだが、
手術前、祖父は痛みから来る脂汗を
額に浮かべながらそのネジをじっと見つめ、
「まあ、これならええやろ」
みたいなことを言い、
安心して麻酔されて手術室に入っていった。

それから十数年。
先日、祖父の葬儀があり、
火葬された後の足の骨には、
その時のボルトだかナットだかが
きっちりと埋まっていた。
とはいえ、
癌が最終的に骨に転移した祖父の骨はもろく、
手でネジを回すとぽろぽろと崩れて、
簡単に外れてしまった。
薄い骨に不相応な長いネジ。
祖父は死んだが、ネジは残った。
「硬いネジ、使うとるなあ」
僕はそのネジを指できれいに拭い、
骨壺の中にこっそりと入れた。

出演者情報:菅原永二 http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp8894

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日下慶太 2010年8月29日



『金魚の自由』

  
ストーリー 日下慶太
出演 菅原永二

いつも猛スピードで泳いでは、頭を打ちつけた。
彼は金魚。狭い金魚鉢でひとり暮らしている。

食べ物に困ることはなかった。
毎日ちゃんとエサがもらえた。
エサを残すと水が汚れるのでいつも無理して全部食べた。
おかけでみるみる大きくなっていった。

淋しいと思うことはあった。
友達や彼女が欲しくなるときもあった。
でも、それで金魚鉢が狭くなる方が嫌だった。
狭いより、淋しい方がまだ耐えられる。

我慢できないことはただひとつ、思い切り泳げないこと。
泳ぐとすぐに頭を打つのだ。
壁に当たらないようにと、ぐるぐる回って泳いだこともある。
しかし、目が回って食べたエサをすべて吐いてしまった。
彼はただ、思い切り泳ぎたかった。

外に出れば、もっと大きな世界があるはずだ。
そう思った彼は金魚鉢から出ようと試みた。
水面に向かって泳ぎ、ジャンプする。
何度も何度もジャンプする。
ただ、水面(みなも)が大きく揺れるだけだった。

ある日、チャンスが訪れた。
金魚鉢の掃除だ。
掃除の間、彼はバケツに移し替えられた。
そのバケツには水がいっぱいに張られ、
水面とバケツのへりとの距離が近かった。
彼は、ジャンプした。
バケツのへりを見事飛び越え、体から着地した。
落ちた所がわるく、うろこが2枚はげた。
息が苦しい。ひれをふってもふっても全く前に進まない。
外は大きな世界ではく、ただただ苦しい世界だった。
床でのたうちまわっていると、あたたかい何かが彼を包んだ。
それは、飼い主の手。
彼は金魚鉢へと運ばれ、命をとりとめた。

以来、もう外に出ようとは思わなくなった。
エサをたべ、寝て、ほんの少し泳ぐ。
自由に泳ぐことは、もうあきらめた。

多すぎるエサと少なすぎる運動で彼はどんどん大きくなっていた。
金魚鉢いっぱいにまで大きくなった。
もう、方向をかえることができなくなった。
ずっと台所の方を向くしかない。
それは泳いでいるというより、浮いているといった方がいい。
そんな様子をみかねて、飼い主は彼を池に放した。

池は、ひんやりと冷たかった。
金魚藻のいいニオイがした。
そして何よりも、広かった。

彼は泳いだ、思い切って泳いだ。
流れゆく風景、顔にうける水の抵抗、
魚としての喜びを全身で感じていた。 これが泳ぐということだ。

と、突然、大きな口が彼を呑み込んだ・・・・
ブラックバスだ。

真っ暗な口の中で彼は思った。
思い切り泳げたからまあいいか、と。

出演者情報:菅原永二 猫のホテルhttp://www.nekohote.com/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋

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上田浩和 2009年4月16日



水戸黄門
                 

ストーリー 上田浩和
出演 菅原永二

水戸黄門一行は、その道中、
すこし変わった引き算と足し算で盛り上がっていた。
例えば、木の枝に「みみずく」、道端に「みみず」がいたら、
「みみずく」から、「みみず」を引き算する。
すると、黄門様のしわくちゃの手の平には、ひらがなの「く」が残るのである。

「しちいちがしち、しちにじゅうし」
そのひらがなの「く」を、
今度は、九九の練習をしている八兵衛の口のなかに放り込むと、
八兵衛は突然笑いはじめる。
「九九」に「く」がひとつ増えて、
「くくく」という笑い声になったのだ。
「なにがおかしいんだい」とお銀が尋ねれば、
「気味の悪いやつだ」と助さんが言い、「まったくだ」と格さんが笑う。
とまあ、こんな具合に水戸黄門一行は、道中を楽しんでいた。

ある日、一行は不埒なやつとすれ違った。
そいつは、不埒なうえ、プラチナの指輪をしていた。
そこで「プラチナ」から「ふらちな」を引き算すると、
黄門様の手の上には、野球ボールくらいの大きさの○が残った。
黄門様が右手に○のボールを持ち、正面を見据えると、
目の前には、いつのまにかバットを構える清原の姿がある。
「打たせてとりましょう」
ファーストから、格さんが声をかけた。
サード八兵衛。キャッチャー助さん。
ベンチでは、マネージャーのお銀が両手を組み、祈りのポーズだ。
そして、マウンド上で、黄門様は心にある誓いをたてる。
「この試合が終わったら、マネージャーに告白するんじゃ」
ところが、黄門様の渾身の一球は、清原のわき腹を直撃したのである。
誰もが乱闘だと思ったそのとき、意外なことが起こった。
清原が、おとなしくファーストへ歩き出したのである。
おそらく、○のデッドボールを受けた瞬間から、
「きよぱら」になっていた清原は、物腰まで丸くなっていたのであろう。
格さんは、出しかけた印籠をそっと懐に戻した。

その晩のこと。
昼間、マウンド上で誓ったとおり、黄門様は、お銀に告白した。

「出会った頃からずっと好きじゃった」。そして、ふられた。
涙にくれる黄門さまとは反対に、次の日は、晴天。
黄門様は、ひとりぼっちで海へと釣りに出かけ、一匹のタイを釣り上げた。
太陽から、タイを引き算すると、
「よう」と空が話しかけてきた。
「よう。黄門様。失恋か。いい年こいて」
「うるさいわい。なあ空よ、答えてくれ。
わしはなんのために旅をしとるんだろ」
「理由は分からんが、そのかわり、黄門様、あんたにプレゼントをやろう」

それからしばらくすると、空から、意外なものが降ってきた。
桜の花びらである。
まわりには桜の木など一本も見当たらないのに、
まるで雪のようだ。
同時に、サク、サク、サク、サクと小気味いい音も聞こえてくる。
いつのまにか黄門様のそばにいた八兵衛が、うなぎパイを食べている音だ。
「さくら」の花びらと「サク」という音。
黄門様が、「さくら」から「サク」を引き算すると、
空中を漂っていた無数の花びらは全部、「ら」になり、
くっついて「ららら」になり、そしてひとつの歌をつくった。

ら♪ららら♪ららら♪ららららららら♪
じんせーいらくー♪

「さ、いきましょうよ、ご隠居様」とお銀が手を差し伸べた。
気が付けば、これから行く道が花びらできれいな桜色に染まっている。
黄門様は、一行を従え、空からの贈り物である「花道」を歩きはじめた。

出演者情報:菅原永二 猫のホテルhttp://www.nekohote.com/

shoji.jpg  
動画制作:庄司輝秋


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