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奥村広乃 13年3月24日放送



別れと時間

1月はいってしまう。
2月は逃げてしまう。
3月はさってしまう。
この3カ月は、1年の中でも時間のたつのが早い。

1日は24時間。1分は60秒。
延びたり縮んだりするわけでもないのに不思議だ。

いっぽうで、とても長く感じる「時間」もある。
六歌仙でしられる僧正遍昭の歌。

今来むと いひて別れし 朝より (いまこむと いいてわかれし あしたより)
思ひくらしの 音をのみぞ泣く (おもいくらしの ねをのみぞなく)

「またすぐに来るよ」と言って去った人を思い
泣き暮らす時間の長さは
1000年後のいまも変わらない。

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奥村文乃 13年2月9日放送



チョコと夢

チョコレートが大好きな子供だった。
作家ロアルド・ダール。

彼が通っていた学校のそばには、
イギリス王室御用達のお菓子メーカー、
キャドバリーの工場があって
生徒たちは新製品のチョコレートを試食する楽しみがあった。

チョコレート工場の発明室で働きたい。
ロアルドのそんな夢から、
代表作『チョコレート工場の秘密』は生まれた。
彼は作品の中で、夢を実現させたのである。

幼いころみた夢は、すべて叶うなんてことはない。
でも、大人になったとき
その夢は間違いなく
自分自身を動かす原動力になる。

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奥村文乃 13年2月9日放送



チョコと告白

日本におけるバレンタインデーのはじまりは、1958年。
2月12日から14日にかけての3日間、
伊勢丹新宿本店に「バレンタインデー」にちなんだ
チョコレートがならべられた。
その年の売り上げは、板チョコ3枚とカード2枚。
たったの170円だった。

その翌年、1959年のバレンタインデー。
メリーチョコレートカンパニー2代目社長の原邦生は、
女性誌にこんな広告コピーを書いた。
「一年に一度、女性から愛を打ち明けていい日。」
当時の女性たちは、どれだけこの言葉に
胸をときめかせたことだろう。

いまや、国民的行事になったバレンタインデー。
このシーズンには国内で生産されるのチョコレートの
25%が売れるそうだ。
甘くて苦いチョコレートに託して、
あなたは誰に想いを贈りますか。

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奥村広乃 13年1月26日放送



海の向こうで愛されている日本人 本島健三

海の向こうで愛されている
日本人の話を
知っているだろうか。

測量士、本島健三(もとじま・けんぞう)。
1978年、本島がギニアの地を訪れた時、
ギニアは世界の最貧国となっていた。

公共施設は破壊され、土地は荒れ放題。
マラリアや40度を超す暑さと闘いながら
4年を超す月日を、測量に費やした。

命懸けでギニアの地図を作り上げた本島に、
セクトーレ大統領が伝えた言葉がある。
「私たちと対等に付き合ってくれた外国人は、
あなたたち日本人が初めてです!」

この地図をもとに、
少しずつ、確実に、ギニアの復興は進んでいった。

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