久世星佳「憂いなる左手」

憂いなる左手

     作・出演:久世星佳

友人たちとの食事中
私はお箸の扱いが下手だという話になった。
「そうそう、この間書き物をしてる時にも
 不思議なペンの持ち方するなーって思って見てたんだよね。」
友人の一人に言われる。

そうなのだ。
祖母や母から
「お箸の持ち方が下手だと恥ずかしい思いをする」
と幼い頃から結構厳しく言われてきた。

が、なんとも右手が不器用で
どんなに頑張っても俗に綺麗と言われる扱いができない。
平たいお皿に乗った春雨の最後の数本や
ぺたんと張り付いた薄切りの野菜など
手で摘んだ方が早いんじゃないか
と思う程 もたつく。
きちんとした和食屋さんのカウンターに座る時など
予めお店の人に
「私、お箸の持ち方が下手なんです。ごめんなさい。」
と白旗を振っておく。
ペンや鉛筆も然り
ものすごい垂直持ちで文字を連ねる。
どうかすると垂直の向こう側にペンが倒れる勢いだ。

そんなことを思いながら
「そうなんだよねー、昔左手で試しに書いたりお箸使ったりしたんだけど
 そっちの方がなんだか上手だったんだよね。
 本当は左利きだったのかも。靴履くのも左、荷物持つのも左だし・・」
それを聞いたもう一人が
「それってもしや、天才型ってこと?
 最近言われてるよ、左利きに天才が多いって。」
そうなのか、天才なのか私は・・。
なんとも心くすぐられる天才という響き。
いや、ちょっと待て。

以前、母に
「ごめんね、私、やっぱりお箸ちゃんと持てずに大きくなっちゃった」
と詫びたら
「あら、私も本当はちゃんと持ててないわよ。実はパパも持ててないの。
 上手い事、誤魔化してるのよー」
きちんとお箸を操っているように見えた姉まで
「私もちゃんと持ててないよ」
たった四人家族でこれなのだ。
この勢いで行くと
世の中天才で溢れ返ってしまう。

そんなことを思いながら
右手に比べ
おとなしそうにしている
左手を
マジマジと見つめるのであった。
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出演者情報:久世星佳


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