中山佐知子 2014年6月1日

ペテロは天国の鍵をもらう前に

        ストーリー 中山佐知子
           出演 大川泰樹

ペテロは天国の鍵をもらう前に
師が何と言ったかを思い出そうとしていた。

そうだ、師はまず「おまえはペテロだ」とおっしゃったのだ。

確かに俺はペテロだよ、とペテロは思った。
しかし、もともとはシモンという名前があったのだ。
なのに、師は俺にペテロという名前をつけた。
いや、違う。師が俺を呼ぶときは「ケファ」だった。
ケファはユダヤで岩という意味だ。
ペテロはギリシャ語の岩だ。
要するに、師は俺のことを岩ちゃんと呼びたかったのだろう。
でもなぜ岩なのか??
ペテロはその続きを少し思い出してみることにした。

師はそれからおっしゃったのだ。
「わたしはこの岩の上に教会を建てよう」

まずい…ペテロは動揺した。
岩の上ということは俺の上ってことか?
俺の上に教会を建てる?
いやいやいや、無理でしょそれ。
岩って名前だけだし。
実際のところ掘立て小屋も支えるの無理なくらい
非力なんだよ、俺は。

ペテロはいつもそこで記憶を封じ込める。
いつもそうだ。教会を建てるくだりになると
もうその先を考えるのがイヤになってしまうのだ。

信仰を支えるだけでも責任重いのに
教会なんて、あんな物理的に重い建築物を支えるなんて
もうぜったいにイヤだかんね。

しかし、実際には
初代法皇であるペテロの墓はバチカンにあり
その墓の上には世界最大級のカトリック教会が建っている。
信仰を支えて逆さ磔になったペテロは
死んで後やっぱり巨大な石の建造物を支える羽目になった。
教会の名前はサン・ピエトロ寺院、
聖なる岩ちゃん教会だ。

しかし、棺に眠るペテロはそのことを知らない。
すでに自分の上に教会が建っていることを知らない。

もしペテロがそのことを知ったら
ペテロは続きを思い出す努力をするだろうか。
師はペテロにこう告げたのだ。

「おまえに天国の鍵を授けよう」

ペテロは思い出さない方がいいのかもしれない。
信仰と教会を背負った上に
天国の責任まで押しつけるのは気の毒だ。
天国の鍵らしきものは未だに発見されていない。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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廣瀬大 2014年5月25日

「鍵を落とした日のこと」   

       ストーリー 廣瀬大
          出演 内田慈
                          
鍵を落とした日のことを、
今でも思い出す。

小学4年生、
黄色いお気に入りのTシャツを
着ていたことを覚えているので
きっと夏の始まりだったと思う。
あの頃、母はよく体調を崩し、
病院に通っていた。
母が家にいないことが多かったため、
わたしは家の鍵を紐にむすび、
首からかけていた。
二階に父と母とわたしが住み、
一階に祖父母が住む二世帯住宅。
一階と二階で表札も玄関もポストも違う。
祖父母に世話になることもできたが、
母はそれを極端に嫌った。

その日、学校から帰り、玄関のドアを開けようとすると
首からかけているはずの紐がない。もちろん鍵もない。
ポケットの中を探しても、
ランドセルの中を探しても、
給食袋の中を探してもどこにもないのだ。
結び目がいつの間にかほどけ、
鍵を落としてしまったらしい。
わたしは一階のドアベルを鳴らし、
祖母に鍵をなくしたことを言った。
やさしい祖母はだいじょうぶ、
一緒に探せば見つかるよと言ってくれた。
わたしたちは学校への道を、地面を見つめながら歩いた。
信じられないくらい、ぽたぽたと汗が落ちた。
その汗が暑さから流れたものか、それとも鍵を落とした動揺から
流れたものか、わたしにはわからなかった。

人だかりは商店街へと差し掛かる交差点にできていた。
横断歩道に男の子が倒れている。
すぐ横にぐにゃっと変な風に曲がった自転車がある。
男の子はぴくりとも動かない。
母親だろう。必死で声をかけ、男の子をゆすっている。
車にはねられたのだ。
車を運転していたらしいおじさんは、
真っ青な顔でそれを茫然と眺めていた。
そんなものを見たことはないけれど、
青い土のようだと思った。
わたしは何を言おうとしたのだろうか。
後ろにいた祖母に、話しかけようと振り返ると、
祖母に頬をひっぱたかれた。
「こんなときに笑うんじゃない!」
普段穏やかな祖母に突然叱られ、
わたしの顔は引きつった。
そして、わたしは気づいた。
事故を眺めるわたしの顔は笑っていたのだ。
引きつった顔は、余計にゆがんだ笑顔になった。
笑うのをやめよう、やめようと思っているのに、
顔は不思議なぐらい頑固に、ゆがんだ笑顔を保った。

結局、鍵が見つかったのかどうか。
わたしは覚えていない。
ただ、病院から帰ってきた母に祖母は
「事故を見て楽しそうなあの子を叱りました」と言った。
わたしが母に、今日の出来事を
報告することに先手を打つようだった。
そういうところのある人でもあった。
夜になって、母は叩かなくてもいいでしょうに、
と憎々しげに言った。

お葬式でみなが泣いているのに、
祖母だけ周りを気にすることなく
ニコニコと笑っているので
「こんなときに笑うんじゃない!」と
心の中で毒づいてみた
笑っているのは遺影の中の祖母だった。
まだ62歳だった。
お葬式で当の本人だけが笑っていた。
わたしは大学生になっていた。

あの日以来、
わたしは自分の顔が、無自覚に
笑っていやしないか。
極端に気をつけるようになった。
場合によっては、
わざわざガラスに映る自分の顔を
確かめることさえする。
悲しいことが起きたとき。
誰かと傷つけあったとき。
でも、顔を確認する度に、
わたしは気づく。
本当はその深刻な顔の下で、
わたしは笑っているのである。

出演者情報:内田慈 03-5827-0632 吉住モータース


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直川隆久 2014年5月18日

毛のはえた鍵

     ストーリー 直川隆久
        出演 平間美貴

毛のはえた鍵を、拾った。
まさか、表参道で毛のはえた鍵を拾うとは思っていなかった。
拾いたいわけではなかったけど、
目があってしまったのだ。

手の中でそれはほのかなぬくみをもっていて
びち、びち、と動く。
気持ち悪いので捨てようとしたが、
鍵は、同じように毛のはえた錠前のところまで持っていけと、強く迫り、
ぎち、ぎち、と神経にさわる高い音をだす。
錠前?

道行く人にきいてみる。

「もしもし、毛の生えた錠前がどこにあるか知りませんか?」
「あなたのご質問はもっともです。
あなたはこう言いたいのでしょう――錠前はどこだ!」
「悪質な冗談はやめてください」

らちがあかないので、近くのカフェに入ってみる。
でも、毛のはえた鍵を持っている客なんて、ほかに誰もいない。
恥ずかしい。
いたたまれなくなって店を出る。

やっぱり鍵を捨てようと思って、
コンビニの前のゴミ箱に、そっと捨てようとしたら、
ランチパックと缶コーヒーを手にレジに並んでいる警官に
ぎろりと睨まれた。

この先ずっとこんなものを持って歩かないといけないのだろうか?
市役所に相談しようか。
おお、そうだ。

市役所のロビーで案内板を見ていると、中年女性に声をかけられた。
「あなた、その鍵にあう錠前さがしてるんでしょ?」
「え、はい」
「ここにあるよ」
中年女性が、ハンドバッグから毛のはえた錠前を取り出した。

鍵を、錠前にはめてみると、
あまり、きちんとはまらない。
鍵が、ぎち、ぎち、と不服そうな音をたてる。
中年女性は「ぜいたく言うんじゃない」と言いながら、
むりやりその鍵を錠前にねじ込み、わたしのほうを見てにこりと笑った。
「月水金しか持ち歩いていないからね。あんた、ついているよ」
「じゃあ、これ、お渡ししちゃっても大丈夫ですか」
「いいけど、ただというわけにはいかないねえ」
わたしは、なけなしの2万円をとられた。
しかし、この先、毛のはえた鍵を連れて生きていかなければならない
面倒さに比べれば、2万円なら安いものだ。

わたしは、せいせいして大通りに出、
喫茶店に入った。
カフェオレを注文して、汗もかいたのですこしメイクをなおそうと
トイレに向かう。
すると、ハンドバッグの中から、

ざりっ。ざりっ。

と、たくさんのねじをかきまわすような音がする。

不審に思ってバッグを開けると――
内側にびっしりと米粒ほどの大きさの毛のはえた鍵が
張り付いているのが見えた。
驚いて落としたバッグがタイルの床にぶつかると、
その鍵たちが一斉にぎちぎちぎちぎちと不平の声をあげはじめた。

出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

 

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小松洋支 2014年5月11日

@婚活パーティ  

       ストーリー 小松洋支
          出演 大川泰樹

「生物にはなぜオスとメスがあるか知っていますか?」
大学院で助手をしていると自己紹介した、その女性は言った。

もちろん知らない。
特に知りたいとも思わない。

「生物は、はじめ、分裂して増えていました。
親が分かれて数を増やす。
クロレラみたいな単細胞生物はそうやって増殖します」

話しながら、ときどきセルの眼鏡を鼻のところで持ち上げる。
黒いフレームは顔がきつく見えるから、色つきにすればいいのに。

「その場合、子どもは親の分身なので、
親と子は遺伝的にまったく同じものになります。
一つの親が二つに分かれ、
その二つが、それぞれまた分裂して、四つになる。
次は八つ。みんな同じ生物です」

あのー、聞いてるふりしてますけど、興味ないですよ、僕。
こういう場では、趣味の話とかしませんか、ふつう?

「ところで、この生物に悪影響を与える条件があったとします。
温度とか、ペーハーとか、ウイルスとか。
その際、このタイプの生物は全滅してしまう危険性があるんです。
なぜなら遺伝的な性質がみんな同じだから。
たとえて言えば、凶悪犯がたった一つのカギで、
一族全員の家に侵入できるようなものです。
それくらい、かれらは無防備なんですよ」

彼女は、ワイングラスに手もつけずに話し続ける。
白いブラウス。紺のジャケット。デニムにフラットシューズ。
よく言えば、飾り気がない。
が、勝負する気があるとは思えない。

「そこで生物はある方策を採用しました。
掛け算です。
オスとメスを掛けて、次の世代をつくる。
そうすれば、親と子の遺伝的な性質が、
まったく同じになることはありません。
親の家のカギで、子どもや孫の家のドアが開けられないような
工夫がなされたということですね」

あー、あっちでなにか面白そうに笑い合ってる。
はやく席替えの時間が来ないかなー。

「ということで、」
突然グラスをかかげた彼女は、
「遺伝的な多様性を生みだす選択肢の一人として、
わたしを見ていただけないでしょうか」
そう言って、僕の目をまっすぐのぞきこんだ。

その時、僕がどんな顔をしていたか、自分でも見当がつかない。

ただ、その日の婚活パーティで覚えているのはその人だけで、
数日後には会社の女子社員に、
なぜ生物にはオスとメスがあるのか、
得意げに説明する自分がいたりするのだった。

出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/

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岡部将彦 2014年5月4日

「剣と魔法のファンタジー」

       ストーリー 岡部将彦
          出演 遠藤守哉

世界が混乱に陥って、もう何年が経っただろうか。
突然、魔王を名乗る者が現れ、魔物を率いて、
人類に対し宣戦を布告。
罪のない多くの人の命が、魔物によって奪われていった。
もちろん人間たちも、ただ黙っているだけではなかった。
古(いにしえ)より伝わる魔法など、持てる限りの武力で徹底交戦。
戦況は、一進一退の膠着状態に陥っていた。
その間、勇者を名乗る人間が星の数ほど現れては、
魔王討伐に立ち上がり、そして散っていった。

世界中が魔王の存在に怯え、日々の暮らしを営んでいた。

それは雪に閉ざされた、
このさびれた名もなき村でも例外ではなかった。
村の寄合所では、
今まさに村長を中心に村人たちによる定例会が行われていた。

「では、次の議題です。
 勇者を名乗る一団が2組、
 この村に向かっているとの情報が入りました」

出席者たちの目がいろめきだつ。

「皆さまよくご存知とは思いますが、
 彼らは、どんな扉でも開ける不思議な鍵を使い、
『魔王討伐』の大義名分のもと、村民の住居等に無断で侵入、
 引き出しや、タンスを勝手に詮索、果ては宝箱すら略奪するという
 狼藉を働きます。貴重品の管理には充分な注意を払ってください。」

この会議の度に繰り返される注意事項の定型文の後、
議題は本題へと移った。

「宿の値段は、もう少し、つり上げてもいいんじゃないか?」
 宿屋の主人が口を開けば、
「この村の他に、この地域で補給できる場所はないんだ、
 薬なんかの値段は、
 もっと高くしてもいいと思うがね」
道具屋の主人も負けてはいない。

まあまあと彼らをなだめるように村長が口を開いた。
「そんなのは、後でどうとでも回収できるじゃろ。
 それよりも、村のそばにある洞窟に、
 伝説の武器が眠っているかのような噂をもっと立てるべきだと思うんじゃ」

村長の発言が終わるか終わらないかのうちに武器屋の主人は、
最近入れた金歯を見せつけるようにニタッと笑いながらこう言った。
「しかし、以前作った「偽の古文書」は効いたなあ。
 高価な武器をたくさん買ってくれたあの「勇者さま」たちは、
 今頃、どうしてるのかねえ。
 おっと、そういえば、武器の在庫が切れかかってるから、
 仕入れにいかなきゃならんな」

「仕入れっつっても、洞窟まで行くだけだろ?」
 会議出席者の間で、笑いが起こる。
「まったく魔王さまさまだな」

昨年、魔物に両親を殺されたために、
村長の家に身を寄せている少年・ポックルは、
不思議そうに大人たちの会議をじっと聞いていた。

「村の予算達成のために、各自よろしくお願いしますよ」

会議が終わり、家へと帰る道中、ポックルはたまらず村長に尋ねてみた。
「ねえ、村長。みんなまるで魔王のことを
 ありがたがってるみたいじゃないか…」

村長はすべてを察したような顔で話し始めた。
「ポックル。お前が言いたいことはわかる。
 お前は魔物に大事な母さんも父さんも殺されてしまったんだしな。
 でも、もし魔王がいなくなってごらんよ。
 どんな物好きが、こんな雪山の村に訪れるんだい?
 でも、今は違う。この非常事態の中で、世界中の人間が、
 現状を打開すべく世界の隅々まで冒険している。
 人里離れたこんな辺鄙な村だからこそ、
 なにか「伝説のお宝」が眠っているんじゃないかと期待をする。
 だからこそ、この村の汚い宿でも、
 街の何倍もの宿代を取ることができるんだよ。
 彼らが買っていく、武器や防具、薬のお金が、
 この村にどれだけの富をもたらしてくれたか。
 お前は、食うものにも困るような元の貧乏村に戻りたいのかね?」

「でも…」

「お前が、魔物を憎んでいる気持ちはわかる。
 でもね、魔物がいるからこそ、
 この村は食っていけてることを忘れてはいけないよ。
 魔王がいて、それを倒そうとする人間たちがいる。
 その状態が、この村にとって、一番平和なんだよ」

ポックルは納得がいかなかった。
僕のように、いつ魔物に大事な人を奪われてしまうかわからないような日々が、
この村にとっての平和だなんてことが。

でも、それだけじゃない。
ポックルが本当に聞きたかったことは。

「僕、知ってるんだよ…だったらなんで…」

「おーい、旅人が来たぞー!」
見張り台の方から、若い衆の威勢の良い声が響いた。

「ほらほら、急ぎなさい。最高の笑顔で「勇者さま」をお迎えするんだ!」

ポックルは、村長に言いかけた言葉を飲み込んで、
自分の持ち場へと向かっていった。

ポックルの持ち場は、村の出入り口。
子供らしい無邪気さで、「勇者さまご一行」に話しかける。
「ようこそ、さいはての村へ」。

その後、いつものように、村の大人たちが考えた鼻歌を、さりげなく歌う。
「♪らららー空を割き、大地を割るよ〜♪洞窟の奥で眠る氷のつるぎ〜
 …おじいちゃんに教えてもらった、この歌は、どういう意味なのかなあ」

「やはり噂の通り、この付近の洞窟には、
 求めていた伝説の武器があるようだな…」
勇者さまご一行は、村の奥へと歩を進めた。

彼らの背中が遠ざかっていくのを見つめながら、
ポックルはポツリとつぶやいた。
「僕、知ってるんだよ…その洞窟には、
 村のみんなが仕掛けた罠があるよ。気をつけて…」

出演者情報:遠藤守哉 青二プロダクション http://www.aoni.co.jp/

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