クリスト
ときに人間は、
情けないほど鈍感で。
なにかを失って初めて、
その尊さや意味に気づく。
そんな性を、逆手に取った芸術家がいる。
包むアーティスト、クリスト。
その作風は、ひとことで言うと「梱包」。
パリのポン・ヌフ橋、
ドイツの旧国会議事堂、
マイアミの島々、
オーストラリアの海岸。
彼は、美しい大自然や巨大な建築物を
布ですっぽり覆い隠して、
ものの本質を私たちに突きつけてきた。
そんなクリストが、
いま、いちばん梱包したいもの。
きっとそれは、地球に違いない。
江國香織
むかし、炊飯器の広告で、
「お米が立っている」
というコピーがあったけど。
この本の言葉たちは、
まさにジャーの中のごはんそっくりに
ぎっしり立っている。
作家の江國香織さんは、
ある新聞の書評欄に、そう書いた。
ことばは、おこめ。
ひと文字、ひと文字、
よく噛み締めて、味わえば、
新しい私が作られる。
それがきっと読書の醍醐味。
醍醐味の味(み)は、
味(あじ)という字だ。
中村俊輔
芸術的なフリーキックや、
精密機械のようなパスとは別に。
中村俊輔にはもう一つ、
だれも持っていない武器がある。
15年間書き続けた、
サッカーノートだ。
自分の弱点を毎日丹念に書き付けた12冊のノートは、
戦友であり、辛口の専属コーチ。
苦しい時ほどページをめくり返し、
危機を乗り越えてきた中村は、
現在、スペインのリーグでプレイをしている。
その舞台は、今から5年も前に、
未来の目標として、
ノートに書き込まれた場所だった。
勝 海舟
勝海舟は、交渉の達人だった。
大奥の最大権力者である
天璋院篤姫が、プライドを傷つけられて
カンカンに怒ったある日のこと。
勝にとって彼女は、
今で言えば、社長の奥様。
その篤姫が、
怒りのあまり自害するといってきかないときに、
勝はスキを見て、こう申し出た。
あなたが亡くなれば、
私だって、ただじゃ済みませんので、
すぐさま、お隣りで切腹します。
すると大変お気の毒ですが、
私とあなたは心中とか何とか言われますよ。
篤姫は、さっきまでとは違う意味で、
顔を真っ赤にして、ふりあげた刀を下ろしたそうだ。
この勝負、勝の勝ち。
ブルース・リー
TVのインタビューで、
達人は、こうみんなに語りかけた。
こころを空っぽにして
形をすてろ 水のように
水は流れることも
水は砕くこともできる
友よ、水になれ
ブルース・リー。
型を繰り返し、型を重んじることで
カンフーの道を極めた男は、
型から自分を解き放つことの
たいせつさも知っていた。
それは、どんな道にも通ずる哲学。
アンリ・マティス
むずかしい解説や論評を前に
アートにひるんでしまったことがある人には。
マティスの絵をおすすめしたい。
彼は、こんなことを言っている。
私は人々の疲れをいやす、
よい「肘掛けイス」のような芸術を
目指したい。
肩の力を、ゆっくり抜いて。
ただ感じるままに眺めればいいのだ。