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その村は天空の入り口に
その村は天空の入り口にあって
ヒンドゥークシ山脈の白い峰々が空を支える姿を
間近に眺めることができた。
村はその山の懐深くかくまわれ、そこに通じる道は険しかった。
その村では5月の声をきくと男たちは旅の支度をする。
そして6月には雪溶けの危険な山道をロバとともに這い登り
キャンプの場所にたどりつく。
そこからさらに道もない崖を登ると空と繫がる岩山がある。
彼らはそこで一年の半分を、天空の破片を掘って暮らす。
固く締まった岩を炎で緩めながら
カツンカツンと岩を削る。
どうして天空の破片が岩のなかに眠るのだろう。
彼らは理由を知らない。
けれども彼らが掘り出すのは
青空が結晶したような瑠璃色の石だ。
カツンカツンと岩を削り掘り出した天空の破片は
もう一度空に返さねばならない。
それは東と西にから集まってくる商人たちの役目だ。
商人は天空の破片を空に返すといってすべて持ち去り
かわりに必要な食料や布や金属を十二分に置いて行く。
村の人々は
自分らが掘り出した石がラピスラズリと呼ばれ
シルクロードを運ばれて西はヨーロッパへ
東は日本まで伝わることを知らない。
ツタンカーメンの黄金のマスクを飾り
やがてフェルメールの青の絵の具になることも知らない。
黄金より高い価値で取引されることや
そして何よりも、数千年の昔
世界に天空の破片がある場所はこの村だけだったことを
彼らは知るよしもない。
天空の破片ラピスラズリは空に返るのではなく
古代のシルクロードを通じて世界へ広まっていったのだ。
その村では11月になると
山のキャンプの男たちが帰り支度をする。
もう雪で道が閉ざされる頃だ。
苦労して掘った天空の破片は
すべて商人に渡してしまったかわりに
村には冬を暖かく越せるだけの蓄えができている。
12月、村へ帰った男たちのなかに
小さな天空の破片をこっそり持ち帰った若者がいる。
それは若者の帰りを待ちこがれていた娘への贈りものだ。
12月にラピスラズリを贈られた娘は来年には花嫁になるだろう。
12月のラピスラズリは幸運の石だ。
そしていま、ラピスラズリは12月の誕生石になっている。