斉藤茂吉と鰻
歌人斉藤茂吉の好物は、うなぎだった。
皆でうなぎを食べる時、
弟子たちは気をつかって、
いちばん大きなものを茂吉の前に置く。
茂吉は真剣な眼差しで鰻の大小を比べ、
「そっちの方が大きい」とダダをこねては
何度も交換した。
鰻はあちこち移動し、結局、最初の並びに戻ったという。
ゆふぐれし机のまへにひとり居りて、鰻を食ふは楽しかりけり。
食欲の秋は、創作の季節でもある。
梅田晴夫 料理と浮気
今、結婚する3組に1組が
離婚に至るという。
結婚の難しい時代と言われるが、
結婚を続けるのはさらに難しいようだ。
生涯に6度の結婚を経験した劇作家、梅田晴夫。
彼は離婚のプロとして、
夫婦円満の秘訣をこう説いている。
料理のうまい女の亭主は、生涯浮気をしない。
毎日のご馳走が食べられなくなる。
そんなリスクを犯してまで、
他の女に手を出す男はいない。
なんでも美味しく感じる食欲の秋は、
夫婦円満の季節かもしれない。
コレット 料理は魔法
産地や、調理法や、歴史や。
薀蓄を知り、薀蓄を語り合うことで、
料理は一層味わい深いものになる。
私たちは料理を食べながら、知識を食べている。
その半面、度を過ぎた知ったかぶりや
知識のひけらかしには辟易してしまうもの。
もし、そんな人とレストランで
同席することになったとしたら。
グルメで知られるフランスの女流作家コレットは、
こう言ってたしなめる。
魔法が使えないのなら、
料理に余計な口を出すには及びませんよ。
料理は、ひとつの魔法だから。
客は黙って術にかけられればいいのだ。
料理を美味しくする秋。
魔法の季節の、到来です。
幸田露伴とファストフード
幸田露伴は、生粋の食いしん坊だ。
人に会えば、挨拶代わりに
「なにかうまいものに出くわしたかね」
と聞いた。
牛タンの塩茹でを愛する美食家でありながら、
合理的な面も持っていた露伴は、
明治時代にあって、こんなことを書いている。
清潔で、迅速で、上品で、少しの虚飾も無く
単に食事を要領よく出す。
こういう店を多くつくればいい。
まさに、現代のファストフードの予言である。
島崎藤村
しなびたりんご。
冷たくなった焼き味噌。
寂しい時雨の音を聞きながら飲む酒。
島崎藤村は、料理をまずそうに書く天才だった。
名をなして多額の印税を手に入れ、
ご馳走を食べていた彼が、何故、
まずそうなものをたくさん書いたのか。
料理の味は「いつ、どういう状況で食べるか」
に大きく左右される。
祝いの席で飲む酒はうまいが、
別れの席で飲む酒はわびしい。
藤村は、あえてまずい食を書くことで、
人の孤独や寂しさを書こうとした。
どんなご馳走だって、
ひとり思い悩んで食べたら、美味しくないもの。
さて、食欲の秋。
あなたは、誰と食べたいですか。
北大路魯山人と食器
プラスチックのパックをお皿代わりに
お惣菜や、サラダを食べる。
日本の家庭では、もう驚かない風景になりました。
食器は料理の着物である。
と言ったのは北大路魯山人。
料理の風情を美しくあれと祈る。
それは、美人に良い衣装を着せてみたい心と同じだ、
と魯山人は説きます。
食器と料理を鑑賞するなんて、
他の国には、あまり見られない
食の楽しみ方だから。
たまには食器にも少しこだわって、
見た目から味わってみませんか。
食欲の秋も、芸術の秋も、一皿に。
タレーランの外交術
外交の天才、タレーラン。
40年にわたってフランス外交の中心に君臨した彼は、
今でも
「交渉の場で卓越した存在」
の代名詞になっているという。
そのタレーランが、
外交の秘訣についてこう語っている。
外交官にとっての最高の助手とは、
間違いなく彼の料理人である。
食欲の秋は、ビジネスチャンスだ。
サヴァラン 美味礼賛
19世紀のはじめ、
料理を学問として研究した美食家、ブリア=サヴァラン。
新しい星を発見するより、
新しい料理を発見する方が幸せになれる。
そう信じて来る日も、来る日も、
食を考えているうちに、彼はふと気が付いた。
自分が、人間を研究しているということに。
著書、「美味礼賛」の冒頭で彼はこう言っている。
ふだん何を食べているのか教えてごらん、
どんな人だか当ててみせよう。
欲張りな人。品のいい人。
見栄っ張りな人。真面目な人。面倒くさがりな人。
食事には、その人の人となりが出てしまう。
食欲の秋。
鏡より、お皿を覗く方が、自分は見える。