ユキの結晶。
女「いいわよね、あなたは人気者で。
世界中があなたの登場を待ちわびている。
期待されている。ひと目見たいと思われている。
だから写真誌に追っかけられるくらいは
我慢しなさいよ。みんなに愛されているんだもん。有名税よ。
でもほんとはね、みんなじゃなくて私だけのものにしたいけど。
そうもいかない。仕方ないわね。人気者なんだもん。」
男「いきなり呼び出しておいて、何だよそれ。大事な話があるっていうから
わざわざ出てきたのに。そんな用件というか愚痴だったら
メールで済ませてよ。
第一いまの話だけどさ。キミも世間も誤解してるよね、
ボクのこと。発表されている写真はどれもまるでボクとは
似てない。あんなにワイルドじゃないよボクは。
確かにスキーのインストラクターはやってるけど、
どっちかというと草食系だし。足のサイズだって
あれほど大きいわけがないでしょ。ヒマラヤなんか
一度も行ったこともないよ。あだ名だってヘンだよね。
カタカナで付けるならせめてユッキーとかでしょ。
ボクからみるとキミの方がよほど恵まれてるよ。伝説があって
神秘的だし、美化されてるし、少なくとも日本人と
思われてるよねキミは。」
女「よくないわよ。伝説といっても悪い噂じゃないの。
吹雪の夜に助けられた二人の男の一人を殺して、もう一人と
恋におち結婚して10人の子どもを設けたのちに忽然と蒸発してしまった女。
雪のように透き通った白い肌の美人とか言われてるけど、
見ての通りよ。雪焼けでまっ黒。いちばん腹立たしいのは
あなたはいつも写真だけど私は絵です。しかも時代錯誤な
着物姿。それにあなたはいいわよ。リアリティがあるもの。
今年も10月に西シベリアで行われた国際会議で95%の確率で存在するって
世界的なニュースにもなったじゃない。ねぇ、イエティ。」
男「よせよ、イエティじゃないよ。せっかくだから豆知識をひとつ
教えておくけど、イエティとはネパールの少数民族シェルバ族の
言葉で岩の動物という意味なんだ。1887年にイギリスのウォーデル
大佐がヒマラヤでビッグフットと言われる足跡を発見したことで一躍
脚光を浴びることになった謎の動物。もう150年以上も前のことだから
ボクには関係ないよ。」
女「じゃ、ヒバゴン?」
男「違うよ、やめろよ、言うなよヒバゴンとか。
ボクは雪に男と書いてユキオです。雪男ではありません。
去年の冬にバイト先のゲレンデで知りあったキミと、
たまたま名前に雪という字がお互いつくねと酒の席で盛り上がった
勢いで一夜を共にしてしまったユキオですよ、お雪さん。
つぎに街でばったり会ったときに誰だか全く気付かなかった、お雪さん。
ゲレンデは見た目を3割増しにするって聞いたことあるけど、3割
どころじゃないといい勉強になりました。
じゃ、とくに大事な話がないのならボクはバイトに戻ります。」
女「あ、ごめんなさい。ついあなたに会えたから興奮しちゃって。
この頃のあなた冷たすぎ。ま、冷たいのはお互い様かもしれないけど。
大事な話をしなきゃいけないのに。
ユキオとユキ。やっぱり私たち運命的だったみたいよ。
できちゃったのよ。
あのときの私たちふたりの雪の結晶じゃないや、
愛の結晶がね。」