まず14段の階段を上り
まず14段の階段を上り、次にまた14段の階段を上ると
改札のある階に出る。
改札を出て14段の階段を上り、
また14段、次に13段の階段を上る。
それから11段の階段を上がり、12段を上り、
17段を上る。
最後に10段を上って、やっと地上に出る。
この長くて退屈な階段を毎日上って会社へ行く。
ホームから出口までの階段を数えたら118段あった。
クフ王のピラミッドさえ201段だ。
ピラミッド…石を運ぶ奴隷…
しかしピラミッドは最初から201段あったわけではない。
何十年もかけて201段に成長したのだ。
10段とか20段のころはラクだっただろうな。
会社は駅の出口から近いが、
ある日、駅のホームで忘れ物に気づき、
階段を上って会社まで取りに戻り、
また引き返して来たら17分がたっていた。
これで駅から近いと言えるのだろうか。
駅のホームから14段と14段の階段を上って改札を出ると
向かい合わせにパン屋とコンビニとトイレがある。
コンビニには元同僚だった齋藤くんが働いている。
齋藤くんは、4ヶ月ほど前、
つまり夏の暑い盛りに二日酔いで出社しようとしたのだが、
電車を下りて14段上ったところで貧血を起こした。
私はすぐに駅員を呼んだ。
私と駅員は齋藤くんを抱えて改札階までの14段を這い上がったが、
残る90段を思うと暗澹たる気持ちになった。
すると齋藤くんは「俺にかまわず行ってくれ」と言い残して
よろめきながらトイレに去った。
思えばそれが齋藤くんのスーツ姿を見た最後だった。
トイレから出た齋藤くんは
向かいのコンビニの「店員募集」の張紙を見るやいなや
そのまま応募してしまった。
次に齋藤くんを見たときはTシャツ姿でエプロンをかけ
レジの向こうで一杯100円のコーヒーを担当していた。
齋藤くんはいま階段的にはエリートに属して幸せそうだった。
私は相変わらず奴隷のように118段を上り下りして
息を切らせているのに較べ、
齋藤くんはたった28段を口笛吹きながら上下しているのだ。
さて、コンビニの向かいのパン屋には清水さんがいる。
清水さんは入社一日めの通勤で靴のヒールが折れて遅刻をし、
それを叱った上司に辞表をたたきつけたという噂がある。
それもこれも階段のせいだ。
清水さんは改札の前のパン屋で
元上司や同僚が背中をまるめて階段を上がる姿を眺めながら
毎日ほがらかに働いている。
そういえばうちの会社の創立記念日に社長の訓辞があった。
テーマが「階段」だった。
嫌われても罵られても階段はホームと出口を繋ぐために必要だ、
みたいなことをしゃべっていたが
運転手付きの自動車で通勤するやつに
そんなこと言われたくないと評判が非常に悪かった。
それにしても118段は長い。
もう何も考えないで上ろう。
出演者情報:大川泰樹(フリー) http://yasuki.seesaa.net/