小野田隆雄 2010年2月ライブ



雪の絵日記

           ストーリー 小野田隆雄
              出演 西尾まり     

絵日記の白いページに、
黄色い色が、あちらこちら、
こちょこちょと塗ってあるのは、
雪をかぶって咲き残る菊の花。

絵日記の白いページに、
緑色の、ほそ長い雲みたいな形が
互いちがいに書いてあるのは
雪の山のヒマラヤ杉。

絵日記の白いページに、
うすい灰色の足跡が、
消えそうに書いてあるのは、
出ていったまま、帰ってこない
忘れっぽい男の、長靴のあと。

この絵日記を、船に乗って南の島へ
行ったあなたに、船便で送ります。
もしも、受け取って返送しても、
絵日記は、私の所へは戻らない。
あなたは、わからないでしょうけど、
番地がちょっと違っているのです。
受け取って、読んでくださったら、
細かく切って、海にバラバラと
まいてください。
南の魚たちが、たわむれに
つまんで食べて、北国の風邪でも
ひいてくれないかな、と思っています。

絵日記の白いページに
ふんわりと水色の煙が書いてあるのは、
ふたりで飲んだ、マツリカ茶の湯気。
あの時は、
カップの中に、ふたりとも
マツリカの花がひらいたのにね。

絵日記の白いページのまんなかに、
赤い丸が書いてあるのは、
わたしの心。
ずいぶん恋もしてきたし、
だまされたり、だましたり、
もう慣れっこになっているから、
センチメンタル・ジャーニーなんて
ワインに酔った、そのときだけの、
つかのまの気まぐれ、それだけのこと。
私は、しっかり、生きていきます。
では、あなた、さようなら。
外では、雪もやみました。
凍りつくような、星空になりました。
さようなら。

出演者情報:西尾まり 03-5423-5904 シスカンパニー所属

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中山佐知子 2010年2月20日ライブ



この宇宙に生まれたすべてのものに 

          ストーリー 中山佐知子
             出演 大川泰樹清水理沙

 この宇宙に生まれたすべてのものに刻まれた
 たったひとつの言葉がある。

 会いたい。会いたい。

 だから、ビッグバンがはじまったとたんに
 素粒子と素粒子は出会って陽子と中性子になり
 陽子と中性子が出会って原子核になった。

 原子核は4000度の熱のなかで電子に出会って
 はじめての原子になり
 その原子からこの世のすべてが生まれた。

  会いたい。会いたい。
  酸素は水素と出会って水になり
  炭素と酸素の出会いで二酸化炭素ができた。

  会いたい、会いたい。
  地球に存在した最初の2種類のバクテリアは
  ある日、不思議な出会いをして
  ひとつの細胞で一緒に暮らしはじめた。

 会いたい、会いたい。おまえを食べるために。
 あまりに多くの命が生まれたカンブリア紀は
 ついに生き物が生き物を食べる世界を生み出した。

  会いたい、会いたい。おまえを愛するために
  植物は風に花粉を運ばせて
  目指す相手にたどりつくすべを覚えた。

 会いたい、会いたい

 おまえを憎むために
 17世紀のヨーロッパでは
 4万人の魔女が曳きずりだされて火あぶりになった。

  会いたい、会いたい
  あなたを殺すために。
  1991年、5つの民族と4つの言語をもつ旧ユーゴスラビアでは
  市民が市民を虐殺しあう戦争がはじまった。

会いたい。会いたい

自分がひとりではないことを知るために。

会いたい、会いたい

 生きるために。
 愛して憎んで殺して
 もう一度ひとりになるために。
 そうしてまた会いたい。
 この世のどこかにいる人に。

会いたい

 この言葉はあらゆるものに刻みこまれ
 すべての物質の法則になって宇宙を支配しつづけた。

 だから、会いたい
 この言葉がある限り
僕はおまえを求めずにはいられない

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/
      清水理沙 http://ashley-r-senzatempo.seesaa.net/

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中山佐知子 2010年2月20日ライブ


できれば土に
                
           ストーリー 中山佐知子
              出演 清水理沙

できれば土に埋もれたいと思っている。
壁になりたいと思っている。
できれば息もしたくないけれど
小さな女の子だからどうしてもため息はでてしまう。

なれるものなら透明人間になりたいと思っている。
でも、小さな女の子だから
もとにもどる方法がわからない。

本当は何もしゃべりたくない。
石だから、壁だから、土なのだから。
しゃべろうとすると泣いてしまうから。

心が重くなって固くなって
びしょ濡れになって寒くなって
笑えなくなって、しゃべれなくなって
臆病になって
自分がここにいてもいいのかいけないのか。

みんなの視線と言葉がきっと針のように痛いけど
泣きそうな自分を隠しておくために
凍りついた目を大きく開いている。

どうしてそうなってしまったのか
どうして自分がいまそうなのか
きっかけは5分前でも、
原因は100億光年も彼方にあるから。
どうしてもわからない、わかりたくない。

泣かない小さな女の子はいつもそうして震えている。

年を取った大人はそれを見て
拗ねているとひと言で片付けてしまうけれど
そういう自分の心のなかにも
きっと泣かない小さな女の子がいて
誰にも気づいてもらえないまま凍っている。

誰の心のなかにも泣かない小さな女の子はきっといる。

僕は、そんな小さな女の子の手を取って
あたたかい場所へ連れ出すことのできる
小さな男の子になりたいと思う。

出演者情報:清水理沙 http://ashley-r-senzatempo.seesaa.net/

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山本高史 2010年2月20日ライブ



「プライド硬度計」

          ストーリー 山本高史
             出演 山本高史

いつものバーで、ヨシダが思い出したように「ちょっと考えたんだけどさぁ」と言う。
(いいこと思いついちゃったんだよね)の顔だ。
「何?」と、オレが聞くと「プライドって、あるじゃん」と、ヨシダ。
「あるよ」と、オレ。
「プライドが傷ついた、って言うじゃん」と、ヨシダ。
「言うよ」と、オレ。
「あれさ、自分はその辺です、って言ってるんだよ」
「どうゆうこと?」
「Aという事実でプライドが傷ついたってことは、
そいつのプライドはAという事実よりも柔らかいんだよ」
なるほど。
「つまり自己申告しているんだね、自分のプライドの硬さ」
そういうことになるかな。
「それをオレはね、『プライド硬度』と名づけたわけ」
ヨシダ得意の(いいこと言うでしょ!)って顔だ。まあいい。
「それで何が、例えば硬度5なわけ?」と、オレ。
「そこまではまだ考えてない」と、ヨシダ。
・・・なんだよ。

カッセキホウニシテケイリンナガシセキオウコウニシテダイヤアリ。

「じゃあ硬度5から決めようか」と、ヨシダ。
「まず自分で決めろよ」突き放す、オレ。

熟考約5分。

「じゃあ、『クライアントに、自分の意見よりも部下の意見を尊重される』ってどう?
それで傷ついたらプライド硬度5」やっと、ヨシダ。
「そういうことって傷つくんですか?」と、ウエダ。オレの会社員時代の部下だ。
「オマエにはそういうことはなかったけどな」オレ。
ウエダ、ムッとしている。
「まあ、この辺から上下を決めてみようよ」ヨシダ。
「まず前後、だな。4と6」オレ。
「『知り合いからの郵便物のあて名の自分の名前が、ずーっと誤字』ってどう?」
このバーのバーテンダー、マツが割り込んできた。
面白くて悲しいね、それ。

「じゃあ『休日出勤で夜家に帰ってきたら、家族全員食事に出ていた』は?」ヨシダ。
「わかるよ」マツ。
そうなの?オレ、わからないよ。
でも「それとさっきの『誤字』とどっちが上?」
「こっち」と、ヨシダ。
「こっち」と、マツ。
じゃあ、「自分以外の家族が食事」をプライド硬度6ね。「誤字」は4。

「ぼく、よく歩いているときカラスに頭を突かれるんです」ウエダ。
それがどうした?
「ぼく、それで結構プライド傷つくんです」
「プライドって問題かね」マツ。
ウエダが大急ぎで反論する。
「だって、動物になめられているんですよ。人間の尊厳に関わるじゃないですか!」
でもそれって、オマエの尊厳はカラスと並び、ってことだぜ。
「オマエ、よくイヌに吠えられるだろ?」
「はい」
「傷つく?」
「たまに」
決定「カラスに突かれる」は硬度1。
「あと、ラーメン屋で注文の順番をよく間違われます」ウエダ。
別にオマエの情けない話を聞く会ではないのだが。
「それでプライドが傷つくって言うの?」
「もちろんです!」
じゃあ、「ラーメン屋で注文の順番を間違われる」を硬度2でいい。
ウエダのプライドは柔らかいね。

「見え見えの義理チョコは?」ヨシダ。
今さらする話題かね?でもマツが続ける。
「そうなんだよね、割と凹むよ、毎年」
「ウチの社員の女のコに、たまにコンビニの袋から渡されるんだぜ」ヨシダ。
「ぼくは毎年です」と、ウエダ。
そういうの、傷つくより怒れよ。
「入れとこうよ」ってヨシダが言うから、まあいいか、
「ラーメン屋の順番」と「自分より信頼される部下」の間くらいのような気が
しないでもないから、硬度4。

下の方が埋まったな。

「昨日息子と腕相撲したらさ」ヨシダ。
「負けたんだろ?」オレ。
「完敗」
やっぱり。
「ヨッちゃんとこ、いくつだっけ?」
「中1」
まあキツイのはわかるけどさあ。
「オスとしての現役感を否定された感じがしてさ」
そんなことで泣きそうになるなよ。
「これ硬度7にしてくれないかなあ」ヨシダ。
懇願するなよ。遊びじゃないかよ。
わかりましたよ、はい、決定。オスの現役感の否定は、プライド硬度7。

「部員全員にアンケートをとって、部内で要らない人NO.1に選ばれちゃったら、
さすがにプライドズタズタでしょうね」
何てこと考えるんだ、ウエダ。
「7票-3票-1-1-1-1、みたいな感じでちょっと抜けたNO.1」
そりゃもう会社行きたくないよな。
「2位の人は定年前だったりするんですが、自分は働き盛りのはずの38才」
ウエダ君、キミ、ブラックだなあ。
「7票の内訳は、先輩後輩も、男女も半々くらいで、偏りのない幅広い支持」
わかりました。硬度8です。オレはもうこの辺で傷ついてといてもいいかな?

「妻を後輩に寝取られる」暗い声で、マツ。
なんか壮絶な話になってきたな。
「そりゃダメだわ」ヨシダ。
オレもそう思う。
しかしそんなことまで引き合いに出して、プライドを測るべきなのか?
とりあえず、プライド硬度9に認定。

「妻を後輩に寝取られる」が9ということは、
それでも傷つかないプライドが存在するということだ。
カラスに頭を突っつかれて傷つくプライドと、妻を寝取られても傷つかないプライド。
人生いろいろ、プライドいろいろ、か。
とっとと硬度10を見つけてこのゲームにおさらばしたいという気持ちと、
その10のとんでもない予感におびえる気持ちが一緒くたになって、
男たちは黙り込んでいた。

「・・・痴漢」ヨシダが自分の余命を告白するかのように口を開いた。
もう聞きたくもないが聞かざるを得まい。
「・・・どういうこと?」
「・・・痴漢で誤認逮捕」
あああ、それ無茶苦茶だわ。
男4人、うつむく者2人、宙を見上げる者2人。
まあいいさ、これでやっと終われる。プライド硬度栄えある最高峰は
「痴漢で誤認逮捕」に決定されました!いいよな、これでもういいよな。

「あのー」
やめとけよ、ウエダ。これでいいじゃないか。
でもウエダは続ける。
「『痴漢で誤認逮捕』でプライドが傷ついたら、プライド硬度『10』なんですよね?
ということは、それでも傷つかなかったらプライド硬度はどうなるんですかね」
会社ではいちばん要らない人に選ばれて、家では後輩に嫁さんを寝取られて、
ついには痴漢で誤認逮捕されても傷つかないプライド?

あのな、その人、プライドないんだよ。

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細川美和子 2010年2月20日ライブ



世界で一番長い日

            ストーリー 細川美和子
               出演 清水理沙
                 
世界で一番長い日、
それはいつだと思う?

世界で一番、顔もみたくないようなケンカをした日?
世界で一番、あっけないくらいカンタンに仲直りできた日?
世界で一番、鳴ってほしい電話が鳴った日?
世界で一番、鳴ってほしい電話が鳴らなかった日?

世界で一番、生きていてよかったと思った日?
世界で一番、消えてなくなりたいと思った日?
世界で一番、願っていた願いが叶った日?
世界で一番、願っていた願いが叶わなかった日?

世界で一番長い日 
それは、いつだって今日なんだ
地球の自転は100年に0.002秒ずつ
遅くなっているらしいから

今日がそう
いつだって世界で一番長い日
だから毎日
わたしたちは終わりから遠ざかっているんだ
太陽のまわりをぐるぐるとまわりながら

だとしたら
あんなふうにあせることはなかったのかもしれない

終わりの予感に追いかけられて
あんなふうに不安になることも
さびしくなることも、問いつめることも
くらべることも

あんなことばで
傷つけることも、傷つけられることも

だとしたら
世界で一番長いその日に
もう一度わたしはあなたに会いたい

そしていつか
ずっとずっとずっと未来に
夕陽がずっと沈まない日がくるとき
わたしはきっと過去から自由になって
ずっとずっとずっと未来に

夜がずっと
終わらない日がくるとき
わたしはきっと未来から自由になって
ずっとずっとずっと未来に

朝がずっとこない日がくるとき
わたしはきっと
わたしから自由になって

世界で一番長いその日に
だれよりわたしは
あなたに会いたい

出演者情報:清水理沙

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中山佐知子 2010年2月20日ライブ



時間のはじまりの岸辺で

          ストーリー 中山佐知子
             出演 大川泰樹

時間のはじまりの岸辺で
過去という名の僕は
未来という名のあなたをさがしていた。

過去という名の僕はまだ住むべき家を持たず
未来という名のあなたはまだ進むべき道がなく
だから、ふたりはここに漂っているしかなかった。

時間のはじまりの岸辺で
僕はあなたの髪の匂いを感じることがあったし
時間のはじまりの岸辺で
あなたの背中と首筋が緩いカーブを描いているのを
思い描くことができた。
そしてその先のほのかな輪郭も僕は知っていたように思う。

たぶんあなたも僕の存在をどこかで確信しているだろう。
僕の爪の形や目の色をもう知っているだろう。
もしかしたら、僕の声が
あなたの耳に届くこともあっただろう。
そう思うだけで、僕のカラダは
少しあたたかくなって眠くなって
この岸辺がとても心地よい場所に思えていたのだ。

時間のはじまりの岸辺にはほかに誰もいなかったから
未来という名のあなたは完全に僕のもので
過去という名の僕は完全にあなたのものだったから
本当はさがす必要などなかったのかもしれない。

けれども、時間のはじまりの岸辺で
前触れもなく出会ってしまった僕たちは
しばらく立ちすくみ
たちすくんだままお互いの顔と躯を目でなぞりあい
それから何歩か前に進んだ。

もう手と手が届く距離だった。
僕たちは利き腕を相手に差し出して
手のひらの親指と人差し指の谷間を
相手の谷間に食い込ませながら
はじめて結び合った。

そのとき
時間のはじまりの岸辺に光と温度があふれ
四つの力とふたつの物質が生まれ
過去という名の僕と未来という名のあなたの
ふたりの手のなかから現在が生まれ
止めようもない時間の流れがはじまった。

宇宙のはじまりであるビッグバンは
だいたい
こんなできごとだったと記憶している。

出演者情報:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/  03-3478-3780 MMP

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