小野田隆雄 2010年5月9日

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ホライズン

ストーリー 小野田隆雄
出演  久世星佳

地平線のことを英語ではホライズンと言う。

水平線のこともホライズンと言う。
「ですから、ザ・サン・ライジズ・

アバブ・ザ・ホライズン。

という文章は、この一行だけでは、

太陽が地平線に昇ってくるのか、

水平線に昇ってくるのか、

ほんとうはわかりません。」

五月の中旬、よく晴れた風のある日。

月曜日の午後の、英語の授業。

いつも黒いスーツを着て

ちょっと謎めいて美しい人、

英語の松島めぐみ先生が、

よくとおる声で話している。

「でも、ここに書いてあるのは、

スコットランドの草原のお話ですから、

このホライズンは、地平線ですね」

そして、この声を聞きながら、宮下順子は

いつのまにか、眠ってしまった。

太平洋に向かって砂浜が続く、

茨城県の大洗(おおあらい)海岸にほど近い、小さな町で、
順子は、この春、中学二年生になった。

その日、学校が終って、その帰り道、

順子は、ひとり歩いている。
町の北側を、海に向かって流れる川の

土手の上にまっすぐ続く、

ソメイヨシノの桜並木の道である。

桜並木は、すっかり葉桜になって

その葉陰から、風が吹くたび、

パラパラ、パラパラ、

ちいさなソメイヨシノのサクランボが

落ちてくる。でも、このサクランボを

たわむれに口に含んだりすると、

びっくりするほど苦い。

そのことに彼女が気づいたのは、

小学二年生の頃だった。
桜並木を歩きながら、順子は思った。

「水平線と地平線が同じ言葉だなんて

なぜなんだろう。

小さな島に生まれ、一生そこに住む人は、

水平線しか知らないのかな。

大きな大陸の真(ま)ん中(なか)に生まれ、

ずーっと、そこに生きる人は、

地平線しか知らないのかな。

この町では、いつも太陽は、
水平線に昇り、地平線に沈むのに。」

そんなことを、順子は思った。

はるか遠い草原(そうげん)の地平線から

恋する男が裸(はだか)馬(うま)に乗って、走ってくる。

草原のこちら側から、恋する若い女が

やはり裸馬に乗って、

若い男に向かって走っていく。

そして、誰もいない草原で

ふたりは馬の上で抱き合い、

そのまま、抱き合ったまま、草原に落ちる。

そうやって、チンギスハーンの国では、

愛を誓いあったそうだ。

そういう話を、

東京で大学の先生をしている

母の弟にあたるおじさんが、

今年のお正月にお酒に酔って、

大きな声で話してくれた。

「まあ、子供のまえで」、と

母に言われながら。


真紅(まっか)な太陽が地平線に沈む。

その光の中で、抱き合っているふたり。
桜並木が終り、海に近づくあたり、
川には長い橋がかかっている。

橋の向こうに広がる海の色は、

そろそろ深い色に沈み始めて、

カモメが白く飛んでいる。

その橋の上に、海に向かって立っている、

ひとりの女性の姿があった。

黒いスーツの、その後姿に、

もしかしたら、松島先生かなと思った。

海をみつめているのだろうか。それとも、

誰かを待っているのだろうか。

そのとき、順子は、

そこに太陽が沈むはずはないのに、

水平線の空のあたりが、

真紅(まっか)に染まっていくのを見た。

*出演者情報久世星佳 03-5423-5904シスカンパニー 所属

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動画制作:庄司輝秋・浜野隆幸



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