「モーツァルトが遺したもの/東山魁夷(ひがしやまかいい)」
昭和を代表する画家、東山魁夷の作品「緑響く」。
そこに描かれているのは、
信州、奥蓼科にある御射鹿池(みしゃかいけ)の風景。
キャンバスを埋め尽くす緑の山々は水面に映り込み、
白い馬が一頭、ためらいがちに、ゆっくり歩を進める。
東山魁夷は、
モーツァルトのピアノ協奏曲ケッヘル488番第2楽章を聴いて
この情景が浮かんだそうだ。
森林は、オーケストラ。
白馬は、ピアノの旋律。
この世には、見て感動できるモーツァルトも遺されている。
今日、12月5日は、
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/谷川俊太郎」
詩人、谷川俊太郎の作品「ふたつのロンド」は、
自身の思い出話から始まる。
六十年生きてきた間にずいぶんピアノを聴いた
古風な折り畳み式の燭台のついた母のピアノが最初だった
浴衣を着て夏の夜 母はモーツァルトを弾いた
ケッヘル四百八十五番のロンド ニ長調
子どもが笑いながら自分の影法師を追っかけているような旋律
ぼくの幸せの原形
彼が詩の中に込めたもの。
それは、音楽がもたらす幸せにひそむ寂しさと、死だった。
優雅さの中に、悲しみがある。
だから私たちは、モーツァルトの曲を聴くのかもしれない。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/中原中也」
僕はもうバッハにもモーツアルトにも倦果てた。(あきはてた)
詩人、中原中也の作品「いのちの声」が発表されたのは、結婚した翌年のこと。
恋人の長谷川泰子とは、とうの昔に別れ、違う女性と一緒になっていた。
中也がモーツァルトを聴いていた、というのは有名なエピソードだが、
ある頃から、陽気な音楽にはもう飽きたよ、と漏らしていたそうだ。
長谷川泰子と別れた小林秀雄もまた、
モーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調を聴いて、
「かなしさは疾走する」と評した。
モーツァルトの曲は、昔の恋を思い出させる魔法。
そんなふうに思えてしまう。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/立原正秋(たちはらまさあき)」
鎌倉から江ノ電に乗り
20分ほど揺られると、
腰越(こしごえ)駅に辿り着く。
ここは、作家、立原正秋が暮らした小さな街。
魚屋の店先を覗くのが、彼の日課だった。
鵠沼海岸に越したのちも
四季折々の魚を愛し、こんな文章を残した。
ある朝十時に起きて酒をのんでいたら、
モーツァルトのピアノ協奏曲ニ短調がきこえてきた。
私は前夜の残りの鮟鱇を肴に酒を酌みながら、
モーツァルトと鮟鱇はよく合う、と思った。
この冬、鮟鱇とモーツァルトの相性を試してみるのも良さそうだ。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/アカデミー賞」
奇妙な笑い方をする、荒唐無稽なモーツァルト。
彼の才能を嫉む宮廷音楽家サリエリ。
この二人の人間模様を描いた映画「アマデウス」は、
第57回アカデミー賞のタイトルを8部門受賞した。
主演男優賞にノミネートされたのは、
モーツァルト役のトム・ハルスと
サリエリ役のフランク・マーリー・エイブラハム。
その栄冠に輝いたのは、
映画の中で、悔しそうな表情ばかり浮かべていた、
エイブラハムのほうだった。
モーツァルトを毒殺した疑いがかけられ、
悪役に仕立てられたサリエリも
このときばかりは、晴れやかな笑顔を見せた。
さてモーツァルト本人は、草葉の陰で何を思うやら。
1791年の今日、12月5日は、
モーツァルトが亡くなった日。
「モーツァルトが遺したもの/ラウル・デュフィ」
20世紀に活躍したフランスの画家、ラウル・デュフィは語る。
私の眼は醜いものを消し去るようにできている
デュフィは、生涯にわたりモーツァルトを敬い、
彼をモチーフにした十数枚の絵を残している。
色彩豊かに描かれたデュフィの作品は、
美しく、また、奥深い。
モーツァルトの遺産は、パリで静かに眠っている。
今日、12月5日は、モーツァルトが亡くなった日。