当麻和香子 2022年4月3日「三ノ輪の鳩はよく肥えて〜鳩子姉さん語りき」

「三ノ輪の鳩はよく肥えて 鳩子姐さん語りき」

ストーリー 當麻和香子
出演 清水理沙

クルックー
人間のみなさん
鳩のお話きいてくださるかしら

名は鳩子 鳩子姐さんと呼ばれているわ

東京は台東区三ノ輪
上野浅草から少し歩いて
昔はそう、山谷と呼ばれた風変わりな一帯で
あたくしは生まれました

この街には小さなパン屋がたくさん
スーパーの中にもパン屋、
ケーキ屋の中にもパン屋、
そしてそれは大体、公園の近くにあったのです。

ちょっと見てみましょう。

ショウケースには
コロッケパン 100円
焼きそばパン  80円
クリームパン  60円

鳩でもわかる、
破格の街パン価格です。
で、見せたかったのはこれ。
“パンの耳 ご自由にどうぞ”

この0円のパン耳を
おじさまやおばさまが
公園でくれるってわけ。

ひとくちにパンの耳と言っても
投げる人で味わいが違います。
あたくしの場合はおじさまが多かったけれど、
パンの耳を投げているときに
何を考えているか
どんなふうに寂しいんだかも
なんとなくわかるようになりました。

ここ三ノ輪では街全体が巣のようなもの。
餌の豊富な繁華街の鳩よりも、
あたくしたちがふっくら大きな鳩になるのは
不思議な話ね。

同じ東京でも西の住宅街で暮らす鳩は
高い木の上で小さな頃から
一粒おいくら?っていうピーナッツを食べたりするそうで、
それを聞いた当時のあたくしは
血気盛んなひよっこの鳩でしたから、
クソくらえとそこかしこフンをかましてやりました。

あれから羽根も何度か生え変わり
今は都会でコンビニ弁当などつついたりしています。
仲間もできました。

そんな今でも思います。
ピーナッツでできたフンよりも
0円パン耳のフンのほうがずっとずっと力強い。
人生の結晶よ。

クルックー
あたくしはパンが好き
ずいぶんお世話になったわ

でももういらない

あたくしの世界はもっと広いと
気づいたのですから

この羽でどこへでも飛んで
なんだって食べられるんですから

出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

録音:字引康太


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直川隆久 「帳尻 2022」


★2022年3月は直川隆久特集です

帳尻

ストーリー 直川隆久
 出演 清水理沙

 こと。
 という音がして、目の前に、豆の入った小皿が置かれた。
 炒った黒豆のようだ。 
 取材で初めて訪れた街のバー。
 70くらいのママが一人でやっている。
 カウンターにはわたし一人だ。
 中途半端な時間に大阪を出ることになって、
町についた頃にはほとんど店が開いてなかった。
とりあえずアルコールが入れられればいいやと開き直って、飛び込んだ店。
 タラモアデューがあることに喜んで、水割りを注文した。
 ママは、豆を置くと、氷を冷蔵庫から取り出した。
黒いセーターにつつまれた体の線はシャープで、
ショートボブの頭には白いものがまじっているが、生えるに任せる、
というその風情がさばさばした印象を与える。
 なかなかいい感じの店じゃないの?
 今回はB級グルメが取材目的だから少しずれるけど、
ここは覚えておいて損はないかもしれない。

 水割りを待ちながら、豆を噛む。
 あ。
 おいしい。
 なんというか、黒豆の香りが、いい姿勢で立ち上がってくる感じ。
 
「あの、このお豆、おいしいですね」
「あら、そうですか?よかった」
「ふつうのと違うんですか」
「わたしの知人がね、篠山の方で畑をやっていて。
農薬はむろん、肥料も使わない農法で育てた豆を、
時季になると送ってくれるんです」
「へえ」
「お口にあいましたか」
「すごく」

 うん。なかなかの「趣味のよさ」…
しかも、おしつけがましくなく、さらりと言うところが
また上級者という感じだ。
 と。
 と音がして、革製のコースターの上に水割のグラスが置かれる。
 お。
 黒の江戸切子のグラスだ。淡い水色と透明なガラスのパターンが楽しい。
 一口飲む。
 うん。少しだけ濃いめ。好みの感じだ。
 当たりだわ。
 
 と、メールの着信音が鳴った。
 見ると編集部からで、記事広告の修正案を大至急送れという。
タイアップ先のガス会社の担当者が明日から休暇なので、
今日中にOKを貰わないと、というのだ。
 わたしは、心の中で盛大な舌打ちをして、鞄からパソコンを取り出した。
「すみません」とママに一礼してから、急いでワードのファイルと格闘をする。
アルコールが頭に回りきる前でよかった。
 30分ほども使ってしまっただろうか。ようやく形が整ったので、
メールに添付する。
メール本文には「お疲れ様です」の一言を入れず、要件だけ。
あなたに気遣いしている余裕はこちとらありませんよ。
という無言のアピール。
 送信ボタンを押したとき、ママの声が聞こえた。
「氷が融けちゃいましたよ」
 あ、と気づき、すみませんと言いながらグラスに手を伸ばしたその瞬間。
 ママの手がすっとわたしの視界に入ったかと思うと、グラスを取り上げ、
そのまま流しにじゃっと中身をあけてしまった。
 え、ええっ?
 わたしが目を丸くしていると、ママはグラスを洗いながら早口に言う。
「ごめんなさいね。でも、氷で薄まった水割りって、まずいから…」
 いや、そうかもしれないんですが…あの、怒ってません?怒ってますよね。
「つくりなおしますからね」
「あ、いや、でも」
「いいの、サービス」

 そうか。たしかに、サービスなら、いいのかもしれない。
 ん?いい…のか?
 わたしは妙な気分だった。怒ったほうがいいのか、喜んだほうがいいのか。
 これは、人によって反応が違うだろうなと思った。
勝手にグラスの中身を捨てられて激怒する客もいれば、
新しい酒がただで飲めて嬉しいという人もいるだろう。
 確かなことは、わたしが水割を放置したことを、
彼女は「失礼」だと思っている。
 それは確かだ。
でも、そこまでしなくてもいいのではと思っているわたしがいる。

 と、ふと、いつも考えていたこととつながった気がした。
 (わたし含めて)小さい人間は、いつも心の中で「期待」と「見返り」の
帳尻を合わせながら生きている。と思う。
 おはよう、という。これは、相手があとで「おはよう」という返事を
返してくれることを期待している。
で、実際に相手から「おはよう」と返ってくる。
気分がいい。なぜなら、帳尻があうからだ。 
 逆に、ラインでメッセージをだしても、返事がないようなとき。
これは、期待にみあった見返りがない。帳尻があわない。だから怒る。 
 この帳尻合わせを、頻繁にしないと気がすまない人と、
わりと長いスパンの最後の最後に合っていればいいや、という人がいる。
この時間感覚はみんなバラバラで、
かつ、各々が自分の感覚をスタンダードだと思っている。
人間どうしの齟齬とか行き違いって、
ほとんどこれが原因で起こっているんじゃないかと思うくらいだ。
(ついでに言うと、この帳尻をあまり頻繁に考えない人のほうが、幸せそうだ。)

 脇道が長くなったけど…要するに、このママは帳尻合わせをものすごく
頻繁にしないと気がすまないタイプなのでは、と思ったのだった。
 ケチなわけではない。
 相手への投げかけは、ちゃんとした品質のものを差し出す。手はぬかない。
そこには「これだけの投げかけにはきちんと反応してよ」という高い期待も
込みだ。
 だから、というべきか。その期待が裏切られたかどうかという判断も、
すごく早い。
 ある、理想の店主、という役を演じたからには、客も理想の客であって当然だ。
と考えるタイプの人なのだろう。でも、わたしはそうでなかった。
だから、見切りをつけ、グラスの中身を捨てたのだ。
「恩知らず」と言わんばかりに。
 
 と。
 と音がして、目の前に次のグラスが置かれた。
 これを飲んで帰るべきか。
 それともグラスには口をつけないまま席を立ち、
ママに「貸し」をつくるべきか。
 わたしは、しばし答えを出しあぐねた。
 ママが、カウンターにこぼれた豆の粉を布巾で拭くのが見える。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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中山佐知子 2021年12月26日「オオカミ」

オオカミ

    ストーリー 中山佐知子
       出演  清水理沙

オオカミを連れて行く、と私は言った。
出て行くための条件だった。
何でも3つだけ持って行くのを許されたのだ。
オオカミはチビの頃に親に逸れて弱っていたのを
私が見つけて手当てをしたオオカミだった。
男たちはオオカミに餌を与え、一緒に狩りをすることを教えた。
これからの旅を考えるとぜひともオオカミが欲しかった。
あとは、ここでいちばん年をとった女と狩の下手な男が欲しいと言った。
オオカミには渋い顔をしたリーダーも
これを聞くとゲラゲラ笑ってよかろうと言った。
役に立たない人間をふたりも連れて行ってくれるのは
大歓迎というわけだ。
すると、年をとった女と背の高い男が素早く進み出て私の横に並んだ。

出発は翌朝で、それぞれ自分の荷物を担いでいた。
私はオオカミを連れていた。
年をとった女はキャンプを出てからずっとクスクス笑っていたが、
とうとう口に出して言った。
「あの男が大きな顔でいられるのも長くない。
役に立つ人間ばかりをこんな風に追い出すようではね。」
年をとった女は驚くほど足が達者で先頭を歩いた。
どうやら目的の土地があるようだった。
オオカミが油断なく目を配りながらその後に続き、
狩りの下手な男はいちばん後で鼻歌を歌っていた。

私たちが住処に決めたのは大きな川の岸辺の
ちょっと引っ込んだ土地だった。
遠くに海も見え、背後にはまばらな森があった。
人を襲うような凶暴な動物はいない。
もしいたとしても、オオカミが守ってくれる。
そこは砂漠から山へ移動するガゼルの通り道にも近かったが、
狩の下手な男にガゼルの肉は期待できそうになかった。
しかし、年をとった女が言った。
「大丈夫。とびきりの狩人が肉をくれるよ。」
本当にその通りになった。
狩の下手な男は石を削って鋭いナイフを作り、
貝殻や亀の甲羅や動物の骨や歯から美しいベルトや腕輪を作った。
ガゼルを追って近くを通る狩人に見せるとみんなそれを欲しがり、
かわりにたくさんの肉を置いていった。
肉がないときは川の魚や鳥の卵があった。砂浜で貝も掘ったし、
森へ行ってドングリやピスタチオを集めてもよかった。
実を言えば狩の下手な男もオオカミの助けを借りて
たまにはシカを仕留めることがあったのだ。

私は年をとった女と相談して昴が西の空に傾く春を待ち、
土を耕して食べられる草の種、いまで言う豆や麦を播いた。
これらは保存がきく上に土に播けばいくらでも増やせる食べ物で、
実際に秋の収穫は期待以上だった。
私の一族はなぜそれを嫌うのだろう。
植物を育てるには同じ土地に定住しなくてはならないからだ。
彼らにとって旅をやめることは生きるのをやめることだった。
しかし、子供を抱えて難儀な旅をする母親や
歩けなくなって置き去りにされる年寄りを見ていると
旅をしない暮らしの方がよほどいい。
そうして私は一族を離れ、ここに来た。

その冬はオオカミの姿が見えなくなっていた。
たまにあることなのでさほど心配せずに
昴を目印にして春の土を耕し、また種を播いた。
緑の芽が伸びる頃になって、
オオカミが恐縮した様子で2頭の子供を連れて帰ってきた。
「いいんだよ」と年をとった女が言った。
「ちゃんと養えるからね。
 オオカミの子供だけじゃなく人間の子供だって養えるのにさ」
そう言って、年をとった女はオオカミの頭を撫でながら
私の顔をじっと見た。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

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清水理沙ちゃんの10年

8月のTokyo Copywriters’ Streetは
ナレーターの皆さんに過去の作品を自由に選んでもらいました。
これはときどきやっていることで、
「あれを自分が読みたかったな」というものを読むチャンスになります。

清水理沙ちゃんが選んだのが「流れ星」という作品で
これは2009年に本人が読んでいる原稿です。
収録してみてびっくり。
10年どころか12年の歳月が経っているわけですが、
うわ〜、声が違う。
いまさらナンですが、大人になったなあ。

どう変わったかと言われるとむづかしいのですが、
低音が出ていて豊かな声になっています。
上が2021年8月、下が2009年12月です。
聴き較べてみてください (なかやま )

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三井明子 2021年8月22日「流れ星(2021)」

流れ星
          
ストーリー 三井明子
出演  清水理沙

気づいた時には、毎晩、
私の家で井上と食事をとるようになっていた。
その井上という男は、魚と野菜が好きで、酒もよく飲んだ。
私は井上のために、仕事帰りに新鮮な魚を買い、
野菜の煮物をつくった。
井上はおいしいおいしい、と言ってもりもり食べた。
私はそんな井上を見るのがうれしくて、
毎日がおだやかにすぎていった。
井上のことは、何も知らなかった。
どんな仕事をしているのか、
小奇麗な洋服はどこで買っているのか、
年齢も同世代ということしかわからない。
でも、特に知らなくてもいいと感じていた。
井上はギターが上手で、酒に酔うとよく弾いてくれた。
旅がすきで、若いころは気に入った町を見つけては、
転々としていたことを話してくれたことがあった。
「まるで渡り鳥みたいね」と私が言うと、
「渡り鳥なんかじゃないよ」と言った。
ある冬の日、夜空をながめながら、星座の話をした。
まぶしいくらい美しい冬の星座を、
2人でながめながら酒を飲んだ。
とても幸福な時間だった。
井上と過ごすことが、当たり前だと感じはじめていたある日、
井上は静かにいなくなった。
帰宅すると、井上の持ち物がぜんぶなくなっていたのだ。
といっても、井上の持ち物といえば、
ボストンバックひとつに収まる程度だったのかもしれない。
井上がいなくなった。
それを静かに受けとめると、
私は生きる意味を失ったように感じた。
食べることも、寝ることも、息をすることも無意味に感じて、
ただただ放心するばかりだった。
次第に、井上との日々は現実ではなかったように、感じるようになった。
井上との日々は、長い長い夢を見ていたのかもしれないと、
自分でもわからなくなった。
それから数日後、数人の男たちが私の部屋を訪ねてきた。
警察だった。
男の写真を見せられ、「見覚えはないか」と聞かれた。
髪型も雰囲気も違ったが、井上だった。
警察は「男の行き先に心当たりはないか」と、私に尋ねた。
私は「それを知りたいのは私の方だ、
何か分かったら教えてほしい」と聞き返した。
警察は、「その男は、井上ではなくイチハラという名前だ。
何か手がかりを思い出したら教えてほしい」と連絡先を残し、出て行った。
ドアの向こうで、彼らが話しているのが聞こえた。
「ホシはどこに流れていったんでしょう」と言っている。
そうか、井上は、渡り鳥じゃなくて、流れ星だったんだ。
と私は気づいた。
井上は、いつか流れて、ここに戻ってくるかもしれない。
だから、それまで引っ越しはやめよう。
井上のために毎日新鮮な魚を買って帰ろう。
そうとっさに、私は思った。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/ 

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直川隆久 2021年7月18日「お天気」

お天気
    
    ストーリー 直川隆久
      出演  清水理沙

わたしの夢  2年C組  大崎沙耶

わたしは将来、気象調整士の資格をとって、気象省で働きたいと思っています。
社会見学でお邪魔した気象省で、お話をうかがって、
とても感激したからです。
みんなが幸せになるように、天気を操作できるというのは、
とても素晴らしい仕事だと思います。

わたしのおとうさんは
「気象省からなら、将来は文字どおり天下りだなあ」などと
嫌なことを言うのですが、
わたしは、気象省の人たちは、そんなことはしないと思います。
「天気というのは、公共財なんです」とお話を伺った方はおっしゃっていました。
ですから、一部の人たちだけの有利になるような操作はできないのです。
ビール業界は、晴の日が多いほうが嬉しい。
傘をつくる会社は、雨が多いほうが嬉しい。
テーマパークは、晴のほうが嬉しい。
農業や林業は、雨がなければ困る。
このように、多種多様な利益のバランスをとるのが、気象調整の仕事で、
それはとてもやりがいのあることだと思うのです。

ちょうど先週、来年の天気の年間予定が発表されました。
晴の日が300日、雨の日が20日しかありません。
わたしは晴が好きなので嬉しいのですが、
おとうさんは「いまの気象大臣が、観光業界と癒着してるからだ」
などと怒っています。
わたしは、そんなふうには思いません。
気象大臣も、気象省の人も、そんな単純なことで天気を決めるとは
考えられないからです。もっと深い考えがあるはずです。
でも、わたしが気象省のお仕事でいちばんあこがれて、やってみたいなと思うのは、
虹を作る仕事です。

特に、C-ウイルス治療の最前線で戦われているみなさんを励ますために、
空に大きな虹をかける「レインボーオブホープ」は、とても感動的で、
ほんとうに憧れます。
あの仕事に関われるのは気象省の中でも一部の方だけ、
ということなので、難しいかもしれませんが、
がんばって一流の気象調整士になりたいです。

空にかかる大きな虹をみんなで見上げると、一体感がうまれて、
わたしは、こんな素敵なことができる国に生まれてよかったなあと思います。
例によっておとうさんは「政権の人気とりだ」などと言いますが、
おとうさんもきっとわかってくれると思います。
先日、公安省の方にメールを送ったので、
おとうさんを再教育施設に入れていただけそうです。
再教育はほんの1週間で済むので、「リフレッシュ」みたいなものだそうです。

おとうさんが再教育施設から帰ってきたら、いっしょに虹を見たいと思います。
わたしの将来の夢への懸け橋であるあの虹を。



出演者情報:清水理沙 アクセント所属:http://aksent.co.jp/blog/

 

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