小野田隆雄 2010年6月26日ライブ



九十九里の、アジのひらき

ストーリー 小野田隆雄
出演 小野田隆雄

千葉県の九十九里町は、嵐になると
一日中、海が町の上から降ってくる。

あの日、六月の終わりに近い頃、
梅雨前線の影響で、
コマーシャルの撮影は中止になった。
スタッフのひとりだった私は、
正午に近い時刻に、砂浜まで
海の様子を見に行った。
雨は止んでいたが、風は強く、
雲は早く流れ、前線は逃げるように
九十九里から離れつつあるようだった。
けれど、まだまだ、海は灰色だった。
あとからあとから、高波が押し寄せる。
遊泳禁止の赤い旗が、
海岸線にずらりと、並び立てられ、
その旗が、ときおりのぞく太陽に、
キラキラ、キラキラ、はためいている。

砂浜に近い、小さなおみやげ屋さんに
おじいさんがひとりいた。
アジのひらきを売っていた。
私と目が合うと、房総なまりの言葉で言った。
「もう梅雨もしまいだべ」
私はそのアジのひらきを買い求めた。
「新しいよ」おじいさんは、そう言ったが、
旅館に帰って、よく点検してみると
どうやら、冷凍物のようでもあった。


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