johnnyjiang
あの人の夏 桑田真澄
野球界のレジェンド、桑田真澄。
彼は小学5年の夏、
ラジオから聞こえてきたあるフレーズに心を奪われる。
「逆転のPL」
PL学園の初優勝。そのフレーズがあまりに魅力的だった。
桑田はその日、しずかに自分の進路を決めた。
johnnyjiang
あの人の夏 桑田真澄
野球界のレジェンド、桑田真澄。
彼は小学5年の夏、
ラジオから聞こえてきたあるフレーズに心を奪われる。
「逆転のPL」
PL学園の初優勝。そのフレーズがあまりに魅力的だった。
桑田はその日、しずかに自分の進路を決めた。
よっちん
あの人の夏 大林宣彦
日本はこの夏、終戦69年をむかえた。
戦争を知らない子どもたちは69歳になった。
映画監督・大林宣彦は今年76歳。
7歳のとき、終戦を経験した。
そのときの空気を彼はこう振り返る。
生者と死者の区別があまりなくて、
亡くなった人がすぐそばにいる感覚で育った。
学校の行き帰りではお墓が遊び場だったし、
ひいじいちゃん、ひいばあちゃんの遺影が置かれた座敷に入ると
2人が話しかけてくる気がした。
戦地に赴いたおじちゃんがお骨になって帰ってきたときには、
セミがうるさく鳴く中、にいさんが僕の頭をやさしくたたいた。
子ども心にその空気は、絶対に忘れてはならないと思った。
だから大林はいまも映画を撮るという。
正義を語るためではなく、
人間が正気でいられるようにと祈って。
雨の季節に マンダン族の雨乞い師
19世紀のアメリカ。
画家のジョージ・キャリントンは
先住民に伝わる雨乞いの風習を見ようと
ミズーリ川の上流に住むマンダン族を訪ねた。
村の青年から選ばれる雨乞い師は、
一日祈りを捧げて雨が降らないとその職を解かれる。
初日、2日目、3日目の青年は失敗に終わった。
そして4日目の朝、稲妻が描かれた盾と弓矢を持った青年が現れた。
朝から呪文を唱え続けた夕方、にわかに黒い雲が湧きあがる。
その雲を見るや、青年は、
「マンダン族の頭上とトウモロコシ畑に雲の中身をぶちまけるのだ!」
と言って矢を放った。
やがて、静かに雨が降りだした。
雨は深夜まで続き、村のトウモロコシ畑は乾きから救われた。
青年は雨乞い師としての能力を認められ、村を救った名誉を手にした。
これは、この体験からキャリントンが得た雨乞いに関する教訓。
マンダン族が雨を降らせようとする時、失敗することは決してない。
なぜなら、雨が降り出すまで絶対に儀式をやめないからだ。
なお、マンダン族では一度雨乞いに成功した者は、二度と雨乞いをすることはないという。
Janne Moren
雨の季節に 藤原咲平(ふじわらさくへい)
明日の天気予報はいかがでしょう。
お天気博士の愛称で国民に親しまれた
戦前の中央気象台長、藤原咲平。
1933年に藤原が
気象台で働く人々に向けて記した
天気予報の心得が残っている。
その中にある一節。
必ず空模様を見ること。朝夕、日中、夜中も常に見ること。
窓からでは不十分で必ず全天が見える場所で行うこと。
虚心坦懐に空と向き合う。
そうすれば、
わたしたちにも見えて来るものがあるかもしれません。
雨の季節に 黒澤明
雨が印象的な映画は多いけれど、
黒澤明監督の映画には、
ひときわ印象的な雨が降る。
『羅生門』での黒澤は、
どしゃぶりの雨の勢いを表現するため、
水に墨汁をまぜた。
羅生門の雨
この言葉はすぐに、
世界の映画人の
共通言語になった。
BlueRidgeKitties
雨の季節に モーリス・ラヴェル
古来より、
音楽家は自然現象を音で表現してきた。
しかし彼ほど
自然現象をまるで絵画のような
イメージでとらえた人はいなかった。
フランスの作曲家モーリス・ラヴェル。
彼が作曲した「水の戯れ」を聞いていると、
水はただ流れているのでも、
落下しているのでもなく、
はしゃいだり、たのしんでいるように聞こえる。
いや、そんな映像が目に浮かんでくる。
ラヴェルの音楽を知っている人は、
雨の季節を楽しめる人かもしれない。
雨の季節に 光源氏
雨がしとしとと降る夜。
あなたは、どんなことを思うだろう。
その夜も雨が降っていた。
大きな屋敷のとある部屋。
男四人が集まって話し始めたのは、
これまで出会った中で、
どんな女性がすばらしかったか。
源氏物語「雨夜の品定め」のくだり。
上流階級の女性しか知らなかった
若き光源氏は、
先輩たちが熱弁する
「中流階級にこそ、すばらしい女性がいる」
という説に感化される。
彼の幅広い女性遍歴は、
雨の降りしきるこの夜を境に、広がっていった。
allthecolor
雨の季節に グレッグ・アーウィン
アメリカのソングライター、グレッグ・アーウィン。
これまでに100曲以上の日本の童謡を、独自の視点で英訳してきた。
北原白秋の「あめふり」の一節
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
彼はこんなふうに訳した。
Splishy, splishy, splashy, splashy, Happy am I!
英語になっても、雨の日のオノマトペはかわいい。
雨の季節に 大正時代の中央気象台
マイクテスト。マイクテスト。本日は晴天なり。
テスト放送のことばとして
「本日は晴天なり」というフレーズが
大正十四年、中央気象台で採用された。
当時英語圏でテスト放送に使われていた
「It’s fine today.」を直訳して
日本の放送に採用しようという流れからだった。
しかし本来英語圏では、
母音、子音、破裂音
放送テストに必要な発音のすべてが
「It’s fine today.」に含まれていたことから採用されたのだが、
「本日は晴天なり」というフレーズは
その条件をクリアできていない。
それでも、このフレーズは多くの人に愛された。
雨が降ろうが降るまいが、
「本日は晴天なり」。
外来語が急激に入ってきた大正時代。
きちんと役に立ったかはわからないけれど、
カラッと明るいマイクテストのことばがうまれた。
雨の季節に どこかのだれか
6月。雨の季節。
雨にもいろいろな言い表し方がある。
たとえば、こんな表現。
肘かさ雨(ひじかさあめ)
急に降り出した雨のこと。
肘を傘の代わりにして軒先まで走る様子からこう呼ばれる。
天泣(てんきゅう)
「天」が「泣く」と書いて、天泣。
空に雲が無いのにぱらぱらと細かい雨が降ってくることをさす。
狐の嫁入りとも呼ばれる。
ただそこに降る雨を、
何か美しく言いかえようとしたり、あえて擬人化してみたり。
雨は人をちょっとだけ、文学者にしてしまう。
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