坂本和加 2024年12月22日「なまえのやくそく」

なまえのやくそく

   ストーリー 坂本和加
      出演 平間美貴

ちょっと前に良い話を聞いた
とある役者さんの名前の話だ。

来年控えている大きな仕事と
自分の名前がよく似ているのは理由があった。

それは同じ役者だった父の願いが込められた名前。

初めて知った自分の名前の由来と父の思いに、
大いに驚くといった感動ストーリーだった。

そうだ

名前は名付けた親の願いそのものだと
あらためて思った

私の名前は父がつけた
画数にこだわって
どうしても使いたい漢字にもこだわって
悩んでつけてくれた名前だった
おかげで姉も兄もみんな同じ画数になった

和加という名前は
音も漢字も当時はちょっと珍しくて
名前をネタにからかわれた。とても嫌だった。
いい名前だねとほめられるの嫌だった。恥ずかしいから

わたしは自分の名前が好きではなかった。
それについて深く考えることもなかった。

中学の時、古文の授業で「いろはうた」の
元になった漢字に自分の名前を見つけて
「そうだったのか〜!」と、感銘して帰宅したら
父の返事は「そんなの知らない」。

がっかりして、母に後から聞いた名前の由来は、
「和を加える、じゃないの」という
そのまますぎる内容だったけれど、
「和」には「なかよくする」という意味もあれば
「やわらぐ」や「おだやか」「なごむ」、
ひいては「日本のこと」だったりもする。

「ワ」という音は、輪になるの「ワ」だなとも思った。

父は私が学生のうちに他界してしまったので
私にどんな「和」を加える人になってほしいのか
もう聞くこともできない。

けれど人付き合いの苦手だった父を思うと、調和、の和かなと思う。

え・・・・・・。そっちの和はあまりにも立派すぎる。

どこへいっても、なんとなくはみ出してきた私に
そんな素敵なことができた試しがあるはずもなく。
あの役者さんのような感動ストーリー!にもまったくなってない。

コピーライターは、
日本語を使う、和っぽい仕事と
浅はかに喜んでいただけでした。

・・・・・・じゃあ、いまからでも。

もう死んじゃったんだから、
父との名前の約束に、遅いも早いもないよ。

そうと決めて、鏡の前で、笑顔をつくる。引きつっている。

がんばろー、私。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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関陽子 2024年8月11日「5cmの秘密」

5㎝の秘密

ストーリー 関陽子
    出演 平間美貴

時代に取り残されたような店。
と入力してAIが画像生成したような、時代に取り残された店だった。

新幹線も止まる駅の前の大通り。
まりちゃんはその木造の古びた一軒家の前で、
「ここ、ぶりの漬け丼が美味しいらしいよ、お昼ここにしない?」と言った。
潔癖なまりちゃんにしては
珍しい店を推すなと思ったけど、
きっとネットで評価が高いんだろう。まりちゃんは潔癖で、ミーハーだ。

人生で食べた漬け丼の中でNO.1。
コピーに書いて出したら即アウトな感想だけど、本当にそうだった。
ふつうの醤油とお酒と味醂・・以外にぜったい何かある。
テラテラしたぶりに絡んで、硬めのご飯にちょっと染みて、
ザクザク切った青ネギの香りも良くて。
嘘みたいにおいしい。
お昼時は外したとはいえ誰もいない、年月の香りがする店内。
おじいちゃんが一人でもそもそと作っていた時には
ほとんど期待してなかったのに。

「おいしかったねえ」
空っぽの丼を置いてまりちゃんが声を出すと、おじいちゃんが
うちはタレを寝かせてから使うからうまいんだよ、と言う。
「ですよね。外から見て、絶対ここおいしいと思ったんですよ、当たった!」
おお、いいね。これぞ旅の出会い、としみじみ思った時。

私たち以外誰もいない店内に、何かが動いた。

私の視線の先。まりちゃんの肩の向こう。壁時計の横。
うーん。どう見ても。これは。(ピー)だ。それも、親子のような大小コンビだ。

「おいしかった〜、やっぱ東京とは違うね」
キャリーバッグ越しに機嫌よく話してくるまりちゃんに
「うん、おいしかった」と相槌を打つ。
心の中で
(やっぱ(ピー)も東京とは違ったよ、透明で大きかったよ)とつけ加えた。
「今回の始まり、最高じゃない?」
その声のように、駅に入ってくる路面電車もキラキラと太陽を浴びている。

あーあ、親友に秘密を持ってしまった。
あれから15年。まだその秘密は秘密のまま。
墓場まで持っていくかは、まだ決めてない。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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近頃は平間っぽい原稿が多い(2024年8月号の収録記)

平間美貴さんはちょっと変な人で、
ナレーションもちょっと変で面白いのですが、
その変さが似合う原稿がこのごろ多くなりまして、
なんだかTokyo Copywriters’ Streetをお願いすることが
増えた気がします。
そして、仕上がったものを聴くと、やっぱり面白いのです。
今回は8月11日掲載の関陽子さんの原稿を読んでくれました。
お楽しみに (中山)

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三島邦彦 2024年6月16日「晴れ男の雨」

晴れ男の雨  

ストーリー 三島邦彦
   出演 平間美貴

彼がどれくらいの晴れ男だったかというとね、
小学校から高校を卒業するまで遠足も運動会も文化祭も
修学旅行も卒業式も一度も雨に降られたことがなかったのはもちろん、
家族とか友達との旅行とか部活の試合とか、
どんなイベントも雨で中止になったことがなかったの。
だから雨天決行っていう言葉というか概念が
ずっとよくわからなかったんだって。

もちろん特別なイベントがない日には雨が降るから、
彼が住む町も水不足っていうことにはならなくて、
ずっと平和に生きてきたんだけどね。

わたしとのデートでも必ず空は晴れていて、
旅行の予定を立てる時とかは
そんな彼のことをとても頼もしく思っていたの。
だって雨の心配をせずに予定を組めるって、素敵なことでしょ。

でも、なんでだろうね。

そんな彼との結婚式の今日が雨だったなんて。

今日って、彼にとってイベントじゃないのかな。なんてね。

ううん。雨が嫌ってわけじゃないの。雨でもいいの。幸せなの。
雨が降らないとこの世界は干からびてみんな死んでしまうわけだし、
雨は自然の恵みだと思ってる。
今日スピーチしてくれた人はみんなそんなことを言ってたし。
天気の話をしないようにしてくれてる人も、
雨っていうのを素晴らしいものだっていう人も、
どっちもやさしいなって思ったよ。

でも、やっぱり、それでもね。
これまでイベントごとにはすべて雨を避けてきた彼なのに
なんで今日は降ったんだろうっていう意味を考えちゃうの。
もしも今日が特別な日じゃないとしたら、
いつが特別な日なんだろうって。

彼がとんでもない晴れ男だっていうことを知らなかったら
こんなこと、気にするはずもないのにね。
きっとすべては偶然で、
むしろこれまでがおかしかっただけなのにね。

彼?
いや、何も言ってない。
今日の朝から、雨については何もふれようとしなかったの。
ひょっとしたら、雨が降るってわかってたのかもしれない。

うん、そうだね、前向きに考えるとしたら、
この幸せは特別じゃなくて日常になるっていうことだよね。
そうだよね。きっとそうだよね。ありがとう。

こんな時間に電話してごめんね。
聞いてくれてありがとう。今日はほんとに、ありがとうね。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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片野陽子 2024年2月11日「満面ニコニココンセント」

満面ニコニココンセント

ストーリー 片野陽子
   出演 平間美貴

つながれてる感じが嫌なのよ。
身動きできないような。
囚われているような。
毎日何本も紐を鞄に入れて、
自分からつかまりにいくみたいな
感覚があるでしょ。
キミがいないと成立しない世界が
あたり前ってことにも反抗したくなるの。
キミとつながって100%に満ちていく
ものを見ていると、引き換えに
吸い取られちゃう気がするんだよね。
キミはそんな私をいつも、ほうほうって眺めてるでしょ。

キミとの関係性を変えられるかもしれない良いアイデアがひらめいたのは、
アイドルがすっぴんからメイクを完成させるまでの
動画を見ていたときだった。
思ったの。キミをもっと、「顔」にしちゃえばいいんじゃないかって。
キミの顔を書くためのマジックは水性がいいか。
油性がいいか。ずいぶん悩んだ。
油性を選ぶメンタルでありたかったけど、
賃貸アパートだから水性にしておいた。
キミをどんな顔にするのがいいだろう。
まぬけな顔がいいか。戦ったら勝てそうな顔にするのがいいか 。
寝そべって肘をついてキミと向き合うと、
キミの上にうっすら埃がのっていた。
ティッシュで拭いてみたけど、まだ汚れがある。
キミの顔全体の汚れを水拭きでもして綺麗にしたいところではあるけど、
キミの怒りに触れて感電するとまずいから、やめておこう。

「私が使うのは水性サインペン黒 0.8mm。
ちょうどいい太さがポイント。まず、右眉毛から描いていきます。
まっすぐに、平行めに。眉毛は顔の印象を変える重要なポイントですから、
慎重に、慎重に。はい書けました。いい感じです。
左も同じように書いていきます。
続いては口。口は大きく口角のあがった、笑顔にしていきます」

キミをどんな表情にするか迷ったけど、笑顔にすることにした。
満面の、やりすぎくらいの、胡散臭いくらいの、笑顔に。
水性ペンで眉毛と口を書かれたキミは、不服そうだけど幸せそうだ。
部屋中のキミに顔を書いてしまえば 、
毎日毎日、パソコン スマホ 会社のスマホという
とにかくいっぱいの紐をそれぞれコンセントに挿して充電をするのが
おっくうでなくなるかもしれない。
部屋には2口タイプのコンセントが2か所。キッチンと玄関には1か所づつ。
全部、笑顔のキミにしようか。
いや、ちょっと眉毛が下がり気味の、困り顔のキミも、推せるかもしれない。
とりあえず、
いつもは面倒くさくてなかなか挿せないスマホの充電器を、
やりすぎくらい笑顔のキミにつないでから考えよう。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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永野弥生 2023年11月5日「平行線」

「平行線」 

ストーリー 永野弥生
   出演 平間美貴

君と僕は、どこまで行っても水平線だね。

そう彼が言ったとき、私はすぐに言い間違いだと気付いた。
本当は「水平線」ではなく「平行線」と言いたかったはずだ。
現に話がまったく嚙み合っていなかったし、
彼の言い間違いには慣れっこだった。
「情けは人のためならず。時には厳しくしないとね」とか、
「何をしでかすかわからない気が置けないヤツだ」とか、
本来の意味とは違う覚え方をしていることが多かった。
そして、今日、「水平線」ならぬ「平行線」
と言われた理由もまさにそこにあった。
彼は私の言葉も、違った解釈で受け止めることが多く、
極端な話、同じ気持ちでいるのに、
真逆の解釈をして、それが原因で議論が平行線になるのだ。

そして、彼はこう続けた。
そもそも、僕らはいろいろと違っているよね、と。
豆腐は、僕が「木綿」で、君が「絹ごし」。
唐揚げは、僕が「レモンなし派」で、君が「レモンかける派」。
逆にハイボールは、僕が「レモンあり」で、君が「レモンなし」。
餡子は僕が「こし餡」で、君が「つぶ餡」。
テレビは、僕が「ドキュメンタリー」で、君が「ドラマ」。
枕は、僕が「低反発」で、君が「高反発」。
挙げるとキリがないよね、と。

ああ、今夜こそいよいよ別れ話になるのかな、と
覚悟を決めたところで、彼はさらに続けた。

僕らはまったく違っていて、
空と海みたいに違うものなのに、
くっついていて、切り離せなくて、水平線みたいだよね。

解釈を間違っていたのは私の方だった。

そして、彼は取り違えることのない言葉で締めくくった。
僕は、君といるから自分の中にはなかった価値を知って、
人として深くなったり、心が広くなったり、
幸せだと思えることが増えたんだ。と。

私は、一体いつから間違えていたんだろう?
どこからどこまで間違えていたんだろう?
悲しんでいるのか、よろこんでいるのか、
わからない気持ちになった。
だけど、相反するその気持ちも、
結局は水平線なのかもしれない。



出演者情報:平間美貴 03-5456-3388 ヘリンボーン所属

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