2013 年 10 月 のアーカイブ

蛭田瑞穂 13年10月12日放送



コンピュータの歴史③

近代コンピュータの歴史は、
1946年に開発された「ENIAC」から
始まると言われている。

開発の中心人物はペンシルバニア大学の
ジョン・モークリ―とジョン・エッカート。

「ENIAC」に使用された真空管は18000個以上。
重量は30トンもある巨大なマシンだった。
1秒間に5000回の加算、減算が可能で、
その速度は従来の計算機の1000倍もあった。

膨大な量の計算が可能だったが、
その分電力消費も膨大で、「ENIAC」作動中は
近郊の都市の灯りが暗くなったという。

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蛭田瑞穂 13年10月12日放送



コンピュータの歴史④

コンピュータの発展に多大な影響を及ぼした
もののひとつにトランジスタがある。

トランジスタを発明したのは
アメリカのベル研究所。ジョン・バーディーン、
ウォルター・ブラッテン、ウィリアム・ショクリーの
3人の研究員が中心となって開発された。

トランジスタを初めて採用したコンピュータは
IBMが1958年に製作した「IBM7070」。

トランジスタの導入でコンピュータは
小型化と高速化が進み、
電力消費を抑えることにも成功した。

トランジスタを開発した3人の研究者は、
のちにノーベル物理学賞を受賞している。

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1歳5カ月の育児の話し。

芽生えましたよー。

なにがって、自我です。自我ですよ。
もう、芽生えまくりのオレ様主張しまくりの
イヤイヤしまくりーのです。
大変…。

ですが、毎日が成長の連続でエキサイティングです。
「WATER!」って叫んだ瞬間のヘレンケラーレベルで
日々、何かを発見するすーさん。
を、発見するかあさん。
超絶楽しいです。

大変だけど…。

比喩通りヘレンケラーではないですが、
この時期、すーさんは「水」を発見しました。
蛇口から流れる水を飽きずに観察し、
手を浸し、水滴を飛ばし、手のひらにすくってはこぼし…。

「お水、止めようよ」
と言うとイヤイヤ。
無理やり止めると号泣。

芽生えてるなあー、自我!

さらにオシャレへのこだわりも芽生えました。

すーさんのマストオシャレアイテムは、傘。
晴れの日も風の日ももちろん雨の日も、
傘を持ち歩きます。
オシャレなので、使いません。持ってるだけ。
この時期、傘(閉じている)を持っている美少年(でぶ)を
片手で抱きながら傘をさしたなあ…。重かったです。

他にもクリスマス柄のニット帽を正月明けまで
愛用しつづけたり、
数字マークのよだれかけは「2」と「3」と「5」しか
着けなかったり(1.4はほぼ未使用)。
最近の若い子のオシャレは、かあさんにはわかりません。
(写真の日はさらにコップを持ってオシャレをプラス)

もちろん芽生えてくれて便利な面もあります。

「自分のもの」意識が芽生えてきましたので、
例えばオムツ替えをイヤイヤした時など。
「じゃあこのオムツはシロさん(シロクマのぬいぐるみ)に
 あげちゃおう」
と言ってぬいぐるみにはかせようとすると
「だめー」と言って、自らオムツ替えポーズを取ります。
わお。ラクチンー。

小さい便利だなあと思われるかもしれませんが、
意外と大事です。毎日のことですから。

とはいえ、大抵のことは
イヤイヤを逆手にとって上手にコントロール!
なんて、できません。
広い心と温かい目で慈母のように見守り続けるのも、
できません。
振り回されるしかないんですよね。
それが楽しいんですけどね。

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大友美有紀 13年10月6日放送


のらなのに
金原まさ子(きんばらまさこ) あちら側

金原まさ子、俳人、1911年生まれ、102歳。
49歳のときに「魔がさして」俳句を始める。
4冊の句集を出している。

 俳句で遊んでいるとぞくぞくして
 時間を忘れます。

日に何度も「あちら側」幻想の世界に行ってしまう。
浦島太郎が竜宮城で年をとるのを忘れたように、
うかうかと長生きをしているのかもしれない、という。

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大友美有紀 13年10月6日放送



金原まさ子 あたまの中の蛇

俳句では、目の前のもをよく見て作りなさい、
と言われる。
芭蕉以来、俳人は、旅をし、野に出て俳句を作る。
吟行(ぎんこう)する。

102歳の俳人、金原まさ子は、現実をなぞっていても
なにもはじまらないと思ってしまった。
だから見て、そして、目をつぶって書く。

 吟行の後の句会で、わたしが作った蛇の句を出すと
 「今日は蛇なんかいなかった」と言い出す人がいます。

 はじめから、わたしの頭のなかにしかいない蛇なのに。

彼女は、俳句界の「不良少女」と呼ばれている。

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大友美有紀 13年10月6日放送


ミィ
金原まさ子 A子とB子

明治44年生まれの俳人、金原まさ子は、
良妻賢母になるための女学校に通い、
17歳のときに読んだ谷崎純一郎の「痴人の愛」の
主人公、河合譲治に「なんて不道徳な!」と憤る。
「清く正しく」暮らし、結婚していい母親として、
生きていた。その「わたし」はA子。

しかし、30代で妻としても母としても失格と
宣告されるような体験をする。

 自分で自分の心を蹂躙するような毎日。
 その時のわたしには、避難所が必要になりました。

清く正しく、道徳的で常識的な「わたし」A子に対するB子。
不道徳で非常識な「わたし」。異常者や死体が出てくる本を好んで読む。
不健全な世界で遊んでいると精神が健やかになる。
そんなB子。それは必要な癒しだった。

 A子さんの受け持ちである明るさや健全さは、
 暗くあやしい世界を楽しむためにも必要です。
 ずっと日に当たらないでいると、人間、衰えてしまいますからね。

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大友美有紀 13年10月6日放送



金原まさ子 二行目がない

102歳の俳人、金原まさ子は、
女学校卒業後の進路に「津田塾」を考えていた。
ところが受験が近づいた頃、肺尖カタルにかかってしまう。
進学は断念。
勉強は国語が得意だった。
将来の夢は小説家。
ところがいざ書いてみると二行より先に行かない。

 わたしのアタマには、
 小説のための語彙も物語も
 定着しなかったようです。
 俳句ならかろうじて書ける。
 二行目がないからでしょうか。

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大友美有紀 13年10月6日放送



金原まさ子 ボーイズラブ

102歳、俳句界の不良少女、
金原まさ子は、「戦場のメリークリスマス」を見て
人生が変わった。
男性どうしの愛の美しさを思うことが、
心の大部分を占めるようになってしまった。

70歳を越え、夫を亡くして気持ちが
開放されていたのかもしれない。

映画の舞台は、太平洋の南の島。
絶望と暴力が支配するその島で、
日本人の青年将校と英国人パイロットが、
理解し合えない二人として出逢い互いに密かに魅了される。

 その戦争は、わたしも知っているあの戦争のはずですが、
 それがわたしの生きた時代のことだなんて、
 いつもすっかり忘れています。
 それは、わたしにとってひたすらに美しい幻想譚でした。
 
 ヒトはケモノと菫は菫同士契れ

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大友美有紀 13年10月6日放送


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金原まさ子 気がついたら102歳

金原まさ子は、自分を
何かひとつのことに集中タイプだという。
ずっと前は、子育て。
そのあとの何十年かは、俳句。
さいきんはブログ。
凝り性の一点集中型。
完璧を目指すと苦しくなるとわかったので、
完璧は目指さない。けれど必ずベストを尽くす。

 ベストを尽くさないと楽しくありませんからね。
 (でも人に勝ちたいとは、ちっとも思わない。
  俳句でもなんでも、勝ち負けの問題にしたくありません。
  自己保身、我が身たいせつ。一人でコツコツ。)
 気がついたら102歳。

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大友美有紀 13年10月6日放送



金原まさ子 かまってちゃん

金原まさ子は、無人島に行ったら、俳句はつくらないという。
人に褒められたいから書く。
読んでくれる人がいなかったら、俳句は一文字も書かない。
 
 人にかまわれるのが、大好きです。
 「かまってちゃん」という言い方があるそうですが、
 わたしは、それかもしれません。
 
 バフンウニのまわり言霊がひしめくよ

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