佐藤理人

佐藤理人 14年7月13日放送

140713-02

絵と服と男たち②「モーツァルトの礼服」

モーツァルトがオシャレの歓びを知ったのは
6歳のときだった。

彼の天才的な演奏に感動した
オーストリアのマリア・テレジア女帝は、
ご褒美として息子のマクシミリアン皇子の礼服を与えた。

太い金モールで縁取られた藤色の上着とベスト、
華やかなレースのシャツやたくさんのボタンに
幼い少年は心を奪われた。

その姿を描いたのがアントニオ・ロレンツォーニの
『大礼服姿の少年モーツァルト』。

片手を懐に入れるポーズは
ナポレオンや坂本竜馬が有名だが、
この絵の彼が最初だと言われている。

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佐藤理人 14年7月13日放送

140713-03

絵と服と男たち③「キャプテン・キッドのイメージ」

この男がいなければ、
フック船長もジャック・スパロウも
きっと生まれていなかった。

17世紀スコットランドの海賊キャプテン・キッド。

グレーのロングコートに巻いた真っ赤なサッシュ。
同じく赤で合わせた水玉模様のバンダナ。
大きなイヤリングを下げ、鋭い目つきでタバコを吸う姿は
見るからにタダものではない。

アメリカのイラストレーター、
ハワード・パイルが想像で描いたこの絵こそ
すべての海賊姿の原点だ。

本物のキッドは処刑される直前、

 財宝を隠した

と言い残した。海賊の宝探し伝説の始まりである。

そのひとつは鹿児島にあると言われているが、
今もまだ見つかっていない。

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佐藤理人 14年7月13日放送

140713-04

絵と服と男たち④「レオポルト1世のコスプレ」

コスプレの歴史は古い。

1667年、ローマ皇帝レオポルト1世は、
新妻マルガリータとの結婚肖像画を描かせた。

そのとき着たのがギリシャ神話の音楽劇

 『ラ・ガラテア』

の舞台衣装。

すべては派手好きで知られる
フランスのルイ14世に対抗するためだった。

悲劇で終わる原作とは異なり、
二人の結婚披露宴は2年も続いたという。

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佐藤理人 14年7月13日放送

140713-05

絵と服と男たち⑤「大使たちのやせガマン」

6世紀の画家ホルベインが描いた
『大使たち』という絵がある。

描かれているのは
毛皮を着た2人のフランス大使。
威厳溢れるそのポーズの裏には
大変な苦労があった。

大量のノミである。

衛生状態は悪く、入浴の習慣もない時代。
当時のマナー本には、

 どんなにかゆくても
 人前で体を掻いてはいけない

と書かれていたほど。
古着市のことを

 蚤の市

と呼ぶのにはちゃんと理由がある。

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佐藤理人 14年7月13日放送

140713-06

絵と服と男たち⑥「エドワード7世のセーラー服」

一枚の絵がきっかけで、
世界中で大流行した服がある。

セーラー服を着て甲板に立つ
5歳のエドワード7世。

1846年にヴィンターハルターが描いた
この絵のあまりの愛くるしさに、
セーラー服は上流階級から庶民まで
全ての男子のトレンドになった。

やがてイギリス海軍が制服として採用。
慌てて他国が右へ倣うと、
今度は女子のハートをわしづかみ。
ついには大人まで夢中になった。

その勢いは留まるところを知らず、
ファッション雑誌が、

 セーラー服姿の老若男女で
 世界中の浜辺が埋まっている

とあきれたほど。

波に飲まれたとき脱ぎやすいという理由で
水夫たちが着始めたセーラー服は、
文字通り7つの海を股にかけた。

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佐藤理人 14年7月13日放送

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絵と服と男たち⑦「ルイ14世のハイヒール」

ハイヒールなんかでよく歩けるものだと言う男は多い。
しかしその昔、ハイヒールは男物の靴だった。

イアサント・リゴーが描いたルイ14世の肖像画。
その中で彼は白いタイツで包んだ自慢の脚線美を、
ハイヒールでこれでもかとばかりに見せつけている。

特権階級にだけ許された深紅のヒールとリボン。
宝石が散りばめられた四角いバックル。
イケメンとは顔ではなく足が美しい男を意味した。

このとき彼は63歳。
オシャレは若者だけの特権ではない。

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佐藤理人 14年7月13日放送

140713-08

絵と服と男たち⑧「シュナールの長ズボン」

今、私たちが着ているのは革命家の服である。

1789年のフランス革命。その中心となったのが、

 サン・キュロット

と呼ばれる貧しい一般大衆だ。

 『サン・キュロットの扮装をした歌手シュナール』
という絵を見ると、彼らの服が今とかなり近いことがわかる。

サン・キュロットとは

 半ズボンを履かない人

の意味。半ズボンで脚線美を見せびらかした貴族たちが、
庶民をバカにしてつけたあだ名だ。

不公平な身分制度に対する反抗の意味を込めて、
人々は長ズボンと踵の低い靴を履き続けた。

果たして数百年後、
ズボンの長さが逆転する日は来るのだろうか。

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佐藤理人 14年5月24日放送

140524-01
Anny Chien 簡安妮
レンジの流儀①「レッツプレイ」

鏡の中の自分が、
本当の自分とは限らない。

俳優石橋蓮司に
そう教えてくれたのは勝新太郎だった。

役をどこまで深く理解できるかこそ
役作りだと頑なに信じていた石橋。

役の解釈をめぐって
監督とケンカになることも
珍しくなかった。

自分が思う自分と、世間が期待する自分。
その間で彼は揺れた。

世間が俺を見る目はこうなんだということを
ムキになって否定せず受け入れていこう。

勝の助言に素直に従った石橋は、
その後、演技の幅を大きく広げた。

彼はそのときのことを

 役を遊べるようになった

と笑う。

そういえば劇は英語で「プレイ」という。
偶然でしょうか。

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佐藤理人 14年5月24日放送

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tokyoform
レンジの流儀②「演じない演技」

演技が上手い役者は演技をしない。
嘘だと思うなら石橋蓮司に聞いてごらん。

 役作りなんかしてません

そう言って笑うと、彼はこう付け加える。

 役は自分の一部です

警察官だからマジメとは限らないし、
殺人鬼だから素敵じゃないとは限らない。

どんな善人の中にも悪人が住んでいる。
彼は自分の中にあるいろんな自分を
意識的に強めることで役を自分に引き寄せる。

職業や肩書ではなく、人間を見る。
技術ではなく、自分自身で勝負する。

そんな彼にもひとつだけ苦手な役がある。
それは、サラリーマン。

確かに、本音と建前を
器用に使い分ける「自分」は、
彼の中にはいなそうだ。

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佐藤理人 14年5月24日放送

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[4k]shike
レンジの流儀③「黄金の街」

いい役者は、人間の専門家でもある。

石橋蓮司が演技を最も学んだ場所。
それは舞台でもカメラの前でもなく、
新宿ゴールデン街だった。

70年代のそこは文化の戦場。
理論武装なしではどこのバーにも入れない。
演技とは何か。人間はどう生きるべきか。
あらゆる論客が集まっては
夜毎、激論を闘わせていた。

そんな場所で若き石橋青年は、
自分だけの答を求めてもがき続けた。

役者を続ける理由を聞かれると
彼はいつも、

 人が好きだから

と答える。

今でもヒマを見つけてはバーに行くそうだ。
インターネットでは絶対に見つからない
面白い出逢いを求めて。

いつかこんな男に好かれてみたい。

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