僕はあなたを愛していると言った
僕はあなたを愛していると言った。
あなたは僕を愛していないと言った。
次に僕はあなたをいつでも殺すことができると言った。
あなたも僕を殺せると言った。
こうして僕たちは
お互いのスイッチを持っていることを知ったのだった。
もともと生物兵器として開発された僕たちは
命令に違反したときや任務から離脱したときのために
自滅プログラムがDNAに組み込まれている。
そのプログラムはスイッチで作動する。
自分のスイッチは誰かのカラダに埋め込まれており
僕たちはキラーを命じられたとき
はじめてそれを使って相手を消去することになっていた。
しかしもう、どこからもそんな命令が届くことはない。
僕たちがかつて存在した記録さえ抹消されて以来、
僕たちは生物兵器ではなく、生物として静かに生きていた。
僕は僕のスイッチを持つ人にいつか会いたいと願いながら。
あなたはあなたのスイッチを持つ存在を憎みながら。
そして結局、僕たちの間には何も起こらなかった。
あなたは自分の荷物を僕の家に運び、僕たちは一緒に暮らすことになった。
あなたは自分のスイッチを持っている僕に
たとえ恐れを抱いたとしても受入れるしかなかったし
それは僕にとっても同じことだったが
どんな理由であれ注意深く相手を尊重しながらの暮らしは
不思議なほどおだやかで理想的といえた。
僕はときどきおいしいピザを焼く。
あなたは上手に本棚を整理して
床に散らばる僕の本を片付けてくれる。
朝、僕が自分の紅茶を淹れるとき
あなたのコーヒーメーカーのボタンを押すのは何でもないことだった。
そしてあなたは儀式のように僕にもコーヒーをすすめ
僕は礼儀正しくそれをことわる。
あの日以来、
僕たちはお互いのスイッチを作動させない配慮をしながら暮らしている。
泣いたり怒ったりして感情を高ぶらせることもなくなったし
強い意思を持つこともやめてしまった。
僕たちの心はいま静かに乾いており
僕があなたを愛していると言った
記念日というより墓標のようなあの日は
花で飾られることもワインの祝杯を浴びることもない。
出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/