薄組・茂木彩海

茂木彩海 12年7月8日放送


Ako
3. 冒険の話 高橋淳

現役最高齢パイロット、高橋淳。
御年88歳。
空を飛んだ時間、2万5000時間。
師匠と仰ぐ者たちはみな、彼を「飛行機の神様」と呼ぶ。

世界大戦が始まり、軍隊に入った高橋は
戦死することが栄誉だとされた時代、
何が何でも生きて帰ると心に決めていた。
なりたかったのは軍人じゃない。飛行機乗りなんだ。
その気持ちが高橋を守った。

終戦後はプロパイロットの養成に力を入れたが
49歳でフリーのパイロットに転身。
飛行機は車とは違い機体に個性があるため、
免許があっても、すべてを乗りこなせるわけではない。
50種類以上の機体を乗りこなせるのは、今も昔も、高橋だけ。
ひとりでも大丈夫。自信があった。

高橋は言う。

 「せっかく生まれてきたんだから、
 僕は死ぬまで進歩したい。」

生き方そのものを、冒険と呼びたくなる人は
今の世界に、いったいどれだけいるのだろう。

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茂木彩海 12年7月8日放送


por phototop
5. 冒険の話 アーネスト・シャクルトン

アーネスト・シャクルトン。
1914年、エンデュアランス号で、
人類初の南極大陸横断を目指し、出航した。

南極大陸まで320kmの地点で、四方を氷にはばまれ、
10ヶ月ほど漂流するものの、氷の圧迫でエンデュアランス号が崩壊。
この時点で南極横断計画はとん挫してしまう。

救助を求めようと、500キロ先のエレファント島へ
なんとか徒歩でたどり着き、
さらに1,300キロ離れたサウスジョージア島へ、
救命ボートを使って再び出航。

ついに救助されたのはイギリスを出発してから約2年後のこと。
シャクルトンと、その隊員27名全員が奇跡的に生還した。

隊員を募集した時、シャクルトンはこんな広告を出している。

 「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。
 暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保証なし。
 成功の暁には名誉と賞賛を得る」

冒険するか、しないか。
どちらを選ぶかは、
私たちの生き方の選択肢としていつでも用意されている。

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茂木彩海 12年6月17日放送


seamusiv
夫婦のはなし アマドゥとマリアム

アフリカ、マリを代表するデュオ。
アマドゥ・エ・マリアム。

ギターを担当する夫のアマドゥは、16歳の時に。
ヴォーカルを担当する妻のマリアムは、5歳の時に光を失った。

2人は言う。

 僕らは違う地平線、他の国にある音楽を一緒に唄うのが好きなんだ。

2人で音を奏でるとき、その目には、
2人にしか見えない世界が、広がっているに違いない。


のりりん
夫婦のはなし 水木しげると武良 布枝

お見合いから結婚式まで、わずか5日。
夫の特技は自由自在におならをすること。
税務署員に疑われるほどの、わずかな収入。
とっておきの御馳走は、腐りかけの黒いバナナ。

結婚してまでそんな生活をしたいという女性は、まずいない。

武良 布枝。(むら ぬのえ)
夫の名は、水木しげる。

上京した布枝は、水木のあまりの貧乏生活に驚いた。
見合いのときは、「東京でそれなりの暮らし」とウソをついていたこの男。
夫として、このまま付いて行って大丈夫なのだろうか。
正直言って、心配だった。

それでも、ひたすら机に向かって漫画に打ち込む姿。
その背中だけは、信じられた。

布枝は言う。

 自分自身に恥じない、その意気込みの、迫力たるやなかった。
 『俺はこれで生きるしかない』という覚悟が伝わってきて、
 その姿を思うと、いまでも胸が熱くなります。

どんなときでも夫を笑顔で支える妻は頼もしい。
だが、支えたいと思える夫であるか。
それも大事な、夫婦の秘訣。

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茂木彩海 12年5月20日放送


B.B
植物のはなし カレル・チャペック

4月に生まれた私の母は、50歳の誕生日を迎えたその日に、
突然ガーデニングに目覚めた。

真っ白な植木鉢に
真っ黒な腐葉土。
そこにお気に入りのピンクの花の苗を
大事そうに植えるその姿を見て、
ああ、そろそろ春だな、と娘は思う。

趣味が園芸だった劇作家、カレル・チャペックに言わせると、
4月はこれこそ本格的な、恵まれた園芸家の月」であり、
とにかく、自身でふかふかした土を指でほじくってみるといい」らしい。

母はきっと、その魅力を知ってしまったのだろう。


jiroh
植物のはなし 塚本こなみ

はじめて診察したのは、700歳の松の木だった。

日本ではじめて、木のお医者さんになった女性。塚本こなみ。

造園家の夫を支えるかたわらで、
男性が多い現場を不思議に思い、
女性の目で植物と向き合うべく15日間の長い試験の末に、
樹木医となった。

そんな塚本は、
人間が植物を守ろうとか、おこがましいことを言わないでほしい
と、語る。

自然を守ろう。その言葉が使われれば使われるほど、
私たちは木に守られている、という事実が薄れていく。

もの言わぬ樹木が相手だからこそ、その無言の声を受け止める。
その言葉のない会話こそが、樹木医の原点なのかもしれない。

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茂木彩海 12年4月22日放送



師のはなし 立川談志のことば

立川談志の人情噺「芝浜」をはじめて聴き、
感動でしばらく席を立てなかった。
立川談春。その時、17歳。
高校を中退し、立川談志に弟子入りすることを決意する。

「師匠が黒と言ったら白でも黒になる」
というほど徹底した師弟関係の中、
大量の用事を言いつけられても、師匠が笑顔になる
その一瞬のために、目の色を変えて駆けずり回った。

そんな談春を悩ませたのが、弟弟子の志らく。
あとから入門してきた彼を談志が何かにつけて誉めるため、
談春はすっかり腐ってしまったのだ。

そんな談春を、ある日師匠は呼び出し、
二人きりになったところで、こう切り出した。

お前に嫉妬とは何かを教えてやる。
己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱味を口であげつらって、
自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。

いま、「最もチケットが取れない落語家」と呼ばれる立川談春。
彼の師匠は、落語だけでなく、
人生の師匠でもあったということは、言うまでも無い。


東十条の王子
師のはなし 尾田栄一郎の師匠

いま、日本で一番売れている漫画。ワンピース。
作者の尾田栄一郎が大学を中退してアシスタントについたのは
「ジャングルの王者ターちゃん」の作者、徳弘正也だった。

この2人が描く主人公には、
“不器用さ”という共通点がある。

ターちゃんは腰蓑ひとつといういでたちで
ジャングルの王者でいながら、徹底した菜食主義者。

一方、尾田の描いたルフィーは、様々な能力者がいる中、
一番弱そうなゴム人間という設定。

その理由を尋ねられた尾田は、こう答えている。

どんなに話が深刻になってもルフィーは伸びたり膨らんだり。
いつでもふざけるチャンスをくれます。

格好良くて、強くて、完璧なヒーローよりも、
不器用なヒーローこそ、読者に永く愛される。

師匠、徳弘の精神は、主人公を通して尾田へと受け継がれている。

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茂木彩海 12年3月18日放送


nicoventurelli
動物と人 金魚と深堀隆介

アーティスト、深堀隆介には
「金魚救いの日」という記念日がある。

12年前のその日。

スランプと戦っていた彼は
いっそのこと、もう何もかもやめてしまおうかと思っていた。

ごろんと寝転がったその目線の先にあったのは、
7年前の夏祭りですくった金魚が泳ぐ水槽。
そういえば最近めっきり世話をしていない。

水槽のふたを開いて、
おそるおそる上から覗き込むようにして見る。

その瞬間、直感した。

この子が、きっと僕を救ってくれる

濁った水の中で怪しく光る、美しく毒のある赤い肌。

横から見ると魚のかたちに変わりないのに、
上から見ると水面との屈折で、ぺたんと平面に見える。
平面と立体の間で自由に泳ぐ姿は、何とも魅力的だった。

すくった金魚に救われた男は、
それからずっと金魚を描き続けている。


kevin dooley
動物と人 ミミズとダーウィン

この生き物以上に、
地球にとって大事な役割を果たし続けてきた動物はいない。

チャールズ・ダーウィンにそう言わしめた動物。

ミミズ。

彼らは、人間が鍬を持つよりずっと前から大地を耕し続けてきた。

ミミズのおかげで、植物が育ち、
その植物を食べる昆虫があつまる。
そして、その昆虫を食べる鳥があつまり、
その鳥を食べる人間も集まる。

私たちの生活は、ミミズ中心に回っている。

そう思うと、思わず地面に向かって、
ひとこと感謝したくなる。

すごいぞ、ミミズ。ありがとう、ミミズ。

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茂木彩海 12年2月12日放送


Jensk369
おやこの話 親子であること

ベルリン動物園のホッキョクグマ、クヌート。
母グマに育児放棄された小さな命は、
飼育員トーマス・デルフラインの献身的な愛で育てられた。

泥遊びは楽しいけれど、口に入れるとまずいこと。
水に身を任せれば、自然と泳げることを、ひとつひとつ教えた。

こらっ!
やるじゃないか。
大丈夫か。
重くなったね。
こっちにおいで。

投げかける言葉のひとつひとつは、あまりにも父親で、
誰がなんと言おうと、2人は親子だったに違いない。


5 ENGINE
おやこの話 宮部みゆきの言葉

ミステリー作家の女王、宮部みゆき。

たとえ子供向けの物語であろうとも
登場する子供を一人の人格としてとらえ、
現代をリアルに描くことを忘れない。

そんな宮部が小説の中に残した言葉。

親はなくても子は育つが、子供がいないと親は育たねぇ。

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茂木彩海 12年1月8日放送



表現する男 志村喬

ニューヨークタイムズで「世界一の名優」と評された男、志村喬。
黒澤映画のほぼすべてに出演し、
映画『生きる』では胃ガンを宣告される市役所員を
頬骨が浮き出るまで減量して熱演。
撮影中は自身も胃潰瘍になるほどその身を追いこんでいた。

そんな志村の言葉。

役者に完成はない。

どんな自分にも満足しないストイックな一面が
黒澤に愛された理由なのかもしれない。


theseanster93
表現する男 ライアン・ラーキン

25歳で、アカデミー賞短編アニメーション賞、ノミネート。
28歳で、メルボルン映画祭グランプリ獲得など、
瞬く間にその名を轟かせたアニメーション作家、
ライアン・ラーキン。

7年間で、たった4本の短編映画を残し、ホームレスとなった伝説の男。

彼が再びアニメをつくる勇気を取り戻したのは
映画祭のディレクターが、彼の路上生活を偶然知り、
審査員として呼び寄せたことがきっかけだった。

他の審査員たちは年老いたライアンを不審に思っていたが、
ある晩、審査員自身が作った作品を互いに鑑賞する上映会で事態は一変。
ただ人が歩くだけの、わずか5分の短編に、全員が感動のあまり言葉を失った。

その作品こそラーキンの傑作、『ウォーキング』だった。

私は永遠に生きたいんだ。
自分の身体でなくてもいい。
みんなの心のなかでいい。

彼が亡くなってもうすぐ5年。
その願いは、今でもちゃんと叶っている。


うっち~
表現する男 笹井宏之

その男は、短歌という短い詩を書いた。

寒いねと言ふとき君はあつさりと北極熊の目をしてみせる

魂がいつかかたちを成すとして あなたははっさくになりなさい

午前五時 すべてのマンホールのふたが吹き飛んでとなりと入れ替わる

清いものになりたいといういっしんでピアニカを吹き野菜を食べる

歌人、笹井宏之。26歳の若さで突然この世を去った。

ありがとう。
ことばで世界がつくれることを、あなたは教えてくれました。

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茂木彩海 11年12月18日放送


chez_sugi
男の美学 夏目漱石

文豪・夏目漱石の代表作、「吾輩は猫である」。
猫の飼い主である珍野苦沙弥の家を訪れた美学者の迷亭が、
くるくる丸めて懐にしまえる不思議な帽子を自慢してみせる場面がある。
その帽子、パナマ帽。

作品に登場させるだけでは事足りないほど、
漱石はこの帽子を愛していた。

あるとき、「吾輩は猫である」の原稿料が入った漱石は
すぐに街の帽子屋へ行き、原稿料をそっくりそのまま使って
パナマ帽を買い、家の中で得意気にかぶっていた。

そこに訪ねてきた旧友がいた。
旧友は自分よりだいぶ上等なパナマを被っていた。
それを見た漱石は
「教師のかたわら1枚50銭の「猫」を書いているんだから
しかたないじゃないか」、と彼につっかかる。

パナマ帽で機嫌を損ねる漱石はまるで子供のようだ。
けれど、漱石はこんなこともいう。

愛嬌と云うのはね、
自分より強いものを倒す柔かい武器だよ。


Dr. Jaus
男の美学 土屋賢二

笑う哲学者、土屋賢二。
趣味はジャズピアノ。

40歳で初めてピアノに触れ、独学でレパートリーを増やした。

演奏する曲は『ラカンの鏡』『オッカムの髭』など。
哲学者としての美学を忘れない。

彼は言う。

ピアノの下手な弾き方など存在しない。
なぜかというと、
ほうっておいてもひとりでに実現してしまうことだからである。

鍵盤の上でも、彼はしっかり哲学をする。

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茂木彩海 11年12月18日放送


銀星号
カメラ 小山薫堂

「ほら、ネコのひげまで鮮明に写る。
 ここでカメラのよしあしがわかるんだ」

仕事仲間が言ったこんな一言に感動して、
カメラにはまった。放送作家、小山薫堂。

実はカメラマンネーム「アレックス・ムートン」の名前も持つ。
ムートンはフランス語で「小山」。
アレックスは、アレックス・モールトンという自転車が好きだから。

この写真は、アレックス・ムートンだよと言って見せると、
2人に1人は「へえ、さすがだね」なんて
知ったかぶりするのが面白いという。
そんな小山の言葉。

「オレ、最近、自分に負けているな」と思うのは、
 新しいことをやっていないときです。

新しい挑戦が、新しい自分を生み出す。
それが彼の美学なのかもしれない。

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