その駅をおりて
ストーリー 小野田隆雄
出演 久世星佳
その駅をおりて、
恋びとたちは、
夏の日の午後、
遠い森に出かけていく。
ふたりの愛のために。
生垣(いけがき)には
キョウチクトウが白く咲き、
公園では
ブランコがひっそりと
昼寝をしている。
暑さと暑さのあいだの、
ぬるま湯のような空気を
かきわけるようにして
ときおり、自動車が、
とおりすぎる。
どこかで、カナリヤが鳴いている。
少女が、ピアノをひいている。
モーツアルトの、
ひとつの、かわいい小夜曲(さよきょく)。
ふたりの影は
アスファルトの上に
抱きあうように
かげろうにゆれて。
その駅をおりて、
少年が走る。
いちょう並木がゆれ、
空は夕風(ゆうかぜ)の青さのなかを。
少年のひとみにある、
うすくれないの涙の色を、
おとなたちは
忘れてしまった。
記憶の波が
少年に手をのばし
さけばないその心は、
石だたみを数えている。
その駅をおりて、
さいはての国にゆく。
そして、さいはての星をみる。
海にあるのは波ばかり。
空にあるのは風ばかり。
・・・・・・
さようなら、あなた。
片道切符をにぎりしめて
ここまでひとり
やってきました。
楽しかった、多くの時(とき)を
やさしかった、多くの場面を、
ほんとうにありがとう。
でも、わたしは
すこしおとなになりました。
もう、これ以上、
わたしのために、
ピエロになってくださらなくても
いいのです。
この頃(ごろ)、ずっと、
感じていました。
あなたのピエロのまなざしが、
どこか遠い、
私の知らない世界を
見つめているのを。
ですから、これからは、
ふたりで同じ列車に
乗ることはないと思う。
そして、同じ駅で
おりることも。
このちいさな駅に
片道切符でおりました。
あんまりさみしいので
フローラルブーケの
オーデコロンを、
ほんのすこし、つけました。
今夜は、この港の民宿で
子供のように眠ります。
もしも、出来ることなら、
うまれた町の夢でも
みられたら、いいな……
その駅をおりて
夢の浮橋(うきはし)をわたれば、
そこは、ふるさと。
ふるさとは、今日も
麦秋のなかにねむっている。
誰かが、そっと
白い涙を流している。