その日、妻の大きなお腹を撫でながら、僕は提案した。
「子どもの名前、<そら>にしないか?
ウかんむりの空の字、そのまんまで」
妻の答に、僕は衝撃を受けることになる。彼女はこう言った。
「なんか嫌かも。ころころ天気の変わる、落ち着かない子になりそう」
ころころ変わる?
妻にとって空とは「ころころ変わる落ち着きのないもの」なのか?
なんだそれは!
空と言えば「どこまでも広がる大きなもの」だろう。
その伸びやかさが、子どもの名前にふさわしいんじゃないか。
それなのに「ころころ変わるもの」とは何だ?
僕は急速に自信を失っていった。
結婚して5年。同じものを食べ、同じものを見てきたはずなのに、
思いは同じではないのだ。
それぞれなのだ。
僕が思う空と、妻が思う空は全く違っていた。
空がダメなら、地面はどうだ。
大丈夫か?
僕は「植物を育てる命の源」と思っているが、
妻は「もう少し値が下がったら買いたいもの。30坪でいいから」
なんて思っているかもしれない。
じゃあ水はどうだ。空気はどうだ。
僕と妻の思いは一致しているのだろうか。
クルマはどうだ。家はどうだ。
そして・・・
子ともはどうだ。
そうだ、もうすぐ生まれる子どもはどうだ。
僕らの思いは一致しているのだろうか。
・・・一致しなくてはダメだろう。
子どもがまっすぐ育つためには、
夫婦で一致しなくてダメだろう。
ならば、今話しあおう。生まれてからでは遅すぎる。
今二人で話し合おう。
僕にとっての<子ども>と、妻にとっての<子ども>をすり合わせよう。
僕にとっての子どもとは・・・
何だ?
何だ?子どもって何だ?
愛の結晶か?古いな。跡取か?もっと古いな。
何だ?子どもって何だ?…
…じゃあ親って何だ?夫婦って何だ?家族って何だ?
何だ?
なんだ・・・ちゃんと考えてないじゃん!俺。
頭が真っ白になりかけた時、妻の声が聞こえた。
「ゴメン。名前、やっぱり空でいいかも。
ころころ変わる子って楽しいよね」
僕の頭は、先ほどとは違う角度から再び真っ白になってゆく。
いいかもって・・・妻よ。
いいのか?本当に。
夫婦の思いが一致していない名前でいいのか?
空とは何か、子どもとは何か、
夫婦とは、家族とは、何なのか、考えなくていいのか?
一致しなくていいのか?
妻のお腹に載せた僕の手が、動く子どもを感じとる。
確かなことがひとつある。
おかげさまで、子どもは元気だ。
そしてもうひとつ確かなこと。
この子の名前が決まった。
<空>だ。
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